第100話 まつろわぬ者たちの残滓
現場まで駆けつける。
番頭は幸い、大事には至らなかったらしい。
後ろからいきなり刺されたらしいが、傷は不思議と浅かったのだとか。
「オーギュストさん……! みんな、ガキどもを疑ってます」
手当された番頭が、俺に話してくれた。
「後ろにいたのはガキどもだけだし、それにあいつらは、あの村の生き残りです。あそこがどういう連中の村だったのか、今じゃみんな知ってます。だが……ガキどもに罪はない。頼みます、オーギュストさん。あいつらを……」
「ああ、任せておきたまえ」
俺は番頭の肩を叩いた。
これは、私的に引き受ける仕事になるな。
恐らくは無報酬だが……どちらかというと、最初の仕事のアフターサービスの色が強い。
「オーギュスト、どういうことだろう。みんな、あの子たちが番頭を刺したと思っているようだ」
イングリドはアキンドー商会の人々から話を聞いたらしい。
それによると、ある程度、子どもたちはジョノーキン村の人間だということで、色眼鏡で見る向きもあったらしい。
イングリドはこれに憤っているようだ。
フリッカも聞き込みをして、同じような結果に落ち着いた。
「こら、なんていうか、うちみたいなパターンやない? 復讐とかさ」
「そんな馬鹿な! あの村の大人たちはみんな死んでいたし、村をそそのかしたマンティコアは倒したんだ。あの事件は終わっているはず」
「イングリドの気持ちも分かる。だがしかし、この事件の犯人はあの子どもたちだろう。そしてこれは、恨みによる行為ではない。彼らが幼い頃に学習してきた、ジョノーキン村の風習や伝統が彼らにそうさせたに過ぎないよ」
俺はそう結論づけた。
「どういうことだ? 私たちがやったことは、何の意味も無かったのか?」
イングリドがショックを受けた顔をしている。
俺とともに冒険するようになってから、自分がやって来たことが報われる、という経験の連続だったからな。
最初に手にした成果が間違っていたのかも知れない、と考えれば、ショックも仕方ないだろう。
「いや、俺たちの仕事は素晴らしい成果を上げた。だから、番頭は生きているんだ」
「え……? だって、彼らは番頭を刺したんだろう?」
「その通り、傷の位置も見せてもらった。番頭の背丈に対して、子どもたちは小さい。身長差がある状態で、相手を刺すとしたら背中の脇腹辺りになるだろう。背骨は子どもの腕力では刺すことができないからね」
「だったら……」
「では、なぜ比較的柔らかな脇腹を刺したと言うのに、刺し傷は浅かったのか? ジョノーキン村は、ガットルテ王国への憎しみを抱いている場所だった。そこで生まれ育ち、恐らくは本能の域にあの村の考えが刷り込まれた子どもたちが、確実に殺せるであろう機会にそうしなかった。これまでもそうだ」
「そう言えば。これはつまり……彼らの中にはジョノーキン村の怨念があって、でも、それは薄れてきているというのか?」
「ああ。上書きされつつある。それはどういうことだと思う? アイデンティティの書き換えだ。彼らが生まれ育ち、抱いてきたジョノーキン村の記憶は、全く異なるもっと幸福な記憶によって塗りつぶされようとしている」
推測に過ぎない。
だが、俺の中に確信はあった。
何度か、彼らには芸を見せた。
そして芸を教えた。
仕事をする彼らを見に行った。
子どもたちの笑顔は輝いていたように思う。
彼らの姿に嘘はない。
あるとすれば、アイデンティティであったジョノーキン村の記憶……ガットルテ王国に対する憎しみが失われる、不安であったのではないだろうか?
幼少期の学習は、生涯に渡ってその人物を支配することがある。
刷り込みに近い。
ジョノーキン村の子どもたちは、間違いなく自らの根底に、ガットルテ王国への憎しみを受け継いでいるだろう。
そのまま育てば、村で自ら望んで犠牲になった大人たち同様、王国に敵対する勢力となっていたことだろう。
だが、彼らは幼いうちに救い出され、ガットルテ王国の価値観に触れた。
「これはつまり、まつろわぬ民の断末魔とも言える。ガットルテ王国、最後の不安材料を解消するのがこの仕事なのさ」
「だけどね、オーギュスト。あいつら、自分を世話してくれてる奴を刺しちまったんじゃないのかい? 周りの信頼がなくなってると思うけど」
「失った信頼を取り戻すのは難しいが、不可能ではない。生きてさえいれば、若い彼らは何度でもやり直せる。一つの価値観に凝り固まり、それと心中する事はバカな生き方だよ」
俺の返答を聞いて、ギスカがにんまりと笑った。
「あたいも同じ考えだ。それで、この間の仕事で鉱山都市の年寄どもの頭をぶん殴ってやったようなもんだからね」
不満げなのはジェダだ。
「また戦えなさそうじゃねえか。ガキを探すだけだろ。あー、退屈で死にそうだ……」
「そんなことはない。子どもたちに道を誤らせた何かが、この件の裏にいる。最後はそれとの戦いになるよ」
「なにっ!! 本当か!! それを早く言えよ! ほら、さっさと調べに行くぞ!」
「ああ、もうジェダ! ほんまに現金なやつやなあ!」
行く先もまだ伝えていないのに、ジェダが動き出した。
残ったのはイングリドである。
「これは……私たちのやっていることは間違っていないんだな?」
「その通り。俺たちの仕事は、人々を幸せにして行っている」
彼女の不安げな問いかけに、俺は断言してみせた。
「君は死神ではない。幸運の女神だ」
イングリドの表情に笑みが宿った。
「よせ、照れくさい……!」
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