第15話 積み上げるゴールド
ガットルテ王国、マールイ王国、双方の小競り合いは発生せず。
マールイ王国騎士団団長バリカスが、どこの馬の骨とも分からぬ冒険者と喧嘩して失神した。
……ということで、事態は解決した。
二国間の争いなどが発生したら一大事だ。
俺が稼ぐどころではなくなってしまう。
それに、マールイ王国の平和をこれまで維持してき身として、あの国が阿呆どもの舵取りで戦争などに突っ走ってしまうのは見ていられない。
今回は、バリカスの名と騎士団内での尊厳が急降下するだけで済んだのだ。
マールイ王国の連中よ、俺に感謝してもらいたい。
そのようなことを考えつつ、俺は二日間の仕事で稼いだゴールドを積み上げていた。
ジョノーキン村の事件が40ゴールド。
山分けして20ゴールド。
騎士団喧嘩仲裁が、なんと50ゴールド。
山分けして25ゴールド。
合わせて45ゴールド!
45枚の金貨がタワーを作り、俺の目の前で揺れていた。
笑みがこぼれてくる。
「オーギュスト! 騎士団の件は私は何もしていないぞ」
「ああ、君は能動的には何もしていない」
不満げな顔のイングリド。
このお人好しはあろうことか、報酬の分け前を減らしてくれと俺に言ってきたのだ。
「だが、君があの場にいたことで、間違いなく幸運スキルによる恩恵はあった。誰一人死ぬことも、大怪我をすることもなく、バリカスの面子が地に落ちるだけで丸く収まったんだ。ここに君の幸運が関与していないとは言い切れまい」
「そういうものだろうか……?」
「それに、俺と君は二人で一つのパーティだ。報酬は山分けがゴールデンルールさ」
「金貨だけに?」
「上手い!」
俺は大笑いした。
話を聞いていた周囲の冒険者も、ゲラゲラ笑っている。
「しかしオーギュスト! あんた、羽振りがいいなあ! 立て続けにでかい仕事を二つ片付けて、金貨を積み重ねてるなんざ……」
冒険者の一人が、羨ましそうに俺の前の金貨タワーを見る。
「そりゃあそうさ。こちらは死神と呼ばれるイングリドと旅をして、彼女の汚名を晴らそうとしてるんだ。リスクを負ってるんだから、その分の実入りは大きくなくちゃな。どうだい? そろそろ、彼女を死神と呼ぶのはやめてみたら」
「そう言うわけにはいかねえ」
別の冒険者が、難しい顔で肩をすくめた。
「まだ俺らは、怖くってその女とはパーティを組めないからな。偶然ってこともあるかも知れねえ」
なかなか頑固な連中だ。
基本的に寄る辺のない冒険者は、運やジンクスを頼みにする傾向がある。
常に、己の命をチップにして、冒険というギャンブルを行っているのだ。そこに、ちょっとでも不安の種や不幸なジンクスは紛れこまない方がいいだろう。
「ということは……もっと危なそうな仕事をせねばならないな。普通なら死にそうな依頼をして、そしてイングリドとともに生き残るべきかな」
「おい、オーギュスト! どうしてそこまでして私に入れ込む!? 君がそこまでする理由は無いだろう!」
「何を言うんだ。俺は君の汚名を返上することに、全BETしたんだ。これは、自分との賭けだ。賭けからは逃げない主義でね。ああ、これ」
金貨タワーの中程を、指先でピンと弾いた。
一枚の金貨が飛び、イングリドはそれを思わず受け止めた。
「借りていたぶんの支払いは、これでお釣りが来ると思う」
俺の目の前で、金貨の上半分が飛び上がり、すぐにテーブル上に着地した。
金貨タワーは一枚無くなって元通り。
「うおおおーっ!! なんだ今の芸!」
「なんで金貨が崩れねえんだ……」
「あわよくば落っこちたのをもらおうと思ったのによ」
沸く冒険者たち。
俺は肩をすくめてみせた。
「バランススキル、ジャグリングスキル、諸々を組み合わせてるんだ。地味だがなかなか難しくてね。なお……キュータイ陛下には受けなかったな」
「地味だものな。……分かった、オーギュスト。私も……君の気持ちを受け止めよう! 私たちは運命共同体。生きる時も死ぬ時も一緒だ!!」
「あ、いや、そんな重い感じの決意をされると」
いかん、思いつめてしまったぞ。
なんとも真っ直ぐな女性だ。
「ともかく! 死神ではなくなった君が独り立ちした時、俺の賭けは勝利で終わる。次の仕事を探そうじゃないか。例えばどうだろう、大型のモンスターを華々しく倒すとか……」
金貨タワーを一掴みにして、頭上に放り投げる。
落下地点には、あらかじめ革袋の口を広げて置いていある。
全てが狙い過たず、袋の中に収まる。
「あー、大型モンスターだけどよ」
冒険者の一人が、何やら言いづらそうに口をモゴモゴさせた。
「なんだい?」
俺は掲示板の依頼用紙をチェックしていく。
『ワイバーン討伐 必要人数:4名以上』
『キマイラ討伐 必要人数:5名以上』
『ヒルジャイアント討伐 必要人数:4名以上』
「あ……あれぇ……?」
「大体こういう依頼は、人数制限がな?」
「ぬぬぬぬぬっ」
俺は呻いた。
あらゆる依頼が、人数制限で俺とイングリドを弾いてくる!
俺は冒険者たちに振り返る。
「誰か! 誰か二人ほど、俺たちと一緒に冒険しないか? 最高に笑えるごきげんな冒険が待ち受けているぞ!!」
こちらを見ていた冒険者が、一斉に目をそらした。
こ……こいつら。
つまりこれは、イングリドの死神返上まで、華々しい依頼は受けられないということか。
「だが、しかし……ぬおおおお! 華々しい依頼を成功させれば、イングリドの名声を高められるというのに……! 二人で受けられる依頼は、薬草採取とかお使いとか……! あああっ、護衛も受けられないのか!!」
苦悩する俺。
隣に、イングリドが進み出てきた。
「やれやれ、仕方がないな君は。私が選ぼう。えーと……これでどうだ?」
一枚の依頼書を、彼女が剥ぎ取った。
おや?
そんなところに依頼書があったかな……?
「依頼書が重なっていたんだ。ええと、どれどれ……?」
『食料採集手伝い:村の作物が疫病で枯れてしまいました。山野の作物を集めるため、手を貸して下さい。報酬:5ゴールド』
「ぬう……」
俺は震えた。
安い……。
地味……。
い、いや待て!!
幸運スキルを持っている、イングリドが選んだ依頼だ。
絶対に、絶対に裏がある。
実は山に埋蔵金があるとか、山賊が襲ってくるところを華々しく退治できるとか。
「よし、これで行こうじゃないか」
「うん。私もこれを引き受けようと思う! 人の役に立てるものな!」
屈託のないイングリドの笑顔に、裏心ありありの俺は胸が痛くなるのであった。
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