第96話 駆けろ、バルログ……あるいはイフリート山車
「つまり、ドワーフたちにはバルログ、リザードマンにはイフリートと伝えているのか。確かに説明の中に、バルログとイフリートが近い、みたいな文言が混じっていたからな……。君は本当に悪巧みが好きだなあ」
「はっはっは、趣味だよ」
イングリドのこれはまあ、褒め言葉であろう。
趣味と聞いて、フリッカの表情が引きつっているが気にしない。
今は、バルログ山車に乗り込むリザードマンを選定中である。
万一何かあれば、俺もフォローする予定でいる。
だが俺の炎の技は一日一回。ホイホイとは使えないのだ。
「イフリート様の加護を! ほああー!」
リザードマンの一人がもろ肌を晒し、炎に包まれた。
おお、あれ、あれ。
炎のモンスターと言われる外見になったな。
近くに寄ってみて、温度を確認してみる。
炎にしてはちょっと低めだな。
あくまで、魔法で炎に似せた特殊な現象みたいなものらしい。
「これは金属を溶かしたりはしないな」
「ああ、そうだ。そんな高温を出したら足場が溶けてしまうし、温泉が蒸発してしまう。イフリート様の加護に、温泉を傷めるような魔法はないのだ」
「なるほど、分かりやすい……。まさかこれは、泉を温めて温泉にする魔法なのでは……?」
「勘の鋭い男は寿命が縮むぞ……」
シャイクがにやりと笑った。
その後、仮眠を取ってからドワーフたちの様子を見に行く。
すると、ギスカが酒を飲みながら店先に腰掛けており、彼女の眼前で山車の組立作業が行われていた。
「順調じゃないか」
「そりゃあそうさね。あたいが見張ってるんだ。こいつら、腕はちゃんとあるのにやる気だけが無いからね。だけど、道化師が撒いた餌でかなり気合が入ってるみたいだよ」
「ほう……。誰しも、権力は欲しいものな。この革命が終われば、自分たちが上に立てると思えば頑張れるものさ」
「全くだねえ……。怠け者の意地汚さを利用するとは、悪どいおとこだよ、あんたは」
「褒められたと思っておこう」
「基本的にめげないよね、あんたさ。っていうかさ……。あんなんでいいわけ?」
ギスカが指差したのは、山車である。
バルログをイメージした山車ということで、金属の板を削り出し、そこに手足がついている。
足は二本だが、腕が六本ある。
「ほう、俺がイメージしていたよりも少々チープだが、造形のおどろおどろしさはなかなか……」
「流石にあの造形じゃ、騙されないでしょ」
「いやいや、炎に包まれるからね。騙されてくれるさ。そのものの説得力よりも、演出とタイミング。これが大事さ」
「そんなもんかねえ」
「では、山車をこっそり運ぶとしようか。例の坑道から出てこなければ意味がないからね」
「本当に実行する気なんだねえ……。いや、あんたが有言実行だってのはよーく、嫌ってほど分かってんだけどね。ほらみんなー。これくらいで作業は終わり! 運ぶよー」
作業していたドワーフたちから、「うーい」という気の抜けた返事があった。
みんな、「酒飲みてー」「久々に汗かいたわ」「風呂行きてえなー」などと口々に言っている。
「なるほど諸君。今回の仕事は、その希望を叶えてくれるぞ。クライアントはとびきりの温泉を持っている」
「えっ!?」
「マジ!?」
ドワーフの若者たちが食いついてくる。
「ちなみに、君たちの風呂である蒸気浴ではない。たっぷりの熱い湯に浸かり、風呂上がりには酒を浴びるように飲める酒場もある……」
「ふおおおお」
「最高じゃああああん」
ドワーフたちのテンションが上った。
大変分かりやすい。
「労働で疲れて頭が分かりやすくなってんのさ。あーあ、みんなやる気出しちゃって」
図らずも、俺は彼らのやる気を上げたことになるようだ。
さて、坑道の出口。
そこから、ドワーフたちが慌てて飛び出してきた。
若者ではない。
鉱夫として働いていた者たちだ。
どうやらリザードマンが上手くやってくれたらしい。
炎に包まれたリザードマンが、何人も姿を現す。
若者たちは一瞬たじろいだ。
「安心したまえ。彼らが協力者だ。そして、彼らにこの山車を燃え上がらせてもらうことでイベントは完成する!」
「イベント……?」
ドワーフとリザードマン、双方から疑問の声が漏れた。
いかん、本音が出てしまった。
「革命の準備は完了する! これは、鉱山都市の古い体勢を揺るがし、同時に温泉郷へ向けての掘削作業を中止、撤回させるための作戦である! 諸君、健闘を祈る!」
「うおおおおーっ!!」
ドワーフとリザードマンが一緒になって、咆哮を上げた。
かなりの大声だったから、鉱山都市の中ほどまで響き渡ったかも知れない。
よし、これを利用させてもらおう。
山車の中に、リザードマンたちが乗り込んでいく。
すると、山車は燃え上がり、あちこちに開けられた穴から炎を吹き出す。
遠目に見ると、六本の腕がある不思議な物体が燃え上がっているように見える……。
うん、うん、バルログに見えないこともない!
俺は自分を納得させた。
「おい、オーギュストよ」
シャイクが、動き出した山車を見ながら呟く。
「なんだね?」
「あれはバルログと思うか。我には全く違うものに見える」
「ほう。なんだか次に君が言わんとすることが想像できるが、行ってみたまえ」
「あれは我らが神! イフリート様の山車である!! 皆のもの! 我らはイフリート様の威光を示すべく、ドワーフたちに炎の鉄槌を下すものである! いけえーっ!」
「うおおおーっ!!」
リザードマンたちが、肉体的にも精神的にも大いに燃え上がる。
彼らのテンションが上ったので、ドワーフもその空気に当てられたようだ。
若者たちも、叫び始める。
叫びながら、山車を引っ張るのだ。
ごろごろと、小走りくらいの速度で山車が駆ける……!
向かうは鉱山都市の中心。
温泉郷を守るための
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