第74話 マールイ王国再生計画
「この仕事が終わったら……と言ったが、俺にいい考えがある」
「オーギュスト、君は悪そうな笑みを浮かべているぞ」
イングリドに突っ込まれた。
知っている。
俺の思いつきは、効率的かつ、全ての目標を同時に達成するためのものだからだ。そしてそれには、マールイ王国にとっての強烈な痛みを伴う。
ガルフスは俺と陛下が仲良くお喋りしている姿にショックを受け、人事不省に陥ってリタイアした。
今頃、城下にある屋敷で寝込んでいることだろう。
ここ最近の不摂生も祟ったようだ。
これで邪魔者は消えた。
「陛下。マールイ王国を立ち直らせるのと、俺の抱えている仕事を同時進行でやっていきます。そのためには、王国には大きな負担をかけることになりますが、よろしいですか?」
「ああ。全てそなたが回してくれていた王国だ。それをそなたではない者たちがボロボロにした。今さら少しくらい傷んでも構わぬよ」
今日も家庭菜園をするキュータイ三世は、鷹揚に答えた。
俺が城にいる、ということが嬉しそうでもある。
以前のように、芸を見せろとせがまれることはなくなった。
今度は、俺がしてきた旅の話を食事の度にせがまれる。
これでは、早晩ネタが尽きてしまいそうだ。
「それで、オーギュスト。国を傷めるが再生できるという手段とは何かね?」
「はい。キングバイ王国への賠償金として、領土を売り払いましょう。他の貴族のものはできませんが、王国が所有する領地を可能な限りキングバイ王国へ差し出します」
「そうか。では任せる」
キュータイ三世が、微笑みすら交えて即答した。
驚いたのはイングリドである。
「えーっ! 国の領地を売るとは、どういうことだ。それでは、マールイ王国は再生できなくなってしまうのではないか?」
「もとより、マールイ王国は僅かな領地しか無い国だったのだよ。長年の戦乱で疲弊し、土地も人も失った国だった。それを、開拓し、貴族を任命し、領地を広げてきたのがこの国の百年だ。今、キングバイ王国が求める賠償金を支払うには、国の領地を売る以外に方法がない。だが、これさえ片付ければ裸一貫からスタートできるわけだ」
「な、なんと……。確かにそうだろうが、劇薬だ……」
呆然とするイングリド。
王女である彼女は、多少なりとも政治を知っている。
だからこそ、領地を手放すということのリスクをよく理解しているのだろう。
その土地に住む人間から得られる税が、国を成り立たせる。
領地が少ないということは、得られる税が減るということだ。
だが幸い、マールイ王国からは多くの人間が逃げ出し、税で維持しなければならないものは極めて少なくなった。
領地を手放すなら、今である。
何、再生ならいくらでもできる。
落ちていくところから再生することは難しいが、底辺まで転がり落ちてから這い上がるのは案外いけるのである。
経験者は語る。
俺は早速仕事を始めた。
キングバイ王国と連絡を取るため、使者を雇って早馬で走らせる。
その途中で、行く先々の村でとある触れを行わせた。
『マールイ王国は、魔族ネレウスの卑劣な行いに怒りを表明するものである。かの卑怯者は王都へ来い。マールイ王国は逃げも隠れもしない。お前とは違ってな』
というものである。
これは効く。
ネレウスは契約というものを重んじる魔族だ。
それが、契約を破った側から卑怯だの、逃げ隠れだと言われたらどうなるだろうか?
激怒するであろう。
ネレウスには悪いが、ついでに赤い服の男も誘い出すため、この手段を取らせてもらった。
さらに、いても立ってもいられぬフリッカは、ジェダとギスカをお供につけて、近隣の土地を回らせている。
そこでも、同じ触れを出してもらっているところだ。
どうやら面白いことが王都であるらしい、と人々が思えば、噂はたちまちのうちに広がっていくことであろう。
観光客だって詰めかける。
ここで、屋台を出し、料理などを振る舞って小銭を稼ぐ計画もしているのだ。
馬鹿にならない金額になるぞ。
「やはりオーギュスト、悪い顔をしている……」
「悪いことを考えているからね」
「外に出てから、オーギュストはいい顔をするようになった。余は今のオーギュストも好きだぞ」
陛下にいきなりそんなことを言われると、少々照れるな。
キュータイ三世は、笑いながら家庭菜園の仕事に戻っていった。
彼の作った野菜も、屋台には使わせてもらうことにしよう。
王が手ずから育てた野菜、と言う煽り文句は、なかなか効くぞ。
そして彼の姿も訪れた者たちの前に見せる。
彼の身は我々が守るし、ぶくぶくと太った怠惰な王という噂ばかり聞いていた人々に、この健康的に日焼けした王を見せるのが今から楽しみだ。
そう、これは全て、俺の楽しみのためにやっていることである。
俺は外の世界で冒険をするようになってから、仕事は楽しくていいのだと学んだ。
楽しい仕事はモチベーションが高まるから、結果も出やすい。
率先して楽しんでいる俺の姿を見せることで、ついてくる者もまた、仕事の楽しみ方を見つけるのだ。
全ては楽しんだ者勝ちである。
城にいた頃の俺は、それを忘れていた。
幸いというか何と言うか、マールイ王国にはろくな文官が残っておらず、基本的な雑務は全て俺がやる必要がある。
これを、近所でちょっと学のある男性やご婦人を積極的に雇い入れ、筆記の仕事などを与えることにした。
俺は積極的に、仕事を他の人間に振っていくぞ。
こうすることで、俺は雑務から徐々に解放され、その分の思考をマルチタスクで様々な業務を進めるために割くことができるようになる。
イングリドにはその補佐を頼むとしよう。
主に、ガットルテ王国とのパイプ役のようなものだが。
さて、忙しくなってきた。
だが、これは楽しい忙しさだ。
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