第135話 私たちの発見
ここまで歩いてきた自分たちの足跡を辿り、一度北側へ真っ直ぐに戻る。そしてあれが見えたところで私たちはそちらに向かって歩き出した。近付くごとに緑の範囲が視界に広がる。
「見えたぞ! うぉぉぉ! だが降りるのに苦労しそうだな」
お父様は歓喜の雄叫びを上げ、スイレンは絶句していた。砂丘と砂丘の間にはなんとオアシスがあったのだ。細長いオアシスの周りには木やデーツがまばらに生え、高い位置から見ても分かるほど水が澄んで底まで見えている。
「先日話を聞いたがこれ程とは思わなかった……降りる……絶対に降りる……」
お父様は念仏のように降りると繰り返しブツブツと言っているが、スイレンにはこの急斜面はきついだろう。そして私が未踏の地に足を踏み入れた時に思ったように何がいるのか分からない。
「でもお父様、降りるのも大変だし、もし危険な生き物がいたら……」
するとお父様は私を見て笑顔で口を開いた。
「私はあの国で誰よりも気配に敏感だ。カレンよ、前世で虫に刺されたことはあるか?」
突如意味の分からないことを言い、何が関係あるのかと思いながらも頷く。
「私は虫に刺されたことはない。じいでも気付かぬ程の虫の羽音にも気付く。周囲が静かで集中さえすれば地中の生き物の気配すら感じる」
常識では考えられない荒唐無稽な話だが、常人離れのお父様なら有り得る話だと納得してしまう自分がいる。それなのにどうして方向音痴なのかと聞くと「それとこれとは話は別だ」とお父様は豪快に笑う。
「それにあんなに派手な鳥がいるのだ。あんなに目立ってはすぐに喰われるだろう」
そう言ってお父様は指をさすが、鳥と聞いた私とスイレンはどんなに目を凝らしても鳥の姿を確認出来ない。
「……待ってお父様……鳥よりも何よりも気になる植物があるわ! 降りるわ……私も絶対に降りるわ……」
やはり私はお父様に似たらしい。何がなんでもオアシスに行きたくなり、未知の生物に怯えているスイレンはドン引きしている。そんなスイレンにお構いなしでお父様は背中に背負って来ていたスコップを手にし地面を掘り始めた。これには私も驚き口を開いて見ていたが、川やオアシスが近くにあるせいか表面を寄せると乾燥しきっていない砂が出てきた。お父様は力技で階段状、もしくは砂丘をなだらかにしようとしている。スコップ一本で何が出来るのかと私も引き始めた頃、スコップの先端は何かに当たったようだ。
「お?」
「あら?」
私とお父様は顔を見合わせニヤリと笑う。考えることも似ているようだ。
意外にもすぐに岩盤が現れたのだ。これを足がかりに下に降りやすくしようと私たちは考えた。砂丘の斜面にスコップを差し込むと砂なだれが起こり表面の乾いた砂は下へと流れて行く。なるべく横に広く砂なだれを起こし、そして岩盤に沿って無理やり砂を退かす。岩盤は都合の良いことに階段状の段差になっており、私は横から流れ込む砂を食い止めようと体全部を使って逆側に砂を流そうと必死である。そんな必死な私たちをスイレンは呆れ果てた目で見つめていた。
人力の力技でかなりの時間をかけ人一人分の道を作った私とお父様だが、道を作っているうちに気付けば下に到着し、私は肩で息をしお父様はワクワクを隠せない表情をし、スイレンは怯えきっている。そんなスイレンの様子を見たお父様は口に人さし指を当て周囲を探っている。
「……鳥の気配しか感じないな。大丈夫だ今のところは!」
今のところということはまだ危険がない訳ではないのだが、お父様と一緒ならば多少の危険でも大丈夫だと思ってしまう。自分の父親がとてつもなくすごい人なのだと改めて感心してしまった。
「ちょっと待って。この世界でも同じか分からないけれど、私がいた世界での危険な生き物を描くわ」
砂を平らにし、指で砂漠という言葉から想像したサソリやヘビ、クモを描く。
「大きいものも小さいものもいたし、砂しかない場所だから何もいないと思って油断をしていると毒にやられたりするわ」
「脚が多いのだな。もしいるとすればその足音に気付くであろう」
お父様は恐れることなくそう言い、スイレンは絵だけで「無理……無理……」と涙目で呟いている。
「もうスイレンったら。私たちは外に出るまで虫を見たことがなかったけれど、どんどんと森も増えているしそのうち虫なんてたくさん出るわよ」
そう言うとスイレンは私を鬼か何かを見るかのような目で見ている。
「お父様、もし危険があったらどうするの?」
失礼なスイレンを放置しお父様に聞くと笑顔で答えた。
「手も足も道具もあるのだ。問題ない」
道具と言いながらスコップをコンコンと叩いている。
「そうね。お父様とだったら何でも出来るし、どこへでも行けるわ」
そうして一歩を踏み出そうとするとスイレンが激しく抵抗し、お父様がスイレンを肩車をすることになったが「上から虫やスネックが落ちてくる可能性もあるわよ」と事実を告げると泣きながら散々悩み、結局三人とも自分の足で移動することになった。
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