第60話 対決・サクッと片付け・ワイバーンリーダー
起き上がる前に、ワイバーンを仕留めていく。
硬い鱗に覆われているとは言っても、それは背中や腹皮の一部だけのこと。
ワイバーンの弱点……竜種であれば存在する、逆鱗という部位は変わらない。
ここは、下手に刺激すると対象の凶暴化を招いてしまうが、的確に処理すれば最小のダメージで竜種を無力化できるポイントなのである。
場所は、背面首筋の付け根。
ここに、竜の血液が集まる第二の心臓部がある。
逆鱗部より、竜は翼や尻尾へ血液を送っているのだ。あるいは、ブレスを作るためのエネルギー循環も行われている。
通常の心臓が生命活動のための基盤とするならば、逆鱗は竜を竜たらしめるための基盤である。
「ここだイングリド! ここを攻撃! こう! こう!」
「仕事が早いなオーギュスト! そんなに焦らなくても……。ああ、早く仕事を終わらせたいのか。観客が絡まないと、君は省力化と効率化がすごくなるな……」
しみじみ言いながらも、俺が教えた通り、的確に逆鱗を突くイングリドである。
ワイバーンは賢い生き物で、狩りやすいと思った獲物は狩り尽くすまで止まらない。
そして、獲物がいなくなると集団でまた旅立っていくのだが、かつて巣を作っていた場所を覚えているのだ。
そのため、人間と利害が衝突した時には、ワイバーンは可能な限り全滅させる必要がある。
大変面倒なモンスターなのだ。
だがしかし!
以前の俺たちならばまだしも、今は5人いるのだ。
さらに、ワイバーンが血を流すたびに、これを触媒としてフリッカがレッドキャップを召喚する。
夜目が利かず、身動きの鈍いワイバーンなど、流血の妖精レッドキャップにとっては的同然。
無論、昼間であればレッドキャップが一方的に狩られるだろう。
シチュエーションによって、戦力というものは大きく変化するのだ。
ジェダはリンクスの姿のまま大暴れする。
噛みつき、引っ掻き、引き裂き、砕く。
おっと、勢い余ってこちらまで飛び込んできた。
「グルオオオオオッ!!」
「落ち着きたまえジェダ。いや、それができないからフリッカがいるのか。おっと」
リンクスの飛び込みをひらりと回避して、お尻をペチンと叩いてやる。
「ギャオッ!」
慌ててこちらに向き直るジェダ。
そして、少し冷静になったらしい。
「おっと、お前か。すまんすまん。頭に血がのぼると、敵と味方の見境がつかなくてな」
「俺だからいいが、イングリドならやられているぞ」
「気をつけるとする」
かくしてお互い、仕事に戻るのである。
ワイバーンを倒していると、とうとう群れのリーダーがやって来た。
ワイバーンリーダーという名のこれは、群れを統率するエリートである。
体は一回り大きく、赤だったり緑だったりする鱗も、より鮮やかな色をしている。
先祖返りを起こし、ドラゴンに近づいた個体だと言っていい。
中には、ブレスを吐くものまでいると言う。
「だが! 我々はドラゴンゾンビを倒したパーティなのだ!」
「そうやそうや!」
「故に、ワイバーンリーダーなど敵ではない!」
「そうやそうや!」
「なぜあの時戦いに加わっていなかったフリッカが……?」
イングリドが首を傾げた。
「ノリや!」
堂々と宣言するフリッカの横で、何体ものレッドキャップが、ウギィウギィ同意している。
野良であれば、恐ろしいモンスターであるレッドキャップ。
妖精魔法で呼び出せばここまで意思疎通ができるモンスターなのか。
「遊んでる暇は無いよー! なんだいこいつ、ブレス吐くじゃないかい!!」
ギスカの金切り声が聞こえてくる。
いかんいかん、後衛を放ってはいけない。
ブレスを必死に、魔法で作った土の壁で凌ぐギスカ。
俺は駆け寄りざま、ワイバーンリーダーにダガーを投擲した。
連続で投げる。
一発目で鱗を浮かせ、二発目で引き剥がし、三発目で突き刺す。
『ギャアアアアアッ!!』
よし、通じた。
ワイバーンリーダーは、こちらに標的を変えた。
同族の死体を乗り越えて、怒りに満ちた目をこちらに向ける。
「よしよし、こっちだこっち。諸君、俺がこれを引きつける。周囲から一斉に攻撃だ! ドラゴンゾンビ戦とは違う! 大体で当たりをつければそれでいける相手だぞ!!」
「手を抜けという指示は初めてされたな……!? だが、手は抜かない! はあーっ!!」
「面白い男だ! 行くぞ!」
「ほいほい! いけ、レッドキャップ!」
「鋼玉石よ、力をお貸し!! アースニードルっ!!」
ほう、ギスカの詠唱は、慣れてくると短縮できるようになるのだな。
使用回数によるのだろう。
俺は俺で、ワイバーンリーダーのブレスを促し、難燃性のマントをかざしてこれを防いでいる。
芸の類には、炎を使うことも多い。
難燃性マントは実に使いでがあるのだ。
なお、ドラゴンのブレスには焼け石に水だが、ワイバーンリーダーのブレスまでなら、短時間防ぎ切ることができる。
おうおう、難燃性が燃え始めた。
「諸君、早く早く!」
「任せろ! これで決まりだ!」
魔剣が、魔槍が、ワイバーンリーダーの頭を背後から打ち据える。
リンクスが翼を切り裂き、レッドキャップが群がってワイバーンに攻撃をする。
鉱石魔法が、ワイバーンリーダーの傷に突き刺さった。
モンスターは叫びながら、体勢を崩した。
そのまま、俺に向かってブレスを吐こうとする……ところで。
「逆鱗ががら空きだぞ、ワイバーンくん」
俺はダガーを数本、上空へと投擲している。
それが落下し、逆鱗へと降り注いだ。
一撃目で鱗を持ち上げ、二発目で剥がし、最後の三つ目が逆鱗の跡に突き刺さった。
逆鱗部は、翼の他に、ブレスを制御する器官でもある。
これによって、ワイバーンリーダーのブレスは形を成す前に暴走した。
口から、目から、傷口から、ブレスが溢れ出す。
もう、このモンスターには己の魔力をコントロールできないのだ。
自らの炎で、焼かれていくワイバーンリーダー。
夜闇の中で、この炎は実に映えた。
そして炎が消え行く頃、ゆっくりと夜明けがやってくるのだった。
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