第172話 下水道計画

 掘るだけの作業ならこの国には人間重機が二人もいるので容易いだろう。問題は個々の家からどう下水道に排水するかだ。


「姫様のいらした場所ではどうなっていたのですかな?」


 じいやは私に質問を投げかけるが答えられない。さすがにこれに関しては知識がなさすぎるのだ。


「そもそも、家を自分で建てる人はまずいないわね……。大まかに家を建てる仕事の人、内装工事をする人、水回りの仕事をする人と何人もが作業をするし、地面の下にはいろんなものが埋まっていて……下水道というよりも、この世界にはない素材で作られたいろいろな用途の管が張り巡らされている……んじゃないかしら?」


 塩ビ管の説明すらも難しく、場所によっては地中に電線が埋め込まれている場所もある。自分の住んでいる場所の地面の下のことすら専門の人でないと分からないと言うと驚かれる。蛇口をひねれば水が出て、風呂やトイレの水は勝手に流れていく。蛇口や水道の構造も分からないし、下水は最終的に処理場に行くというくらいの知識しかない。

 ただ、小学生の時の社会見学で処理場に行った際に下水道の歴史を職員の人が語ってくれ、場所にもよるが古くは地中にトンネルを掘って汚水を流していたというのを記憶している。日本ではし尿は溜めて肥料にしていたが、ご近所のお年寄りたちから肥溜めに落ちた時の話をやたら聞いて育ったせいか、私は肥溜めを作りたくはない。そんなことを掻い摘んで説明をする。


「ならば簡単に言うとその下水道と川を繋げるのだな?」


 タデはそう言うが、そういうわけにもいかないのだ。


「本当に簡単に言えばそうなのだけど、そのまま汚れた水を川に流すと川が汚染されるの。私たちの病気の心配だったり、魚が死んでしまうことによってヘドロという良くない泥が溜まって他の生物まで死んでしまったり……」


「ならどうするのだ?」


 私の説明にタデは困惑気味に返す。


「水を綺麗にしてから川に流すの。それについては調べたことがあるの」


 美樹が亡くなる少し前に、暇つぶしに植物図鑑を見ていた時にその関連で植物の浄化作用について調べたことがあった。それが役立つことになるとはあの時は思ってもいなかったが。


「まずはどこに下水道を掘るのか、その下水道にどう繋げるかを考えてしまいましょう」


 そこからは皆で知恵を出し合って話し合いをする。日本のように自分の好きなように間取りを決めると、そうなった場合に配管をどうすれば良いのか分からない。そもそも森の民が暮らしたことのない造りの家だけに、皆は間取りすらもどうしたら良いのか分からないようだ。


「私たちも基礎というものしか聞きませんでしたので……」


 ブルーノさんから基礎について詳しく聞いたと言うオヒシバは悔しそうに呟く。


「……いっそのこと、ブルーノさんにもっと詳しく聞いたら良いんじゃないかしら? お母様たちが住みたいと言っている家はリトールの町にあるような家だし、そもそもブルーノさんは長年大工さんをやっているのよ? 絶対に力になってくれると思うの。ブルーノさんの家の排水は庭に流していたけれど、下水道についてももしかしたら良い案を授けてくれるかもしれないわ」


 分からない者たちが知恵を出し合ってもたかが知れている。ならば餅は餅屋という言葉があるようにその道のプロに聞けば良いのだ。


「でしたらスイレン様もお誘いしましょう。設計に関することを楽しんで学ぶ方ですからな」


「いっそのことこの全員で行けば良いのではないか? ヒイラギも連れて行けばより学べるだろう」


 確かにスイレンは喜んでブルーノさんからたくさんのノウハウを学ぶだろう。もちろん皆もだ。そしてヒイラギもさらに技術を学べるだろう。ただ一つ問題がある。タデと当の本人以外の視線はある一人に注がれる。


「姫様、そんなに見つめられては照れてしまいます……」


 何か盛大な勘違いをしたようでオヒシバは赤くなりうつむく。今この場の皆が思っているのは、オヒシバ対ポニーとロバとの相性のことである。オヒシバがうつむいている間にハマスゲが小声でタデに耳打ちをすると「あぁ!」と言ったあとに笑い始めた。


「姫がいれば大丈夫じゃないか?」


 などと言っている。歩く時の隊列を考えないといけないわね。


「今回はハコベたちは連れて行かないぞ。絶対にだ。……歩く速度に影響する」


 前回お母様たちと向かった時はマイペースすぎて困ったくらいである。それを思い出した私は苦笑いで頷いた。


「姫ー!」


 遠くからヒイラギの声が聞こえてきた。どうやら頼んでいたものが完成したようだ。にこやかに走って来るヒイラギを見てタデは走り寄り、肩を掴んで捕獲する。


「リトールの町に行くぞ」


「え!? いきなり何!?」


 言いたいことだけを言うタデにヒイラギは面食らっている。すぐにイチビが一から説明をすると「なるほどね、行くよ」と肯定してくれた。今回は今すぐに向かうわけではないので、まずはヒイラギが作ってくれたものを皆で見に行くことにした。

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