第13話 対決、騎士団長
ガットルテ騎士団からの依頼は、すぐさまギルドに受諾された。
そして俺たちが仕事として引き受けることになる。
「やれやれ。中間を通すと、実に面倒くさい……」
騎士ダガンがため息をついた。
「気持ちは分かるがね。こういう中間組織が無ければ、俺たちのような冒険者はやっていけないのさ。何せ、雇い主との直接取り引きだと、俺たちの身を守る手段がない。契約が口約束であれば、そいつを反故にされたって、世間はきちんとした身元がある依頼人につくだろう?」
「お前は口が回るなあ……! まあ、確かにそうだな。冒険者ギルドが、冒険者の身元を保証して、冒険者の報酬も保証する。だから中間マージンを持ってくわけだもんな」
中間業者というものは、必要があって存在しているものなのだ。
人と人の間を取り持ってきた俺としては、この役割の大切さを訴えていきたいところである。
「それで、ダガン卿。どこに行こうというのだ」
「うむ」
イングリドの問いかけに、ダガンは頷いた。
「マールイ王国との国境線だ。そこで、釈明を受けることになっている。あの騎士団長が大人しく頭を下げるとも思えんし、我々の団長の怪我はまだ治っていない。実際のところ、我が騎士団の血気盛んな団員は、落とし前をつけてやると燃え上がっているのだ」
「それはまずい。戦争になる」
「うむ……。国を守る騎士たる我々が、戦争の火種になってはいかん」
そうそう、こういう責任感こそが騎士には大事なのだ。
騎士には二種類おり、国に直接雇われた上級兵士としての騎士と、一代限りの貴族として爵位を授けられる騎士爵がある。
ダガンは前者だ。
騎士とは、兵士よりも高度な戦闘訓練を受けており、有事の際に国の守り、その要となる存在。
それが戦争を引き起こすなど、冗談にもならない。
つまり、今回のいざこざの原因になっているマールイ王国の騎士団長は、お話にならない男だと言えよう。
俺とイングリドは、ダガンに連れられて国境線へ向かう。
ほんの数日前に通った道だな。
まさか、全く違う立場になってこの道をすぐに通ることになるとは。
ちなみに現在、馬の上。
いやあ、よく調教されたいい馬だ。
ぱかぽこと快適に走らせる。
「オーギュスト、君は乗馬もかなりのものだな」
堂に入った様子で馬を走らせているイングリドが、そんなことを言う。
「君こそ大したものじゃないか。まるでどこかのお貴族様だ」
「やめてくれ。しかし、道化師というのは馬にも乗れないといけないのだな……」
「何でも経験してこそ、芸には深みが増すものだからね」
当然乗馬スキルもあるし、派生スキルの曲乗りも持っている。
まだまだ色々持っているが、それは必要な時にお見せするとしよう。
さて、国境線が見えてきた。
「馬に乗っていると、速いな。実に速い。マールイ王国、近すぎだろう」
「うむ。だからこそ、危険なのだ」
ダガンがしかめ面をしている。
気持ちは分かる。
近い隣国の騎士が、とんでもない狼藉者だったら、困るなんてものではない。
そしてその狼藉者が、既に待ち構えているぞ。
「遅かったなあ、ガッテルト王国の騎士!!」
聞き覚えのあるどら声が響き渡る。
そこには、戦用の甲冑を身に纏った、見上げるほどの背丈の巨漢がいた。
マールイ王国騎士団長、その名はバリカス。
戦闘能力ならば、間違いなく騎士団でもトップクラスだろう。
だが、知性、品性、性格、その全てが騎士団長という地位には相応しくない。
何より、彼は戦争をしたがっている男だ。
俺が彼を抑えるために、どれだけ苦労してきたことか。
「時間通りのはずだ! 遅くはない!」
ダガンが怒鳴り返す。
既に、ガッテルト王国騎士団は、怒りに燃えている。
対するマールイ王国騎士団は、ニヤニヤ笑いながら応じているではないか。
