第79話 姫は大忙し

 コンポストの完成を喜んでいると畑からタラが現れた。タラはコンポストを見て興味を示していたので、堆肥を作るものだと伝えると喜んでくれた。


「栄養のある土になる日が楽しみですね!……と、姫様。果実が実り始めましたよ。オックラーやパンキプンも見ていただきたいのですが」


 どうやら先日新たに植えたものたちが収穫の時期を迎えたようだ。と、ここでエビネも思い出したかのように話し始める。


「姫様、先日耕した畑ですが何を植えたら良いでしょう?」


 あの東側に作ってもらった畑は一部が完成し、まだまだ拡大を続けてもらっている。


「あの畑は全てナーの花を植えて。匂いが苦手なのは知っているけれど、慣れればそんなに気にならないと思うのだけれど……」


 そう言うとエビネもタラも絶句する。だがすぐに二人は我にかえる。


「わ……分かりました。では後で種の採取を致します」


 苦手なことを頼んで申し訳なさもあるが、なんとかこの苦手を克服して欲しいと願う。そして私はタラと畑に入った。オヒシバはコンポストの蓋を作ると材木置き場へと向かって行った。


 果樹を植えている一画に立ち入ると、最初に植えたものが実を付け始めている。挿し木をしたものはもう少し成長に時間がかかりそうだ。ベーリ類は宝石のようにツヤツヤと輝き、試しに摘んで食べてみるとベーリは程よい酸味を感じ、黒ベーリは甘さと酸味の調和がとれている。

 オーレンジンはリトールの町で購入したものよりも甘さが強く、味見をしたタラも驚くほどだった。チェーリは少し収穫には早そうではあったが、これも日本のサクランボのように甘さと酸味が感じられ、もう少し熟すと甘さが増しそうだ。

 さらにアポーも数個実を付けていたが、こちらは日本のものよりも一回り小さいようだ。グレップは巨峰やマスカットを想像させる品種のようだ。味見だけでお腹が膨れ、そのままパンキプン畑に向かう。


「わぁ!立派に育ったわね!」


 畑には日本のカボチャとそっくりな濃い緑の実がたくさん実っていた。大きな葉をめくってみれば、葉の陰に隠れたパンキプンもある。


「これは体にも良いのよ。お父様たちも食べられるように夕食に出しましょう」


 そのままオックラーの畑に移動すると、こちらも実がなっている。自分の知っているオクラのように、空に向かって伸びる茎の下の部分から徐々に上に向かって花が咲き実になるようだ。


「これはね種を採るには茶色になるまで乾燥させなければいけないの。数株はこのまま残しましょう。収穫したものは、実よりも下の葉を全部落とすのよ」


 そうやって見せるとタラはしっかりとやり方を見て頷いている。早めに収穫をしないとすぐに固くて食べられなくことも伝える。そして隣の緑のペパー畑を見ると、ピーマンとししとうが実っている。


「これは食べ頃ね。収穫しても大丈夫よ。後で調理法を教えるわね。あと種を採取するにはこのまま実を収穫しないで。真っ赤に色が変わったら種が採れるわ」


 一つピーマン型のほうを収穫し、手で割って食べてみる。みずみずしくパリッとした食感を楽しむと、ピーマン独特のほんのりとした苦味を感じる。タラにも食べさせてみると不思議そうな顔をしながら噛んでいる。


「少し苦味があるのですね」


「そうね、これが美味しいのだけれど。私のいた世界と人体の作りは一緒なのか分からないけれど、子どものほうが味覚が敏感なの。だから苦味を嫌がるかもしれないわね」


 そう言うと目から鱗が落ちるような表情をするタラ。聞いてみるとやはりこの世界でもそうらしく、子どもの頃に苦手だった山菜が大人になると普通に食べれるようになったと言う。


「栄養のあるものだから、出来れば子どもたちにも食べてもらいたいわね」


 そう苦笑いで言うと、タラも「そうですね」と苦笑いで答えた。二人で笑いあっていると広場からエビネに呼ばれた。タラにあとは任せ、畑から広場へと移動する。


「どうかした?」


 歩きやすいあぜ道を歩きながらエビネに声をかける。少し疲れた表情のエビネが口を開いた。


「ナーの種の採取が終わりました。……姫様の言う通り、慣れるものですね」


 匂いのことを言っているのだろうが、その疲れた顔からは苦戦したあとが伺える。


「畑に撒くには少々足りないと思いますので、もう数日かかると思われます。ところで姫様、ペパーの実の乾燥も充分そうなのですが」


 一度ナーの花の群生を返り見たエビネは、ペパーの実について語る。確認したいと言うとバラックの方から持って来てくれた。私は民たちからあまりバラックに近付くなと言われているので広場でおとなしく待っていた。

 エビネはザルを二つ持って来たのでその中を確認すると、しっかりと黒胡椒と白胡椒が出来ている。一つここで問題が起きた。ペッパーミルがないのだ。しばしペパーの実を前に考え込んでいるとエビネに声をかけられる。


「どうされました?」


「えぇと……これをすり潰すというか砕くというか……細かくしたいのだけれど、どうしようかなって」


 そう言うとエビネは「お待ちください」と言い、またバラックの方へ走る。すぐに戻ってきたエビネの手には、貧乏育ちの美樹ですら時代劇でしか見たことのない薬研があった。


「これは売らずに隠し持っていたのですが、薬草などをすり潰したりするのに使っていたのですが……」


 隠し持っていたと言うエビネは都合の悪そうな顔をするが、よく売らずにいてくれたと感謝せずにいられない。

 早速エビネは石で作られた舟形の中央の窪みにペパーを入れ、握り手を掴み円盤状の車輪を動かす。ゴリゴリとすり潰しているうちに粗挽き胡椒が出来上がる。それを木製の容器に移し、次に白胡椒を同じようにすり潰す。こちらはサラサラになるまですり潰してもらった。


「エビネ、本当にありがとう。これで料理の幅が広がったわ!」


「お役に立てて光栄です。これからはペパーの収穫を終えましたら粉にいたしますね」


 エビネを褒め称え感謝し過ぎと言われるほどお礼を告げた。これでお料理に定番の胡椒が手に入ったわ。きっとお母様も喜んでくれることでしょう!

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