第76話 その名は魔王教団

 キングバイ王国との交渉が終わった翌日。

 周辺をパトロールしていたフリッカとギスカとジェダが帰ってきた。


 ジェダがニヤニヤしており、フリッカが薄汚れているので、これはきっと戦闘があったなと判断する。


「どうしたんだね? 報告を頼む」


「なんや、自分、地位を得たら偉い感じになったなあ」


「ああ、すまんすまん。こうね、久々だったから切り替えが上手く行かなかった。で、どうだったんだね?」


「ああ、ドンパチやりあったで。マールイ王国はもう、近くの村や町も管理できてへんやない? そこに、赤い服の連中が入り込んでたんよ」


「ほう、組織だったと? やはりというか、何というか」


「自分、予測してたんか!?」


「確証は無かったがね。ネレウスと、赤い服の男が二人だけで動いているなら、その目的ははっきりしないだろう。それに、ネレウスを売り込むにしても、その赤い服の男が個人だとすれば、かなりの顔の広さが必要になる。どういう伝手を使ってマールイ王国まで売り込んだのか、とか、フリッカの村を憎んでいるやつを見つけ出して、ネレウスを売り込んだのか、とか」


「陰謀のニオイがする……!!」


 フリッカが目をギラギラさせた。

 だが、そこへイングリドがやって来ると、彼女の腕を引っ張って連れて行く。


「わーっ、なんやなんや! うちはまだ大事な話が……」


「汚れているのは良くない。続きは体を洗ってからにするんだ!」


「うわーっ、なんちゅう馬鹿力やー!?」


 持っていかれてしまった。


「ギスカはキレイなままだな」


「あたいはほら、もともと鉱山で暮らしてたからさ。汚れがつかないように動き回ったり、ついてもすぐ落とすやり方を知ってるのさ」


「こいつ、後衛だったしな。鉱石魔法とやら、実に頼れるな。俺が暴れ放題しても安心だ」


「勘弁しとくれよ? あんたに当てないように魔法を撃つのは大変なんだから」


 ジェダとギスカの間には、コンビネーションみたいなものが生まれたらしい。

 いいことだ。

 ラッキークラウンの戦力は、如実に上がっているということである。


「では、フリッカとイングリドが風呂に入っている間、詳しい話を聞かせてもらえないか」


 するとジェダがきょとんとした。


「お前、相方の女が風呂に入ると言っても顔色一つ変えんのだな。長生きした魔族は枯れるのか?」


「枯れちゃいないが、かなり自在にコントロールできるようになる」


「それはそれでつまらんな……」


「余計なお世話だ」


 俺たちの会話を、ギスカが半眼になって聞いている。


「あんたたちねえ。ここにレディがいるんだよ」


 これは失礼。

 今日も今日とて、家庭菜園に精を出す陛下を見ながら、王宮の食堂へ。

 コックは逃げ出しているので、自分たちで料理するしかない。


 そもそも、門番すら二人しかいないし、彼らは昼過ぎにやって来て夕方には帰ってしまうのだ。

 その他は、国王と城を掃除して回るおばちゃんしかいない。


 人の姿もなくなり、マールイ王国の機能もほとんど麻痺して、俺一人でも手が余るくらい仕事が少ない。

 キングバイ王国との交渉をしながら、ネレウス戦に合わせてお祭りで屋台を出す職人を呼び寄せるとか、道具や仕掛けを用意するとか、いろいろなことができてしまう。


 ギスカたちの報告は、ちょうどいい暇つぶしでもあった。


「あたいらが戦ったのは、赤い服の連中。あいつらは、魔王教団と名乗っていたね」


「魔王? 教団? 魔王と言えば……古き大戦で、俺やジェダのような魔族を率いた伝説の存在だったと思うが。まあ、俺たちが生まれる遥か昔に退治されてしまったからな。星辰の彼方より飛来した魔王は、己に恭順した人族を変容させ、魔族に変えたと言う……」


「ああ、知ってる知ってる。常識じゃないかい。ああ、人間のところでは端折った内容しか伝わってないんだっけ?」


「俺は知らんな」


「はあ? ジェダ、あんたそれはおかしくないかい? ああ、でもあんた魔族だものねえ」


 つまり、元を辿れば俺たち魔族も、人族だったということだ。

 魔王という存在によって彼が降り立った土地、魔界へと連れ去られ、そこで魔族になってこちらに帰ってきた。

 魔族となった者は、人であったころとは比べ物にならないほど強力な力を得て、さらには異形の姿に変わっていたという。


 それも、俺のように世代を重ねて混血すると、人間と変わらなくなってしまうからなあ。

 バルログとしての権能は残っているが、これは使うつもりもない。


「その太古の魔王を信仰している連中ということか? 人間が? まあ、そういうこともあるだろうが……」


「力が必要だ、大いなる力が~って言ってたよ。あれじゃないかい? 腐敗神の司祭に従った、まつろわぬ民と同類なんじゃないかね?」


「ああ、なるほど!」


 俺は手を打った。

 だから、陛下が見た赤い服の男は、人間に対する憎しみを抱いていたわけか。

 

「こいつが魔王教団の連中から奪った布と印だ」


 ジェダが無造作に、ポケットからそれを取り出した。


「この布は、血で染められてるね。悪趣味だ。臭くなるのに。ええと、それからこの印……シンボルは……タコか。伝承に謳われる魔王ターコワサの姿を象ったものだろうね。間違いなく、彼らは魔王を信仰することでその権能を得ようとしている」


「得られるもんなのかい?」


「得られるわけがないだろう。魔王は滅びたんだ。こりゃ、ただのおまじないだよ。何の力も感じない」


 なーんだ、と拍子抜けするギスカとジェダ。


 とりあえずは、敵の姿がはっきりしてきた。

 それだけでよしとしよう。


 脅威となるのは、魔族ネレウスただ一人と考えていいな、これは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る