第8話魄皇鬼 3

 ここに立ち寄ったのはまさに偶然。

 目的の討伐を終えて帰る道すがら、一夜の宿を求めるつもりだった。

 黄昏たそがれの空に舞い上がる火の粉、妖魔の放つ瘴気に村が襲われているのは明白で、まさかこのような片田舎の農村で、鬼に出くわすなどとは思っても見なかった。



 村の中では妖魔の討伐はほぼ終わったと言っていい。

 生き残った者は村外れで結界の中にかくまってある。


 茅葺屋根の大屋敷。膝をつく、刀隠れの巫女を狙う白い鬼に矢を放つ、数人の陰陽師。


 先程の和紙の式神も、こやつらか。

「こざかしいっ!」

 折れた三日月刀をかなぐり捨て、禍々まがまがしく闇を放つ手の平から鋭い爪が力を放つ。


「切り裂いてくれるっ!」

 背中に無数の矢を受けたまま、屋根から跳ぼうとした魄皇鬼はくおうきの首に、背後から刀が突き刺さった。

 まるで豆腐でも切るかのように、音も無く衝撃も無く。


 巫女。


 振り返る魄皇鬼の瞳にはもはや事切れた巫女の顔が映る。

 ひと塊りに屋根から落ちるその手から、刀の柄が離れた瞬間。

 人知れず、刀は桜の花びらの様な淡い光を放ち、虚空に散った。


「囲めっ!

 鬼封じの札を持て!」


 落ちる魄皇鬼に鬼封じの札が幾重いくえにも貼られ、その身は岩の様に硬く重く、動きを封じられた。


「……巫女は……」

「刀の行方……隠れの巫女……」

 途切れ途切れの会話が届く。

「……事切れた。さやの役目も、終わりだ」


 鞘の、役目?


 燃える茅葺屋根の熱に、大きな桜の木から焼け焦げた花びらが魄皇鬼の髪に頬に触れる。


 のちに大岩に封じられ、数十年の時を待つ。



 神刀〈紅桜〉忘れはせぬ。


 ◾︎◽︎◾︎◽︎

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