一触即発。
これはいけない。
二つの騎士団がにらみ合う。
「謝罪の言葉を考えてきたか!」
「なんだあ、それは?」
ダガンに対して、バリカスがふざけた答えを返す。
「貴様……このままでは戦争になるぞ!! いいのか!」
「構わんさ! この俺様の実力があれば、お前ら雑魚騎士団など敵ではないからな! 勝てると分かっている戦争ならば、吹っかけても問題あるまい!!」
「貴様ーっ!!」
このやり取りを見て、イングリドが唖然とした。
「あの身の丈ばかり大きなチンピラみたいな男が、マールイ王国の騎士団長なのか?」
彼女の声は、朗々としていてとてもよく聞こえる。
マールイ、ガットルテ、両騎士団の言い争いの中、この正直な物言いは誰の耳にも届いたことだろう。
「いかにも。彼我の戦力差も分からぬ、大男、知恵が総身に回りかね……を体現した彼こそが、マールイ王国騎士団長バリカス!」
「な、ん、だ、と!?」
バリカスの目が、こちらを睨みつける。
「なんだ、その女は! それと、お前は! お前……おま……お前は……」
バリカスの口がパクパクする。
彼の目が丸く見開かれた。
「な……なぜお前がそこにいる、オーギュスト!!」
「なぜと言われても……王宮をクビになりましたもので。わたくしはこうして、ガットルテ王国にて再就職を果たしました」
俺はわざと、道化師らしい、大仰な身振りの礼をしてみせた。
「な、な、な! う、裏切り者ーっ!! 敵国につくとは、裏切り者め!」
「はて。クビになりました道化師が、どこに再就職しようがわたくしの勝手では……? それとも、バリカス閣下はわたくしの再就職先を斡旋しようとでも思っていらっしゃったので?」
「そ、そんなわけあるかーっ!! お、俺がどうしてそんなことを」
「ならば裏切り者などと発せられるはずがございませんなあ。わたくしは自由、バリカス閣下も自由。そしてわたくしはマールイ王国から離れ、ガットルテ王国の世話になっている身。そんな我が寄る辺たる国を愚弄されるのは気分がよろしいものではございません。ここは国家間の道義上、ごめんなさいするものですよ閣下? 閣下が新人で、訓練所で腕力任せに暴れていた時、わたくしめが閣下を叩きのめしてお教えしたはずですが?」
「な、な、な、な」
「本当に……」
「口がよく回るなあ、君は」
ダガンとイングリドが、呆れ半分、笑い半分で呟いた。
ドッと笑い出す、ガットルテ騎士団。
そして、これがバリカスを激怒させたようだ。
「ゆ、ゆ、ゆ、許さんぞ貴様ーっ!! この俺様をバカにしやがって! お前、あれだ! あれだろ! 俺を、バカだとおもってるだろうー!! この野郎、殺す! 殺してやるぞおーっ!!」
「閣下、落ち着いて下さい。わたくしは、過去の思い出話をしたまでですよ。それとも何か」
俺はスタスタと前に出る。
「久方ぶりに、試合をしてみましょうか? わたくしめが訓練所を管理していた頃には、閣下は一度もわたくしに勝てなかったようですが……さて、今はどうでしょう」
「コ、ロ、ス」
バリカスが剣を抜いた。
「おい、君、どうして君がやるんだ」
ダガンの問いに、俺は肩をすくめた。
「それはもう。彼を相手に、騎士団が手を汚したら、それこそ戦争になるでしょう。どこの馬の骨とも知らぬ、誰かも分からぬような冒険者が無礼な騎士団長を叩きのめしたのなら……どこにも角は立ちますまい」
俺はくるりと振り返り、ガットルテ騎士団へ一礼した。
「さぁてお立ち会い。これよりこの道化師オーギュストめが、道化の剣技にてかの乱暴者を鎮めて見せましょう! 上手く行ったら、どうぞ万雷の拍手喝采を!」
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