第62話 王都帰還と、マールイ王国の話

 仕事を終えて王都まで戻ってきた我らラッキークラウン。

 対策を熟知していたワイバーンが相手だったため、全ては滞りなく終わったと言えよう。


 我々が一人も欠けずに帰ってきても、もう冒険者たちは何も言わない。

 当たり前のような顔をしている。


 だが、イングリドはちょっと得意げなのだ。


「どうだお前たち。また今回も無事に戻ってきたぞ」


 彼女に言われて、ちょっとバツが悪そうな顔をする冒険者たちなのだった。


「いやあ、もうやめてくれよ」


「そうだそうだ。目の前でドラゴンゾンビをぶっ倒したあんたが死神だなんて、今さら誰も言わねえよ」


 この言葉を引き出し、イングリドは凄い笑顔で俺に振り返った。


「聞いたかオーギュスト! 私はもう完全に、間違いなく、死神なんかじゃなくなったぞ!」


「ああ、そうだな。良かった良かった……!」


 俺は拍手して彼女を称える。

 ちなみに、実力が足りない者がイングリドと組めば、やはり以前までの仲間たち同様に命を落とす可能性がある。


 イングリドの幸運と、そして実力。

 それについてこられなければ、幸運スキルが守ってくれる範囲からこぼれ落ちてしまうのだ。


 どうも、イングリドが参加する冒険は、全てに死の危険性が伴っている気がしないでもない。

 かつて彼女は死神だった。

 そのことを忘れず、冒険者諸氏は気軽にイングリドを冒険に誘うなど、してはいけないぞ。


 連続して仕事をしたので、しばらくはオフである。

 ワイバーン狩りでは、あまり資材を消耗しなかった。

 ギスカも安い鋼玉石という石を使ったくらいで、後は現地の岩などでやりくりできたのだ。


 報酬はほぼほぼ、我々の資産になったと言っていい。

 これを使って、しばしゴロゴロしよう。

 冒険者には休息が必要だ。


「おい道化師、マールイ王国が戦争に負けたらしいぜ」


「なんと!?」


 ゆったりしながら茶など飲んでいたら、事情通な冒険者から思わぬ情報がやって来た。


「それはまた、どういう……。ああ、キングバイ王国とやりあったんだね、彼らは」


「そうそう。その前に、なんか魔族が襲ってきて、船をあらかた沈められちまったらしくてさ。もう一方的だったとよ。降参して高え賠償金を払うことになったらしいんだけどさ」


 冒険者からすると、この辺の話はいい酒の肴なのだろう。

 割と当事者である俺は、気になって仕方がないな……。


「他に詳しいことを知っている冒険者は?」


「ああ、マールイ王国方面で仕事してたやつがいるからよ。呼んできてやるよ。おーい」


 冒険者が親切だ。

 金を払って奢った甲斐があったというものだ。


 すぐさま、情報は集まった。


・マールイ王国は、魔族ネレウスによって港を襲われた。どうやら契約不履行とかそういうことで、魔族の怒りを買ったらしい。


・ネレウスによって船をあらかた沈められたため、キングバイ王国に対してろくな抗戦ができなかった。だというのに、ボコボコにされるまで降参しなかったらしい。


・最後は騎士団長バリカスが、オルカ騎士団長キルステンにボッコボコにされて、騎士たちの心が折れ、降参した。


「驚いた。キルステン卿は強いんだな」


 感心するイングリド。


「俺とやりあっていた時は、彼も楽しんでいたんだよ。全力ではあったろうが、俺とバリカスでは勝手も違うだろうしね。まあ、彼は強いよ。バリカス程度では相手にもなるまい。実力差があり過ぎて、体格差が意味をなさないほどだ」


 キングバイ王国における最強の戦士は、なんと国王エイリーク六世である。

 キルステンはそのエイリーク六世と互角に戦える。

 つまり、キングバイ王国の切り札というわけだ。


 傍から見ると、キングバイ王国は一騎士団長を出して余裕を見せて勝ったように見えるだろう。

 だが、その実、最強の戦士を出したのだ。

 全力だったな。


「マールイ王国も災難さねえ。いや、身から出た錆だったね」


 かっかっか、と笑うギスカ。


「んで、道化師。あの国にゃ、賠償金を払えるような余裕なんてあるのかい?」


「あるわけがない。俺がどうにか資金繰りを回して国を維持していたのだ。今では借金まみれだろうさ。王都のインフラだって維持できてるかどうか分からない」


「ありゃあー。とんだアホな国さね。あたいの実家と比べると、何もかも違うねえ。ドワーフってのは質実剛健でねえ……」


「ああ、知っている。まあ、国に付き合わされる国民も災難だな。だが……」


 俺に石を投げて追い出した国民を思い出す。


「多少は痛い目を見るべきだな。今日はマールイ王国の災難を酒の肴に、ゆったりするとしよう」


「いい性格だねえ道化師」


「オーギュストをひどいめに合わせた国に、民なのだろう? 君が助けに行く謂れはないからな。そうだなあ……。ガルフス殿が直々に謝りに来なければいかんな」


「彼は謝らないだろうねえ」


「ああ、プライドが高いからな。彼は謝らないだろうな」


 マールイ王国大臣ガルフスをよく知る俺とイングリドは、顔を見合わせて笑った。

 さてさて、彼がどんな采配で国を動かしていくのか、楽しみに見守るとしよう……。


 そう思っていた矢先である。


「なんやて!? ネレウスがいるんか!?」


 甲高い怒声が響いた。

 それが誰ものかなんてすぐに分かる。


 フリッカが、怒髪天を衝くといった様子で冒険者を睨んでいる。


「お、おう。ネレウスとか言う名前の魔族がな。約束した報酬をもらえなかったからって、船を全部沈めちまってな」


「あの魔族野郎……!! こんなところにおったんか……!!」


 尋常ではない怒り方である。


「それで! ネレウスはどこに行ったんや!? おい!」


「し、知らねえよ! 暴れるだけ暴れたら、どこかに去ってったって言うし」


「うぎいーっ! また、見失ったっ!!」


 地団駄を踏むフリッカ。

 これを、ジェダがニヤニヤしながら見ている。


「おいジェダ。フリッカの目的というのは」


「その通りだ」


 ジェダは笑みを浮かべたままで頷いた。


「魔族ネレウスによって、あいつの故郷は滅ぼされてるのさ」

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