第17話 デビルプラント

 村人たちからの情報は、実に有用だった。


「一ヶ月前? 見慣れない旅の商人がね? そう、たった一人で旅をしてたの。一人旅なんて危険でしょ? それも商人の人が」


「植物の種を売ってたんだよ。だけどうちはご覧の通りの農村だろ? そこに植物の種を売るって、ねえ。試しで一つあげるから、と言われたけど断ったよ」


 一ヶ月前に怪しい来訪者がいたというのだ。

 これは当たりで間違いない。


 その怪しい商人とやらは、村人たちに植物の種を売りつけようとしていたようだ。

 しかし、誰もそれを買っていないという。

 何なら、ただで一粒あげるという話も断ったと。


 作物を作るためには、雑草は敵だ。

 わけのわからない植物など、雑草そのものでしかないだろう。


「その商人の外見は覚えているかい?」


 村人たちに尋ねると、同じような返答が返ってきた。


「青や紫色に染めた布を纏っていたね」


「顔はフードを被っててよく分からなかったけれど、珍しい色の布を身に着けていたからよく覚えてるよ」


 これを聞いて、イングリドが首を傾げた。


「随分目立つ格好の商人だな……。何をしに来たんだろう……。農村に種なんか、売れないに決まっているじゃないか」


「そうだね。それはその商人も分かっていたんじゃないかな」


「どういうことだ? あ、もしや君、また推理をするのか?」


「ああ、推理を始めるとしよう。……とは言っても簡単なものだ。それにこれは……村人たちの前でやるのは、少々問題がある」


「そうなのか?」


 イングリドがきょとんとした。

 だが、彼女は素直である。

 俺とともに、あぜ道を歩きながら推理を聞くことにしたようだ。


「派手な格好で、無料で種をくれるという。これは、誰に向けられた言葉だと思う?」


「誰にって……。農夫はそんなもので、怪しい種は受け取らないだろう。だが、派手な格好はみんな覚えていたな」


「ああ、そうだ。そして、派手な姿はある年齢層の村人にアピールする効果もあったんじゃないかな? なあ、君、そうだろう?」


 俺が畑の方に声を掛けると、枯れた麦畑がガサガサっと鳴った。


「誰だ!」


 イングリドが誰何の声をあげる。


「ご、ごめんなさーい!!」


 すると、村の子どもたちが飛び出してきた。


「おれたち、悪いことする気なんかなかったんです!」


「き、気がついたら大変なことになってて……」


 彼らは皆、一様に青ざめていた。

 泣いている子までいる。


「どういうことだ、オーギュスト? 君の推理はまだ聞かされていないんだが」


「これがその答えだよ、イングリド。派手な姿の商人は、当然、子どもたちの目にも留まる。むしろ、子どもだからこそ、目立つ姿の来訪者は気になるだろう? そして彼は、無料で種を配ると言った。子どもはお金を持っていないだろ?」


「あ、ああ!」


 イングリドが手を打つ。


「その商人は、子どもに種をあげたのか!!」


「そういうこと。そして、その種が、畑を枯らす原因となったと俺は推測している。むしろそれしか無いんじゃないかな? だが、こんな推理を村の中でしてみたまえ。いらぬ悲劇が生まれる」


「なるほど……」


 イングリドは、子どもたちの顔を見渡して納得した。


「そこまで考え、読んでいたということか! 恐ろしい頭の回転だな、君は……」


「俺もこんなに上手くいくと思わなかったけどね。俺の策が当たるのは、イングリドの幸運スキルの助けもあると思うよ」


「そ、そうか?」


「イングリドはもっと自信を持っていいと思うがね」


「そうかなあ……?」


 いや、本当に自信持って。

 こうして、事件の真相を知る子どもたちを村から離すことに成功した。

 彼らの話を詳しく聞いてみることにする。


「もらった種は、畑に植えなかったよ! 鉢に植えて、倉庫にかくしてた」


「おれも!」


「わたしも!」


「なるほど、誰も植えていないということだね」


 子どもたちが頷く。

 未だに、植物は畑に植えられてはいない。

 ならばどうしてこのような事態になっているのか?


「ちなみに、植物は鉢ごと地べたに置いたまま動かしていない?」


「うん!」


「じゃあ、今から動かしに行こう」


 子どもたちを伴い、イングリドとともに倉庫の一つへ向かう。

 倉庫とは言っても、床は板が一枚。

 その下は地面だ。


 家畜のための干し草の間に、その植物は置かれていた。

 鉢の中で、小さな芽が吹いている……ように見える。


「イングリド、武器を構えてくれ」


「武器を?」


「みんなはいつでも逃げられるようにしていて」


 子どもたちがきょとんとする。

 鉢を持ち上げようとするだけなのに、どうしてそんなに警戒するのかと言いたいのだろう。


 それはこういう理由だ。

 俺が鉢に手を掛けると、そこから甲高い声が聞こえた。


『幻よ! 幻よ! 我が望む幻をこの者に見せ……!』


「幻をこの者に見せること叶わず!」


 俺は即座に甲高い声の真似をして、詠唱の先に割り込んだ。

 かくして、使われようとしていた幻術の魔法は失敗。


 鉢植えの下に潜んでいた本体があらわとなる。


 引き抜かれたのは、鉢を貫いて地面まで伸びた長い長い根。

 根が集まる部分に、顔があった。


『ア……アアアアアアアア―――――!!』


 叫びだした顔の口に、ハンカチを詰め込む俺。

 これは、死の叫びと言って、聞いたものの生命力を蝕む魔法的効果がある。

 だが、叫んでいる時間は限られているので、その間口を塞げば叫びが漏れることはない。


「イングリド!」


「ああ!! せいっ!!」


 植物の顔面目掛けて、イングリドが魔槍を繰り出した。

 槍は突き刺さり、植物の背後まで抜ける。

 穂先に、蠢く昆虫のようなものがついていた。


 ここで子どもたちが我に返り、一斉に悲鳴をあげる。


「な、なんだこれは! オーギュスト、これは一体なんなんだ!」


「デビルプラントと呼ばれる植物のモンスターさ。マンドラゴラの近縁種だが、もっとたちが悪い。何せこいつらは、腐敗神プレーガイオスの眷属だからね」


 貫かれていた昆虫のような物を、指で摘み取る。

 それを、ぶちっと千切ると、小さな断末魔を上げて動かなくなった。


「つまりこの辺りの倉庫一帯に、邪神の神官がばらまいた悪魔のような植物が大勢いるってわけさ! こいつらが畑の養分を吸い尽くしていたんだ! さあ、奴らは一斉に牙を剥くぞ! 仕事開始だ!」

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