第163話 水路の完成

 翌朝、まだ眠りの中にいた私は外からの「姫様! 姫様!」という叫び声で目を覚した。目を開けるとまだ薄暗いが何かあったのだろうか? 同じように目を覚した私たち一家は急いで外へと出た。


「どうかしたのか?」


「朝から騒々しいぞ」


 急に起こされたお父様とじいやは少々不機嫌そうに声を漏らす。私を呼んでいたのはエビネだった。


「申し訳ありませんモクレン様、ベンジャミン様! あぁ! 姫様! コッコたちが一羽もいないのです!」


 お母様が夕食時に熱心にチキントラクターについて語っていたので、貯水池の作業に行っていたお父様たちもその存在は知っている。私たちが気付かなかっただけで外敵がいたのだろうか? けれど私は外敵が侵入することが出来ない作りにしたはずだ。私たちは顔を見合わせ、そしてチキントラクターの場所まで走った。


「カレン! 本当にコッコがいないよ!」


 チキントラクターを見たスイレンは泣きそうになりながら私に訴える。


「……そういえばみんなはコッコを育てるという経験がないのよね。コッコはいるわよ」


 そう言いながらチキントラクター上部の屋根の部分を開けてみる。そこには狭い空間にみっちりとコッコが詰まっている。


「一概には言えないのだけれど、私が育てていたコッコたちは暗くて狭くて床に藁が敷かれている壁のある場所で寝ていたわ。この子たちも昨日までは狭い場所で集団で生活していたから、きっとくっついて眠りたかったのよ」


 全部のチキントラクター内を点検すると脱走した形跡もなく全羽が揃っている。そしてようやく私以外のみんなが胸を撫で下ろした。


「すみません姫様。何も知らなかったとはいえまだお眠りだったでしょうに」


「習性を伝えていなかった私が悪いのよ」


 縮こまって恐縮そうにしているエビネに笑顔でそう話すと少し元気が出たようだ。


「問題がなかったのなら朝食にしよう。カレンよ、今日は貯水池に来てくれ」


 お父様の言葉に私たちは朝食を作り、食べ終わるとそのまま貯水池へと向かった。

 想像はしていたがお父様の人間離れした活躍のおかげで砂の山はなくなり、思った以上に細長い貯水池がそこにあった。この池も蛇籠を積み砂が流れ出ないようになっている。少し驚きながら見ていると横からスイレンに声をかけられた。


「タッケの排水管だけど、三つも繋げたら大丈夫だと思うんだ。わざわざ川岸のギリギリまで延長しなくても、傾斜のおかげで自然に川に流れていくはずだよ」


 スイレンの言葉に大人たちも同意し頷いている。するとワクワクを隠せないお父様は声を上げた。


「まだ一部蛇籠を設置していないが、ほとんど完成と言っても良いだろう? ということはだ、水路の完成だ!」


 お父様の言葉に雄叫びが上がる。


「どうだカレン、水を流そうではないか! この場の蛇籠の設置はオヒシバがやると言っている」


「はい! 姫様に頼られたこのオヒシバ! 水路に水が流れる光景を見たいですが、最後まで責任を持って蛇籠の設置を終わらせます!」


 以前、ポニーとロバと喧嘩をしないように「水路の建設に必要な人」と言ってオヒシバをポニーとロバから遠ざけたことがあったが、実際にオヒシバの仕事は丁寧で力も器用さも兼ね備えている。何をやらせてもそつなくこなす素晴らしい技術を持っているが、残念なのは性格と私がオヒシバの髪を切る時にやらかしてしまった角刈りぐらいである。


「そう? ……でも悪いわ……」


 私がためらっているとイチビたちが手伝うと言う。イチビ、シャガ、ハマスゲもまた何でもこなしてしまう技量の持ち主で、オヒシバが暴走してしまう時はストッパーとしても活躍してくれる。本当に仲良しな四人組なのだ。


「……分かったわ。ではここは任せるわよ」


 四人に貯水池を任せ私たちは水路に向かう。水路から取水口まで一定間隔で人を立たせ、水が出るかの確認の者が森の民特有の指笛で現状を知らせると言う。私たちは取水口に向かうので途中に待機している者たちが指笛で伝言ゲームのように取水口と水路を繋いでくれるのだ。


 沈殿槽へと続く取水口はギリギリのところで川と繋げていない。この部分の土を掘り川の水を取水口に繋げるのだ。お父様とじいやはそれは楽しそうに土を掘る。だがようやく川と繋げた取水口に上手く水が流れ込まないのだ。水深や流れの速さも関係するのだろう。チョロチョロと流れる水は沈殿槽を満たすのにどれくらい時間がかかるだろうか……。一応そのことを指笛で伝えてもらう。

 アリの行列を見守る子どものように沈殿槽を取り囲み水が貯まるのを待った私たちだったが、水道管となる石管にもチョロチョロとしか水が流れない。まるで洗面台についている排水の穴に水が出ていくようである。

 しばらく待つと指笛の連絡があり、その内容はあまりにも水が少ないので水漏れを起こしているのではないかということだった。


「違うわね……単純に水の勢いと量が足りないだけだと思うわ。……今から改良しましょう」


 ようやく完成したと思った水路はまだまだ手直しが必要だったのだ。

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