第93話 鉱山都市ダウンタウン

 堂々と坑道から戻ってきた、我々三人。

 バリンカーに乗って走り出すと、シャイクがわあわあと驚いて騒いだ。

 だが、リザードマンは尻尾をクッションとして使えるため、揺れに関しては問題ないようである。


 エレベーターで上ってきても、俺たちが当然みたいな顔をしているので、みんなシャイクの存在を咎めるところまで行かない。

 彼らが冷静になる前に、バリンカーは走り去っていくのだ。


「ギスカ、目的地はどこだい?」


「いわゆるダウンタウンだねえ。もともとは、鉱山都市ができた時の初期の町らしいよ。だけど、都市が広がっていくに連れてみんな新しいところに移るからね。その方が大きな倉庫も近いし、最新の設備もあるし。だから、寂れていくダウンタウンはあたいたち若いのが集まる場所にちょうどいいのさ」


 いつの時代も、年寄は若者に疎まれるのだ。

 ダウンタウンに向かうに連れて、周囲の建物は明らかに古びて、歩き回る者たちも柄が悪くなっていく。

 若者たちが路地にたむろして、みんなでタバコを吸っていたり、道端で酒盛りをしていたり。


「無軌道な印象だ」


「そうさね。若いのの大半は無軌道さねえ。みんななんとなく上に反感を持ってるけど、それをどうにかできるだけの力はないのさ。だからああして、酒を飲んだり薬タバコを吸ったりして社会に反抗する。だけどまあ、なーんも変わらないねえ」


 ギスカは達観している。

 彼女の場合、鉱山都市で一番の鉱石魔法の使い手だ。

 言うなれば突出した才能を持っているわけで、社会に対する影響力を持つ若者ということになる。


 そんな彼女が、都市を捨てて外に出ていったわけだから、鉱山都市というのは内部から変えていくのは容易ではないのだろう。

 普通の若者たちが無力感に苛まれたりするのは仕方ないな。


 そんな彼らも、ギスカが通ると一斉に注目する。


「ギスカ!」


「ギスカが帰ってきた!」


「また何かやってくれよ、ギスカ!」


「なあギスカ、今度はこの町を変えてくれるんだろ!」


 なかなかの人気ではないか。


「あー、もう、相変わらず他力本願さね」


「普通の人間……いや、ドワーフはそういうものだろう」


「そうだけどね。ラッキークラウンにいるとそういうことを忘れるねえ……」


「俺たちのパーティを基準にしてはいけないぞ。あそこはおかしいからな」


 ギスカの他には、シャイクに注目が集まった。

 リザードマンは大変めずらしいらしい。


 シャイクとしては、自分が服を着ている方が気になるらしく、居心地悪そうである。


「脱いではいかんのか」


「町中だからね」


「はあー、これだからドワーフは」


「ドワーフだけじゃなくて、どこでも裸はいけないさね!」


 このようなやり取りをしつつ、そしてギスカのフォロワーらしき若者たちが後に続きつつ……。

 俺たちは目的地にやって来た。


 そこは、建物が半壊しかかった酒場である。

 鉱石魔法が掛かっているのか、看板だけが極彩色に輝いて見える。

 この色の大半は、ドワーフたちには無彩色にしか見えまい。


 つまりこれは……。


「あたいが作った看板さね。入るよ!」


 バリンカーから降りたギスカが、酒場の扉を開いた。

 半開放式の扉であり、ギスカの腹から頭くらいまでの高さだけを覆う、両開きの構造である。

 これを彼女が押すと、全く力を込めていなさそうなのに、やすやすと開き、そして通過した後は元の位置に戻っていく。


 入ってきた俺たちに、多くの視線が注がれた。

 それらは強い警戒心をはらんだものだったが、ギスカを見るなり、唐突に警戒心は緩んだ。


「久々だねえ、ここも。相変わらずしけた顔してるのかい、あんたら!」


 ギスカが大きな声でそう言うと、酒場のあちこちから、ドッと笑い声が起こった。


「ギスカ!」


「久しぶりだなあ、ギスカ!」


「外の世界から帰ってきたのか?」


「ついに都市を変える決心をしたんだな!」


 あちこちから声が飛ぶ。

 一人、メガネを掛けた女性のドワーフが飛び出してきた。


 見覚えがある。

 弁当売りをしていた少女だ。


「ついにやってくれるんだね、ギスカ! あれ? この間の人間……?」


 メガネの彼女が、首をかしげる。


「ああ、その通り。諸君は、ギスカを祭り上げて何かをしようと考えていたのかね?」


 酒場の中を見回す。

 あちらこちらにドワーフ。

 誰もが皆、若い。


 ドワーフの男性は髭をはやしているため、年齢が分かりづらいと言われている。

 しかし肌艶を見ればよく分かるのだ。

 歳を重ねたドワーフは岩のような肌となるが、若いうちはまだつやつやしている。


 彼らは皆、若者なのだ。

 ドワーフはいわゆる年功序列社会。

 能力に関係なく、年上のものが重用される。


 これを覆せるのは、ギスカのような特別な才能を持った者だけなのだ。

 まあ、そのギスカ当人が鉱山都市を見放し、出ていってしまったわけだが。


「なんだよあんた」


「異種族がドワーフのことに口を出すなよー!」


「っていうかもうひとりいるぞ」


「尻尾がある!」


「失敬な連中だな」


 シャイクが憤然とした。


「オーギュスト。本当にこのような者たちと、ともに何かを成し遂げることができるのか?」


「できるさ。こちらにはギスカがいる。それに……」


 俺は、酒場中の目が注目していることを利用して、一つ芸を見せることにする。

 近くにあったテーブルのジョッキを、ギスカの頭の上に置き……。


「また何かするつもりだね、道化師」


 ジョッキにポケットから取り出した大きなハンカチを被せる。

 これを上から押すと……。


 あら不思議。

 ジョッキがハンカチの中でどんどん潰れ、平たくなっていくではないか。

 ついには消えてしまった。


 ハンカチを取り出してひらひらさせると、ドワーフたちがどよめいた。


「ま、魔法だ……」


「すごい魔法使いだ……」


 手品だよ。

 鉱山都市には手品というものがないのだろう。


 ちなみに消えたジョッキだが、俺の横でシャイクがごくごく飲んでいる。

 衆目はギスカと俺に注がれているので、ジョッキがシャイクの手に移動していても誰も気付かない。

 これは視線誘導を使った手品である。


 おかげで、誰もがどよめきながら、しかし俺に文句をつける状態ではなくなっている。


「お話を聞いてもらえる状態になったかな? では話していこう。俺は諸君の起こそうとする革命を手伝いにやって来た! その大いなる助けとなる者が、彼、リザードマンのシャイクである! そして君たちの英雄であるギスカもいる! どうだね諸君。俺が提案する革命、乗ってみないかな?」

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