第138話 テンサイン

 お父様たちと水路に向かおうとしたところでエビネに呼ばれ、お父様たちとは別れることにした。


「どうしたのエビネ?」


 バナナの木から畑に向かいながら大きな声で問いかけると、エビネもまたこちらへ向かって来る。


「先日植えた新しいムギンは順調なのですが、テンサインというものは植えるだけで良かったのかと思いまして」


 そういえばただ「植えておいて」とだけお願いしていたことを思い出す。そのままエビネと共にテンサインを植えている場所に行くと思った以上によく育っている。濃い緑の葉は茂り、まるでほうれん草のようにも見える。地球にあるてん菜と同一のものであれば寒い地域でしか育てられないはずだが、この暑い土地でも特に異変もなく元気に育っているということは大丈夫なのであろう。暑さに負けるようであれば寒冷紗の使用も考えたが必要ないようだ。ただ、てん菜は朝晩の気温差によって甘みを蓄える植物なのでその辺はどうだろうか?


「それにしても……この植物が早く育つ土地でも葉が茂ったくらいの変化しかないわね……」


「そうなんですよ。だから心配になりまして」


 エビネはハラハラとした様子でテンサインを見ている。思い返してみればてん菜は日本であれば北海道で育てられ、春に植えて冬前に収穫し、冬の間は工場を稼働させまくって砂糖を作っていると聞いたことがある。かなり長い期間をかけて育てられるということは、もしかしたら育ちが早いこの土地でもそうなのかもしれない。ならば普通の土地であれば育てるのに苦労することだろう。……この世界で砂糖が貴重というのも頷ける。


「私がいた世界でもこれは非常に長い時間が必要な植物だったわ。思っている以上に育つのに時間がかかると思うわ」


「ならば良いのですが」


 エビネはそれを聞いて胸をなでおろしている。そこでふとこのテンサインをくれたニコライさんを思い出す。ニコライさんもクジャも一週間後にリトールの町に集まると言っていた。ここに戻ってから何日経っただろうか? しかも体調を崩し一日を寝て過ごしていた日もあった。指を折り数える。


「あ!」


 必ず行くとは言っていないが、自分が体調を崩したことによりリーンウン国の噂の薬が欲しいと思ったことも同時に思い出す。今から行ってもクジャたちは帰ってしまっているだろう。だけれどカーラさんのお店に薬を納品しているはずだ。これからのことを考えればハコベさんの薬だけでは足りないかもしれないし、もう少し強い薬があっても良いと思うのだ。


「ごめんなさいエビネ。ちょっとお父様たちのところへ行ってくるわ」


 そう言い残し私は水路の方向へ走り出した。蛇籠を作っている者たちのところへ行き、鉄線は足りそうか尋ねるともう数日で無くなってしまいそうだと言う。その足で人工オアシスへ向かいお父様に声をかけた。


「お父様! あのね、鉄線がもうすぐ無くなりそうなんですって。それとね、ハコベさんが体に良い薬草を寄せてくれているのはありがたいんだけれど、すぐに飲める状態の薬も保管しておくべきだと思うの」


 要するに今からリトールの町へ行きたいということを伝えると、お父様よりも先にスイレンが口を開いた。


「リトールの町かぁ……ブルーノさんはお元気かなぁ。ペーターさんや町のみんなに会いたいなぁ……」


 初めて行ったあの日を思い返すように呟いている。


「ならばスイレンも行ってくると良い。私は早くオアシスを作りたいのだ。じいと私とで作業をすれば早く終わることだろう。今回の同行はそうだな、ヒイラギに頼むと良い。他に行きたい者がいれば一緒に連れて行ってやってくれ。今から向かえば暗くなってからだろうが音を探る小屋に到着するのではないか? ポニーとロバも連れて行くのだろう? オヒシバたちはこちらで作業をしてもらおう」


 お父様ですらオヒシバとポニーたちの仲の悪さを理解したようである。私たち姉弟はその場から離れたが、途中スイレンはお父様ではなくじいやでもなくハマスゲの父であるハマナスにこれから出かける旨を話し、人工オアシスについて説明をしている。あの二人はすぐに張り合ってしまい競争をしてしまうので、あまり水深を深くしすぎないように手伝いながら見張っていて欲しいと頼んでいる。これには私もハマナスも声を出して笑ってしまった。


 私だけ家に戻りスイレンのものも合わせて旅支度をする。その間にスイレンはヒイラギに話をしに行ってもらう。家から出てポニーとロバのところへ向かうとタラがおやつを与えていた。


「おや? 姫様お出かけですか?」


「えぇ。今からリトールの町へ向かうことにしたの」


 それを聞いたタラは空を見上げながら呟いた。


「私たちの作った作物をこの国以外の人が食べるところを見てみたいですねぇ……」


「あら? じゃあ一緒に行く? お父様が行きたい者を一緒に連れて行ってと言っていたわ」


 これを聞いたタラは大喜びで畑にいる者に収穫出来るものを片っぱしから収穫して欲しいと頼み、木箱を準備してみっちりと詰めている。そして革袋に広場の樽から水を入れ、わらじから腰に括り付けていた所々穴の空いている革の靴へと履き替えた。それから荷車を取りに行き、そこへ出荷品である木箱を他の者たちと載せていく。私はその隙間に荷物を載せ、スイレンが待っているであろう広場の北側へと一緒に向かうことにした。

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