第130話 蛇籠作り

 お父様にも怒られつつも夕食に焼きトウモロコーンを食べていると、大人たちのほとんどが何かに反応している。その全員が森の方向を見つめ、私たち子どもは皆その『何か』が分からずに怯える。


「イーーヒ! イーーヒ! イーーーヒヒッ!」


 突如私の背後にいたロバが鳴き出し、私やスイレン、他の子どもたちは「ギャー!」と悲鳴をあげる。


「悲鳴なんてあげてどうしたの? ただいま」


 私たちが怯えて叫んでいる中、涼しい顔をしたヒイラギ夫妻と疲れきった顔をしたハマスゲとオヒシバが現れた。


「タデから聞いてる? まだ予想の段階だけど夜営の場所よりももっとこっち側に国境が出来ると思うよ。音が遠すぎて正確な判断が出来なくて」


 ひとまず座って食事をしようとお父様は今戻って来た皆を座らせる。タデが戻った代わりに別の民が向かい、その者が到着したので帰ろうとしたところにハマスゲたちがタイミング良く合流したそうなのだが、オヒシバはハマスゲが止めるのも聞かずに鉄線をあり得ないほど購入したのだそうだ。しかも「バよりも強く速くなければいけない」と勝手に自分ルールを作り、ハマスゲに歩くことを許さなかったそうなのだ。この段階で既に国民のほとんどが引いている。

 さらにハマスゲの話を詳しく聞くと、タデやヒイラギたちと別れた後にかなり走ったことにより荷車に負担がかかっていたようなのだが、その忠告も聞かないまま鉄線という重い物を大量に荷車に載せたことによりさらに負担となり、それでも走り続けた為に荷車の車輪が壊れたそうなのだ。ようやく歩くことを認めたオヒシバだったが意地と力技でなんとか荷車を引っ張って歩き、たまたま出発しようとしていたヒイラギに車輪を直してもらって今ようやく到着したのだそうだ。


「オヒシバよ。人に迷惑をかけたら駄目であろう」


 お父様がそう叱ると、すかさずタデが「お前がそれを言うか」とツッコミ笑いが起こる。そして夕食を食べ、今日はもう休むようにとお父様が言うとなんとなく全員が解散となった。


 翌朝、体調が完全に回復していた私は外に出るとちょうどそこにいたお父様に声をかけられた。


「カレンよ、体調はどうだ?」


「全く問題ないわ!」


 それを聞いたお父様はニッコリと笑い、朝食後に水路建設の場所に連れて行ってくれた。到着と同時にお父様に問いかけられる。


「蛇籠とはどう作るのだ?」


 ここでようやく鉄線の出番である。まずここにいる中から手先が器用な者を集め、鉄線を金網フェンスのように編むところから始める。太い鉄線ではあるが一本だと強度に不安があるので三本取りで編むことにした。大雑把な私の説明でも理解してくれ、器用さと几帳面さを活かして編み目の大きさも均一にして編んでいく。大きな金網となったところでそれと鉄線、そして鉄線を切断するためのニッパのような物を持ち川底へと降りた。

 生前、隣町のお洒落な住宅街ではこの蛇籠を使った塀や壁が流行っていた。本来の用途と違う使い方をし、悪徳業者に引っかかったお宅では時間の経過と共に中の石が崩れ金網が膨らみ見た目も悪くなっていた。それを見た美樹は世界の蛇籠及びガビオンについて調べたことがあったのだ。


「几帳面な人を集めて。それ以外はとにかく石を集めて」


 そう言うとシャガやハマスゲ、その父であるハマナスも集まって来た。今から作る蛇籠は日本の蛇籠ではなくこの土地に適していると思われる中東の作り方で作ろうと思う。

 大きめの石を『コ』の字に積み上げ開いている部分には小さな石や砂利を詰める。その作業をしているとスイレンが現れ高さを決めないのかと言われた。確かに、と思い五十センチ四方で作り直すことにした。几帳面な者たちは器用に隙間なく石を積んでいく。途中で強度を保つ為に中にも鉄線を通して外枠と固定する。そしてシャガが蛇籠第一号を完成させた。


「この石が細かい部分を土側にするの」


 美樹が調べたところによると、この決まりを守って蛇籠を並べていくと吸い出し現象という背面の土砂などが漏れ出すのを防いでくれるらしいのだ。

 一つが出来上がると皆の士気も上がり、より一層やる気に満ち溢れる。そして元々器用な者たちの動きも速くなる。数個の蛇籠が完成するとやはり並べてみたくなり、階段状に三段を重ねる。たったそれだけのことなのに雄叫びが上がるほど現場は盛り上がった。

 ただ私やスイレンがその階段を昇り降りするのは少し使いづらいと思っていると、実際に水を汲む場所はこれよりも小さな蛇籠を作って女性や子どもでも昇り降りしやすくしようとシャガが提案してくれた。それならば誰でも水が汲めて問題はないだろう。


 そしてそのまま士気が下がることがないまま、夕方まで作業は続けられた。水路の完成は近付いていると感じさせる一日であった。

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