第66話 果樹の様子

 夕方近くになり今日は糸紡ぎはお終いということになり、道具などを片付けてから家の裏に置いていた挿し木した果樹の様子を見る。


「あ……」


 いつの間にか新芽が出ていたのでもしかしたらと思い、そっと挿し木した枝を抜いてみるとしっかりと発根していた。株分けしたデーツに至っては、逆に鉢が心配になるほど葉が茂っている。デーツの種もしっかりと発芽し、元気にすくすくと育っていた。

 ふと元からこの土地に生えているデーツの木を見ると、実っている果実はもうあまりない。ならばこれを食べてしまい種を取り出し植えよう。そう思い夕食の時間に民に全てのデーツの実を配り種をもらった。夕食後に種を洗いザルに入れて一晩乾かすことにした。


 翌朝私たち一家はミーティングをした。スイレンとお父様は今日も水路建設を続ける。昨日は水漏れの箇所があり補修したそうなので、今日はその確認と作業の続きだそうだ。その辺から石を切り出した石管は材質によって脆いものがあったらしく、タデたち石工職人たちは材質の見直しと新たな石管を作り始めたそうだ。

 お母様たちは二手に分かれてオッヒョイの樹皮から繊維を取り出す者と、今日も糸紡ぎをする者に分けるという。


「みんなごめんなさい。私は今日は果樹の植え付けをしようと思うんだけど……良い?」


「何を謝る。カレンはカレンの思う通りに作業をすれば良い。この国に誰もそれを咎める者などいない」


 お父様のその言葉が嬉しくて微笑む。お母様もスイレンもお父様と同意見だった。優しい人たちに囲まれ私は幸せだ。


「カレン、植え付けをするならハコベを呼ぶ?」


「うーん……むしろハコベさんに樹皮の処理をお願いしたらタデの近くにいれるんじゃない?」


 そう言うとお父様とお母様に笑われた。ならばと、お母様とハコベさんは今日は樹皮の処理に向かうそうだ。


 水路建設チームも樹皮の処理チームも同時に現場に向かうのを見送り、残された私は一度辺りを見回す。

 ヒイラギはどんどんと広がる森を観察し、間伐や広場側にこれ以上木が生えないように根ごと掘り出して別の場所に植えたり、新しい木のベッドを作るよう指示を飛ばし忙しそうにしている。

 その奥さんのナズナさんは森の近くに腰を下ろし糸作りと糸紡ぎをしている。

 畑を見ればエビネとタラが手入れや収穫をし、別の者たちは新たな畑を耕したり、森から土を持って来て土を混ぜ合わせたりすき込みをしている。


 そして私の背後には四人が立っている。


「……」

「……」

「……」

「……手伝います!」


 イチビ、シャガ、ハマスゲ、オヒシバの四人組が護衛のように後ろに立っていたけれど、私が何かをしようとしてるのを察して手伝ってくれるようだ。


「ありがとう。えぇと……じゃあこの鉢を持ってもらっても良いかしら?」


 そう言うと土が入って重いであろう鉢を持ってくれる。私も小さな鉢を持とうとしたけれど四人に止められ、仕方なく手ぶらで畑へと向かう。すると私に気付いたエビネがこちらに向かって声を上げる。


「姫様、どうなされました?」


「あのね挿し木した枝を植えたいのだけれど、空いている畑はあるかしら?」


 それを聞いたエビネは私たちを手招きする。エビネのいる場所に向かうと「こちらへ」と私たちを案内してくれた。


「畑の準備はしておきました。一部の果樹は植え替えをしてあります」


 どうやら果樹を購入してきた数が少ないので、後から増やすつもりなんだろうとエビネたちは思い、いつでも畑を使えるように最優先で手入れをしていてくれたんだそうだ。

 さらに植えた後にナズナさんからベーリが栽培用に掛け合わせた品種だと聞き、ラズベーリと黒ベーリが交雑種にならないように畑同士の距離を空けて植え替えたそうだ。同様にグレップも二品種だと聞き、こちらも畑が隣り合わないように植え替えてくれたらしい。


「気遣いありがとう。助かるわ」


 そうして私たちは根の生えた小さな枝を畑へと植えていく。鉢の中の土は森から採取した栄養たっぷりの土なので、根の周りの土ごと畑へと植え付けた。

 株分けをしたデーツはいずれ同じように株分けをして増やすことを前提に広い畑に植え付けたが、こちらは大きな木になるのが分かっているので距離を空けて植えた。それでも畑が広すぎて、こぢんまりと植えられたように見えてしまう。


 そして問題になったのが種から発芽したデーツだ。育ってみないと雄か雌かも分からない上に、味もほとんどが良くないだろうからだ。これはこのまましばらく鉢で育てようということになった。

 そこで私は昨日洗って乾かしておいた種を思い出し、空いた鉢に植えることにした。イチビたちは鉢ごと森へ行き土を入れて来てくれた。家の裏に鉢を置き、みんなで優しく土をかけ元気に育ってくれるよう祈る。いつもは真顔か緊張した面持ちのイチビたちも優しく微笑んで土をかけている。こんなのどかな時間がずっと続くことを私は密かに願った。

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