第186話 おやつ

 ヒイラギの優しさに甘え、皆から見えない場所で涙をこぼした。広場に行くという事前の連絡手段もないのでこの場で一人静かに泣くことにした。


 私は民たちの為にしっかりとやれているだろうか? 美樹は貧乏な家に産まれたのがコンプレックスだった。けれど気の良い友人やご近所さんに恵まれ、馬鹿にされることもいじめられることもなかった。貧乏だけど幸せだったのに、勝手に他人との生活を比べコンプレックスを感じていただけだ。けれどその時の経験のおかげで今は少しずつ暮らしは良くなっている。だけどもっと専門的な知識があればもっと早く発展出来るはずだ。

 大した知識も経験もないのに、ブルーノさんに『天才』と言われたことがまたコンプレックスになってしまう。私は全然『天才』なんかじゃないんだ。


 ひとしきり泣いたけれど、私が泣いたところで民たちが楽になるわけではない。ならばヒイラギが言うように『食べたことのないもの』を作って喜ばせるくらいしか私には出来ない。小さな私は小さな喜びを与えよう。涙を拭いて立ち上がり、歯を食いしばりながら畑へと向かった。


「あれ、姫様? 建設の方に行ったのでは? 目が赤いですがどうなさいました?」


 いつもとは違う場所からひょっこりと現れた私に、近くで作業をしていたタラが気付き声をかけてきた。


「少し風が強くて砂が目に入ってしまったの。ヒイラギに新しい料理を注文されてしまって戻って来たわ」


 情けない嘘をつくとタラは本気で目の心配してくれ少し心が痛んだ。大丈夫なのを確認するとタラは「何を作ってくれるのですか?」と期待を込めた顔をしている。


「パンキプンを使いましょう。手が空いているなら収穫を手伝ってもらっても良いかしら?」


「もちろんです!」


 二人でパンキプン畑に向かい収穫をしているとエビネもやって来て手伝ってくれる。最近は畑仕事をしている者は、森に生えているツル性植物を使って作られたカゴを持ち歩いて作業をしている。パンキプンは他の野菜よりも大きいので、カゴがすぐにいっぱいになってしまい何回か往復をすることになった。


「「何を作られるのですか?」」


 二人はハモりながら同じことを言う。自分で育て収穫したもので作る料理は特別に美味いと二人は言う。これもまた私の与えた小さな喜びだろうか? 少し気恥ずかしく思ってしまう。農作業ではなく料理を覚えたいと熱弁されてしまい、二人にはそのまま手伝ってもらうことにした。

 日本で見かけるかぼちゃよりは柔らかいが、その程度は若干である。力のある者が切ってくれるのは本当に助かる。二人にパンキプンを任せムギン粉や必要なものを準備していると、あまり動けないお年寄りたちが集まって来て「何か手伝えることはあるか」と尋ねられた。もう力仕事が出来ないお年寄りたちだが、何かをしたいという気持ちは人一倍ある。最近はツルでカゴを編んでいるのはお年寄りたちだ。なので湯を沸かしてもらうことにする。

 湯が沸くまでにムギン粉に塩を入れて混ぜ、パンキプンを切る手伝いをする。湯が沸いたのでムギン粉に入れ、やけどに気を付けながら混ぜる。ある程度の固さになったら丸めてボウルに入れて濡れ布巾をかぶせる。ラップがないのでこうするしかない。


 気付けばお年寄りたちもパンキプンを切っていて、大量の乱切りが出来ている。その内の半分は晩ごはんに回すが、残りの半分は皮を剥く。剥いた皮は晩ごはんに回すとしよう。

 鍋に湯がまだ残っているのでせいろを準備し、皮を剥いたパンキプンを入れて蒸す。蒸し上がったら鍋に移し、塩とリーモンの汁を入れて弱火で混ぜ合わせる。砂糖を入れれば甘みが増すが、パンキプンの自然な甘みを活かしたいので砂糖はあえて使わない。しばらく混ぜ続けるとペースト状になるので一旦火から下ろす。


 寝かせていた生地を小さく切り麺棒で伸ばすが、なぜかこの作業に民たちはいつも盛り上がる。なので交代で生地を伸ばしてもらい、出来上がった生地にペースト状のパンキプンを包み丸くしてから軽く潰す。それを見た全員から歓声が上がるがもちろんこれで完成ではない。フライパンを用意し、油をしいて作ったものを並べ蓋をする。この時に包んだ『へそ』部分を下にする。しばらくこのままにするので、その間にさらにパンキプンを生地で包む作業をする。

 蓋を開けると程よい焼き加減になっていたのでひっくり返し、また蓋をする。そしてある程度待ち、またひっくり返したら水を入れて蓋をして蒸し焼きにする。ジュワッという音に驚く者もいたが、大丈夫だと安心させると胸を撫で下ろしていた。最後に蓋を開けて水気を飛ばすと、モッチモチのパンキプンおやきの完成だ。


「皆で味見をしましょう」


 熱々のおやきを配り一口かじるとパンキプンのシンプルな甘さが口に広がる。手間はかかるがお金のかからないこのおやきを美樹はよく作って食べていたのを思い出す。懐かしい思い出に浸っていたが、ふと周りを見れば皆が夢中になって食べている。そして噛む度に笑顔になっている。

 どうやら小さな私は小さな喜びを与えられたようである。そして小さな喜びが集まると大きな喜びになるのだと皆の表情を見て思ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る