第三七話 とっくん!

 生徒会の助っ人に関して言うと、それほど難しい仕事というのがおれに割り当てられることはなかった。当然と言えば当然だろうけど、教えてもらえればそれほど労することなくこなせるようになるという作業ばかり。

 この日おれが行ったのは、翌朝配布することになる説明会の変更内容の通知資料作成と、その他いくつかの雑用だった。

 まさに猫の手といった様相。

 それでも聞くところによると、生徒会の業務事態それほど難しいものはなく、コミュニケーション能力と向上心があれば誰にでも出来るようなものだと、キョーカ先輩――鏡神鏡華かがみがみきょうかという名前らしい――は言っていた。

 まぁ見るからにスペックの高そうな女子先輩の口にすることだったので話半分に聞き流しておいたけれど、この日一日の業務分だけ見れば、確かにそんな印象だった。

 そうして未知の分野に見識を広げた充実感を携えて待ち合わせ場所のカラオケボックスへと合流すると、ちょうど日和沢が持ち前の音痴を披露している場面だった。

 聴衆は篠崎を含めて日和沢のツレが三人。

 今日から実施されるこの集まりの主旨は今日一日の授業の合間にでも伝達されているのか、あまり和気藹々わきあいあいとした雰囲気はなく、どちらかといえばどんよりとした重い空気がそこには充満していた。

 室内に響いていたのは、誰もが知る某有名アイドルグループの大ヒット曲。

 その歌声に耳を傾けること数秒、おれの肩も急に重くなったような錯覚に見舞われる。


「なんか元に戻ってねーか……?」

「だよな。俺もそう思う……」


 入室したおれに気付いた篠崎がおれと同じようなテンションで同意した。


「ほらやっぱり! 巧くなってるなんてミコトくんの勘違いだったんじゃん!」


 一体どういう耳をしているのか、日和沢は歌っている最中にも関わらずおれの呟きと篠崎の同意を聞き取って突っ込んできた。マイクを口元に当てたままだったので大音量の突っ込みだった。


「ちょっともう一回最初から歌ってみろよ」


 一縷いちるの望みに賭けて、とりあえずもう一度その歌声を確認してみようとそうリクエストしてみると、残念ながら聞き間違いという可能性はなさそうだった。

 一音一音確かめるように丁寧に紡ぎ出されたその歌声は、やっぱりこの間のカラオケの時から後退の様相を見せ、当初音楽室で盗み聞きした時のレベルと大差ないものへと戻っているように聴こえた。


「どう!? やっぱり変わってないでしょ?」


 そう腰に手を当てて胸を張るその顔にはどこか誇らしささえ滲む強気な笑みが見えて、なんかもうよくわからなくなってしまった。


「ドヤ顔して言ってんじゃねーよ……おまえはどうありてーんだ……」

「そりゃ上手になりたいけどさー……」

「ま、どっちにしろレベルアップは必要だから、やることはやるんだけどな」


 そう聞いて嫌な顔をするかと思いきや、日和沢は意外にもその顔を引き締めた。

 おれは荷物を部屋の隅に置くと、空いていた篠崎の隣に腰を下ろして、ケータイで事前に見繕っておいた音痴改善法が掲載されたページを呼び出した。


「あ、ネットに載ってるような方法は全部試したからね」


 先回りしてそう言う日和沢に、おれは操作する手を止めることなく応じる。


「それはいつの話だ?」

「いつって……もう何年も前に」

「だろーな。だったら問題ない」

「問題ないって……、前に試してダメだったことをまたやっても意味なんてなくない?」

「……ふっ」

「あ! 今、鼻で笑った!」


 まったく、その浅はかさ、短絡的思考――笑えてくるぜ。

 おれは画面に視線を落としたまま、ぶっきらぼうに返す。


「方法は同じでも、おまえのコンディションは違う」

「どゆこと? そりゃちょっとは違うかもしれないけど」


 すると狐につままれたような表情で首を傾げた日和沢を他所よそに、おれは昨晩下した苦渋の決断、その結果を思い起こした。

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