第98話 ちょっと関わってたよバルログ
事が終わり、坑道は封鎖されることになった。
埋め戻すのは現実的ではないので、立ち入り禁止とし、その旨を書いた立て看板が置かれた。
若者たちは年寄りの狼狽する姿に溜飲を下げ、なんだかんだ言ってこれで満足してしまったらしい。
鉱山都市は基本的に何も変わらない。
ただ、温泉郷に向かって坑道を広げるのをやめただけだ。
しかし、それで十分。
今回のこれは、あくまでイベント。
鉱山都市に著しい不利益をもたらすのは、俺の望むことでは無いからだ。
「結局、今回はバルログは何も関係なかったんだな」
ふと、事後の作業を坑道跡で行っていると、イングリドが呟いた。
坑道に立て看板と、そして協力してくれた若者たちが温泉に遊びに行けるようにするため、ルートづくりをするのだ。
そのため、道を軽く均しているところだった。
「ああ、そう言えばそうだね。だが、バルログなんて何百年も前に滅ぼされているんだ。関係している方がおかしいというものだよ」
「それもそうか」
ハハハハハ、と笑い合う俺とイングリド。
それでこの話は終わりになるはずだった。
だが、横で仕事をしていたシャイクがふと、
「あ、いや、厳密に言うとイフリート様のお姿は、バルログの変身したそれをモデルにしたものだと伝わっている」
「はい?」
俺は一瞬、頭が真っ白になった。
一体どういうことであろうか。
イフリートは炎の妖精。
バルログは炎の悪魔。
そこに何のつながりも無いのでは?
「詳しい話は仕事の後でしようじゃないか。お前たちのおかげで聖地は救われた。そして新たに温泉に入りに来るドワーフが、入浴料代わりに色々な施設を作ってくれている」
「どんどん温泉観光地になっていくな……」
俺の言葉を、シャイクは聞こえないふりをした。
分かっててやっているな……?
その後、酒場に移動して詳しい話を聞くことになった。
「これは我ら、高位の司祭にだけ伝わっている話なのだ」
「シャイク、高位の司祭だったのか」
「それ以外の何に見えるかね? まあいい。我が聞いた話では、こうだ。我らリザードマンは、昔からイフリートを信仰していた。我らの遠き子孫は冷たい血を持つトカゲであった。それを温め、活動を助けてくれたのは太陽の暖かさであり、熱である。熱に最も近い存在が炎の妖精イフリートだ。故に、我らはイフリートを信仰した」
それは俺も知っている。
リザードマンは基本的に、イフリート信仰である。
ガットルテ王国にも、リザードマンがたまにやって来たりするし、彼らはとても実利的で分かりやすい。
理解できない存在ではなく、バルログと関わりのある信仰を行っているなど、夢にも思わない。
「数百年前だ。過去の大戦が終わり、魔王ターコワサが倒された。偉大なる所業を成し遂げた勇者は、世界より忽然と消えた。神が遣わした戦士だったとも言われているから、再び神のもとに帰ったのだろう。世界は平和になり、そんなある時、一人のリザードマンが行き倒れている者を発見した。それは人間に親しい種族であるように見えたそうだ」
「ふむふむ」
「リザードマンはその者を介抱し、傷を手当して食事を与えた。その者はリザードマンに礼を告げ、名乗ったそうだ。我が名は、魔将バルログ。勇者を追うものである、と」
「なんと!?」
バルログは、かつて倒されたのではなかったのか。
俺は、出された酒の味が分からなくなってきた。
俺のルーツがとんでもないことになっていないか?
「それで、どうなったんだ? と言うか、バルログは人の姿になれたのか」
イングリドが不思議そうである。
「それはな、イングリド。ネレウスも通常は人の姿だろう。だが、ああやってモンスターに変身できる。血の濃い魔族が使える技のようなものなのだ」
「ほうー」
ネレウスはむしろ、勇者の仲間であった側だ。
魔族でありながら魔族を裏切り、人を救ったネレウス。
彼が何を思って、今は金稼ぎばかりに精を出すようになったかは知らないが。
「続きだ。バルログに、リザードマンは聞いた。まだバルログに変わることはできるのかと。バルログは頷いた。なぜそんな事を聞くのか、と。リザードマンは答えた。我らが信じるイフリートには、姿が無い。だが、姿なきものをよりは、姿がある方が、分かりやすいだろうと。イフリート教には聖地が無い。炎の恵みは世界にあまねくあるからだ。だが、聖地があれば、人々は集まり、そこで特別な時を過ごすことができる。信仰を深め、己のあり方を見つめ直すことができると」
「なるほど、もっともだ。そのリザードマンは、イフリート教のシンボルのモデルをバルログに頼んだわけだな」
「然り。なぜそんなことを考えたのかは知らぬがな。そして、バルログは悪魔の姿となり、その姿をリザードマンは書き写した。バルログは助けてもらった礼として、一つの山を恐るべき炎の力で溶かし尽くした。山はマグマとなり、熱を発した。山があった場所から吹き出した地下水は温泉となり、そこが聖地となった。今も、マグマは熱を持ち、聖地を温め続けている……」
この温泉郷の成り立ちにも関係する物語だった。
なるほど、バルログは確かに関係していた。
というよりは、バルログがいたからこの地が生まれたという事でもある。
「オーギュスト。お前はバルログの子孫であると聞いた。バルログは我々に、神の似姿と聖地をくれた。お前は聖地を救ってくれた。数奇なる運命に感謝を」
「全くだ。数奇過ぎる……!」
俺はシャイクと乾杯した。
バルログは、聖地を作り上げた後、去っていったと言う。
しばらくしてから姿を現し、勇者を追う手段が見つかったと言ったそうだ。
そして、その後、二度と現れることはなかった。
「伝説と今が交差している場所なのだな。なかなかロマンチックじゃないか」
イングリドが笑いながら、ジョッキを傾けた。
「張本人としては、ロマンチックどころではないだろうけど」
「全くだ」
バルログ。
俺の血の祖となる、強大なる純血の魔族。
だが、それがたった一人のリザードマンと交流し、こんな温泉郷を作り上げていたのだ。
そして彼の姿は、イフリートとして残っている。
不思議な気持だった。
かくして、ラッキークラウンの鉱山都市での冒険は終わりを告げる。
依頼は表向きは失敗。
しかし、犠牲者はなく、温泉郷からはそれなりの謝礼をもらうことができた。
鉱山都市からは、バルログの話が外に漏れることはない。
基本的にドワーフは排他的であり、良いことであれ、悪いことであれ、鉱山の中に収めておくのである。
故に、一日限り復活した、山車の形をしたバルログは、鉱山都市と温泉郷の伝説となったのだった。
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