第38話 護衛の終わり

 助け出した村人たちに、それとなく聞き込みなどしてみる。

 果たして彼らが、ガットルテ王国への憎悪を抱いているのかどうか、だ。


 復讐者という生き物は、次の世代に憎しみを残そうとする。

 過去に遺恨があっても、今生きている世代は与えられた環境で精一杯に暮らしているのだ。

 そこに、先代の恨みつらみなどを継承されても迷惑なのではないだろうか?


「ううーん……。いきなり、派手な格好の男がやって来て、祖先の恨みを晴らしたくはないか、とか……。知るかよバカヤロウって答えたら、急に気が遠くなって……」


「すると、君たちは過去の歴史によるわだかまりを感じてはいない?」


「まあ昔の話を聞くとムカついたりはするけどよ。なんだかんだでキャラバンが巡ってきて、都会の商品を届けてくれるじゃねえの。ガットルテ王国の税金は、よそと比べてもそんなに高くねえらしいしさ。悪くないんじゃねえの?」


 村人の一人の話は、こうだ。

 この村の人々は、過去の憎しみに囚われてはいない。


 ジョノーキン村は憎しみを継承していた。

 それが二つの村がたどる運命に、差をもたらした。


 心配なのは、王都で保護されているジョノーキン村の子どもたちだな。

 彼らが、村の有していた過去からの憎しみを学んでいければいいのだが。


 活動を再開した村人たちが、宿や市の手配をしてくれる。

 俺たち三人で、食堂にて反省会をすることになった。


「村人は過去に囚われてはいなかった。まずは一安心だね」


 俺の言葉を聞いて、ギスカがふん、と鼻を鳴らした。


「それはあんた、魔族の考え方だからだよ。一体一体が強力で長寿な魔族は、過去を引きずる必要なんかない、自己完結した種族だろう? あたいらドワーフは違う。ドワーフはね、それぞれの鉱山ごとに一つの生き物なのさ。だから、一度受けた恨みは忘れないし、刻まれる。ま、たまーにあたいみたいな、はみ出し者が飛び出してくるけどね」


「そうだったのか……! いやはや、違うものだな……」


「うーん。私たち人間も近いかも知れないな。だから、ジョノーキン村はされたことをずっと伝えていて、憎しみを忘れていなかったのだと思う。この村は憎むよりも、共生したほうがずっと利益が大きいから、恨むのをやめたのではないかと思うな」


「そんなものか。ふーむ、それでは、ガットルテ王国はまだまだ火種を抱えているということかな」


「それは無いと思う」


 けろりとしてイングリドが答えた。

 彼女は注文していた、村名物のぶどう酒を飲むと、ちょっと眉尻を下げた。

 美味しいらしい。


「言い伝えは、伝わるごとに熱を失うんだ。だからジョノーキン村みたいなのが例外だと思うよ。私だって、かつてガットルテとマールイ王国が敵対していた頃の話は知っていても、恨んでなんていないし。ああおいしい……」


「イングリドがぶどう酒でとろけていくな」


「この子はお酒が好きだねえ……。ぶどう酒なんてジュースみたいなもんだろ? おーい、あたいにはブランデーをおくれ!」


 さすがドワーフ、運ばれてきた蒸留酒を、ぶどう酒のような勢いでぐいぐい飲む。

 俺は酒はつまみと一緒にバランス良く楽しむ趣味だ。


 酒ばかり飲んで、イングリドがうとうとし始めてしまったので、彼女を置いておいてギスカと話をした。


「で、結局あたいはね、あんたたちについてくことにした」


「それはありがたい! 朝は気乗りしない様子だったが、どういう風の吹き回しかな?」


「面白そうだからだよ。あとは、あんた、あれで本気出してないんだろ? 道化師が本気でやったところを一回見てみたいのさ」


「なるほど。観客がいる時の俺は強いぞ」


「そう、それ。見ないで別れたんじゃ、気になりすぎて死んじまうよ!」


 ギスカがけらけらと笑った。


「そう言ってもらえると道化師冥利に尽きるってものだ。必ずや、笑える舞台を見せると約束しよう」


「楽しみにしてるよ。今日のあの司祭ったら、面白くないくせに自己陶酔がねえ」


「ああ、俺もあいつだけは許せない。芸人の心を汚す男だ」


 怒りの炎を燃やす俺なのだ。

 腐敗神の司祭が、ガットルテ王国への憎しみを抱く民を抱き込むのは、利用しやすいからだろう。


 直接対話してみて分かったが、あの連中は愉快犯だ。

 そもそも、腐敗神に対して敬意を抱いてすらいない。

 簡易に得られる力の供給源としか思っていないだろう。


 こういうパターンがきっと多いから、腐敗神は邪神として扱われているのだ。

 あの神はひょっとして、信者が少ないため、ホイホイと望むものに加護を与えているのではないだろうか。

 そういうのは困るんだよな。


 そのうち、直接腐敗神に苦情を申し立てねばなるまい。


 何事もなく、その後の日々は過ぎていった。

 俺たち三人に、真正面からボコボコにされた腐敗神の司祭。

 復讐の機会を伺っているのかも知れないが、短絡的に襲ってくるような性格では無いらしい。


 小規模なモンスターによる襲撃をくぐり抜けた後、久方ぶりの王都へ。

 都会の匂いが懐かしい。


 拘束日数から考えれば、やや安めの報酬を手にした後、俺たちはギルドにてパーティ編成の申請を行った。


 新たな仲間の登場に、ギルド受付嬢と冒険者たちが沸き立つ。

 なんと物好きな輩がいるものだ、だと。


「それで、三名以上になりますと正式な冒険者パーティとして登録されますが」


 受付嬢が記録をしながら、上目遣いで告げてきた。


「パーティ名を教えて下さい」


「パーティ名か!」


「パーティ名……」


「さてさて。あたいはネーミングセンスが無いからね。任せたよ、道化師」


「私には任せてくれないのか?」


「イングリドにそういうセンスがあるような気はしないんだよね」


「失敬な。確かに苦手だけど」


 ということで、仲間二人から期待の視線を送られて、我ら三人パーティの名前をつけることになった。


「一つ、いい名前があるんだ。ラッキークラウンでどうかな?」


「幸運な道化師? いいんじゃないか? 君らしい」


「あたいも賛成。二人に掛かってていい名前じゃないか」


 ギスカが笑うと、イングリドが首を傾げるのだった。


「私は道化師じゃないと思うんだが……」


 彼女がパーティ名の前半を担っているのだと自覚するまで、もうしばらく掛かりそうだ。

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