第四話 軽音部と生徒会と図書委員(1)

 西日の射す放課後の図書室は程よく心地よい気温で非常に穏やかな空気感が漂っていたが、客足はあまり振るわなかった。

 ほぼ全校生徒が部活や委員会に精を出しているわけだから当然と言えば当然だった。

 おれたちが片隅のテーブル席を陣取っている以外は、おそらくは軽音部同様に部活が休みとなったであろう生徒が数人、ちらほらと見られる程度。

 ぶっちゃけ、昼休みのほうが来客は多い。

 おれたち――というのは、つまるところ軽音部全員だった。日和沢、篠崎、高上、そして一応おれ。結局、全員で図書室へと足を運んでいた。

 生徒会支給のノートPCと何枚かの書類を引っ張り出して生徒会の業務に勤しむおれの傍ら、宿題に精を出しているのは日和沢と篠崎の二人だ。高上はどこかの棚から抜き取ってきた海外文学に目を滑らせている。


「俺はもう半分以上終わらせたからね。ここでしかできないことをするよ」


 一理ある。

 どうにもこのヤンキーもどきは課題は出た瞬間――授業中から取りかかる主義らしく、放課後にはあらかた終わっていることが多いのだと言う。

 であれば帰ればいいのにと思うが、こいつはこいつなりにコミュニケーションの時間を重要視しているのかもしれない。コミュニケーションも何も、四人とも黙々とそれぞれのノルマに追われていて会話などろくに交わされていないが。まぁ図書室だし。


 にしてもこいつ、目立ってんなー。

 まずこのルックスが図書館にそぐわないのだが、ところがこいつはわりと頻繁にここに足を運んでいるらしい。図書委員の総意を知りたいところだったが、貸し出し受付カウンターの向こうで高上同様に読書に耽っている小柄な女子はチラチラとこちらを気にしつつも、おれがふとそちらを向くと慌てたように身を強ばらせて視線を逸らす。気が弱いのか、あまりおれたちとは関わりを持ちたくなさそうな雰囲気を感じた。場所が場所でもある。あまり迷惑を掛けないように心掛けるとしよう。

 と思っていた矢先だった。


「んがーーーーっ! ダメッ! もうムリッ!」


 目の前で日和沢がぷるぷると震え出したかと思ったら、唐突に叫び声を上げてシャーペンを放り出した。……ホントに、こいつは期待を裏切らねーな。

 貸し出しカウンターの向こうを見ると、ビクッと肩を震わせた図書委員にやっぱり慌てたように視線を逸らされる。

 一応、代わりに注意しておいてやるか。


「声がデカい。図書室だぞ」

「あ、ごめん」

「あと宿題始めてまだ五分も経ってねーぞ」

「あたしにしては長続きしたほうだよ! 頑張ったよあたし!」


 今度は場所を弁えてか、日和沢は器用にも声を潜めて叫んだ。


「言ってて悲しくならねーのか……。つーか普段どうやって宿題終わらせてんだ……」

「あーあ、やっぱり部室行こっかなー。ギター弾きたくなってきた」

「行ってもいいけど、高上がなぁ」


 早くもノートを閉じた日和沢に、篠崎が合いの手を入れて高上のほうを見る。

 どこか高上に対して気遣わしげな雰囲気が生まれつつあった中で、その当人はドストエフスキーから顔を上げてほがらかに応じた。


「俺には構わず練習してくれて構わないよ。見てるだけでも勉強になる」


 まるで自分は練習できないかのような言い草。

 その原因は、部員三人に割り振られた楽器にあった。

 形式上は顧問も決まり、部室も割り当てられ、さぁ軽音部が発足するという段になってまず話し合ったのは、誰が何の楽器を担当するかということだった。

 日和沢がギターボーカル。これはもう固定だ。揺るがない。歌唱力に問題が残っているが揺るがない。本人の意志が。

 問題は篠崎と高上が何の楽器をやるかということだったが、いかんせん二人ともズブの素人。適性を判断する材料に欠けていた。

 じゃあ単純に何の楽器をやりたいかという基準で話し合い始めたところ、篠崎がベース、高上がドラムという方向で仮決定したのだった。とりあえずそれでやってみよう、と。

 しかしドラムセットが問題だった。あれは高価だ。


 ベースは日和沢の姉、千代……じゃねーや、藍沢の使っていたものが家にあり、それを使わせてもらえるということになったらしいので、そっちの問題は早々に解決した。あいつ、あまり場所を取らないものに関しては一通ひととおり手を出してたからな。

 日和沢妹は知らされていないみたいだが、日和沢の実姉、日和沢千代ひよりさわちよとおれは、面識がある。将来的にシンガーを目指していて本名を好いていなかったあいつは、早々に芸名を決めて藍沢蒼あいざわあおいなどという、気取った名前を自称して呼ばせるようにしていた。


 そんな日和沢姉はいろんな楽器に手を出していた記憶があり、その中にはレンタルで済ませていたものもあったが、それなりにハマったものは親にねだって買ってもらっていた。「余裕で出世払いで返す」とか言っていた気がする。

 まぁ少し前に連絡を取ったところ、順調に夢の階段を登っているようだったので、本当に出世払いで返すことになれば有言実行といったところか。色々と性格に問題があるが、その点は評価してやってもいーかな。


 話が逸れた。

 とにもかくにも、問題はドラムセットだ。

 おれたちは先代軽音部が使っていたものが残っていないか前任だった顧問に確認したところ、みんな自分で買ったものを使っていたとのことだったので、この学校には存在しないらしい。まぁ普通はそうか。

 まったく、本当に負の遺産しか残さない傍迷惑はためいわくな先代だ。

 で、ドラムをやろうにも、先述の通りあれは高い。

 発足したばかりの部活動に部費なんて貯まっているはずもないし、生徒会から特別予算でも下ろしてやれないかと鏡華先輩に掛け合ってみたが、「たぶん無理、どちらにしろすぐには無理」とのことだった。


 さてどうするかと軽音部四人がツラを突き合わせて話し合い始めたところ、じゃあレンタルしよう、という結論に至った。

 藍沢もそうしていたし、ネットを介した様々なサービスが多様化している時代だ。

 軽く検索してみたところ、楽器もサブスクで借りられるということがわかった。思えば自動車のサブスクも存在するくらいだしな。楽器くらい誰かがやっている、ということだ。


『便利な時代だね、助かるよ』


 と、高上はジジ臭くそんなことを言っていた。うん、サブスクすげー。

 そしてさっそくおれたちは顧問と話し合い、一月ひとつき契約まで漕ぎ着け、今はドラムセットが学校に届くのを待っている状態、というわけだ。

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