第32話 のじゃロリの夢 その1

ラニャはまごうことなき賢者だ。

つまり高位の魔術師である。


高位の魔術師にとって寝ているときの『夢』というのはただの生理現象ではない。


現在から未来につながる何かの前兆である。


ある意味予知に近い。


はっきりとした夢なら

それはきっと起こりうる未来の話なのだ。





ーー………ーー




「……んっ、ん~?」

ラニャは目覚める。


いつもの我が家のベッド。

いつもの我が家。


隣にはサロとルーが。


いない。


「んー?サロー?ルー?」

記憶が正しければ今日はオフ。

3人でゆっくり過ごす予定だ。

2人は先に起きているのだろうか?


「んー?お母さん?」

「えっ……」


隣で目覚めたのは人狼でもサキュバスでもない。


「おはよ~お母さん。」

赤毛で前歯が抜けたばかりのひまわりのような笑顔。それは、死んだはずの娘だ。


「ララ……!!」

「うーん?どうしたのおかぁ、うわぁ!!」


ガシッ

思わず抱きしめてしまった。

こんなにも私は

この子に会いたかったんだ。


「お母さん!いたいよー!」

「ララっ!ララーっ!うぅぅうわぁぁぁあん!!」

「どうしたのお母さん?泣いてるの?」


これが夢でもいい。

ずっと会いたかったんだ。

こんなにも焦がれていたんだ、死んだはずの娘に。ラニャは、何十年ぶりに泣いた。



ーー………ーー



ジュー……

いい音がキッチンからする。


「お母さんまーだー?」

「もうすぐできるよー」

「はーやーくー」

ララは足をバタバタさせる。

「おまたせしましたー。ベーコンエッグでございまーす」

「わーい!」

ララはトーストとベーコンエッグの組み合わせが大好きだった。

「~♪」

「おいしい?」

「うん!」

「ほら、こぼれてるわよ。」


母としての接し方。

いつものしゃべり方ではなく、普通の母としてのしゃべり方。

のじゃが長すぎて、なんとなくなれない感じがする。

「お母さんも食べなよ?」

「うん。いただきます。」


カリッとトーストをかじる。夢の中なのに、トーストの味がする。なんとも本格的な夢だ。


「お母さん、今日はトランプしてーお絵かきしてーお昼寝してーそれでねー」

「うん。うん。」


楽しそうに今日の予定を話すララ。

「そうだね。全部やっちゃおう!」

「うん!」


食事を終え、皿を洗う。

窓から見えるのは外の景色。

いつもの森ではない。

一面の平原。


「今日だけ……今日だけじゃ。」


ララとの時間。

数えることおそらく50年ぶり。

ララの声も、聞いて思い出せるくらい遠い昔。幸せだった時間。


「さ、トランプやろうか!」

「うん!」


いっそ、ここにずっと居られればと、思う瞬間もあった。

本当に、

本当に、

幸せで、

辛い時間。


「スースースー……」

遊び疲れて眠るララ。

横で添い寝をする。


カタカタカタカタ


窓が風で鳴っている。

「建て付けの悪さまで再現とは……」


ふと外が気になって

ラニャは玄関から外にでた。


サーーーーーーッ


いい風が吹く。草原。

でも周りにはこの家だけ。

まるで山の頂上にある草原だ。


「これはもしかしたら」


ここにいるのは自分とララだけ。

ララがいるということは、ここはあの世なのかもしれない。


「わしは近々、ここにくるのかもしれんのぅ。」


草原に大の字で寝転がる。

もうすぐ日が暮れようとしている。


「お母さん?」

「……ララ。」

「どうしたの?」

「……ララ。お母さん……わしは、もう帰らなきゃいかん。」

「帰っちゃうの?」

「……うん。」

「またひとりぼっち?」

「……!!っう、うっ、うううっ……」


涙なんて枯れ尽くしたと思っていたのに。

夢で会っただけでボロボロと泣き出してしまった。


「泣かないでお母さん。」

「ごめん!ごめんなさい……!また、ララを1人にして……!」

「うん。でも、ララわかるんだ。」

「……えっ?」

「お母さんはまだここにはきたらダメなんだって。でも初めてここで会えたってことは、もうすぐここで暮らせるのかもしれないって。」

「……そうじゃな。そうなのかもしれん。」

「変なしゃべり方だね。お母さん。」

「今はもうおばあちゃんじゃからな。おぬしの歯は抜けたままじゃ。」

「あはは!そうだね!」


ギュッ

噛みしめるように、忘れないように。

もう一度、強くララを抱きしめる。


「お母さん、ララお留守番してるからね。」

「……ララ、お母さんは今、魔法使いになったんじゃ。」

「魔法使い?空も飛べるの?」

「まぁ、たぶんの。じゃからだいたいの魔法は使えるんじゃ。」

「すごいね!みたいみたい!」

「んー、ここじゃ無理みたいじゃ。でものぅ」

「うん?」

「ララはもう一度わしと、暮らしたいか?」

「えっ?」

「……ララはお母さんとまた暮らしたい?」

「……うん!お母さんの魔法みたい!」

「そっか。わかったよ。うん。」


夢の中でラニャは再確認した。


娘のララに会って

1日を過ごして、

これがルーやサロ達と一緒だったら

もう文句のない幸せだ。


だから、

私は、

わしは、

その夢を叶える。


そう1人、決意した。

「じゃ、いくから。ララ、少しお留守番しておるんじゃぞ。」

「うん!いってらっしゃい!」

「行ってきます!」


そういってラニャは走り出す。

草原の果て

何もない、外側の奈落へ飛び込んだ。



ーー…………ーー



「はっ!?」

「んー、むにゃむにゃ。」

「ししょー、それ僕のハンバーグ……」


そこはいつもの大ベッド。

川の字で眠る3人。

ラニャは夢から目覚めたのだ。


「……夢だったのに、やけに現実感があるから、目がさえてしまったぞ……ララ。」


仕方なくラニャは顔を洗い、エプロンをして、朝食の準備をした。


・・・・


「おお!」

「あらら?」

「ずいぶん遅いのぅ。二人とも」

テーブルには朝食とコーヒーまで用意されている。

「すごい……これ、師匠が?」

「ご主人様、何か悪いものでも食べました?」




「いいから、顔洗ってらっしゃい。」




それは。忘れていた、思い出した、


母親の顔。


「「!!」」


「サロ、なんか、今の、すごい、よかったよね?」

「は、はぃ……ハァハァご主人様のママみが急に上がっていく、ハァハァ……!」

「サロ、鼻血でてるよ?」

「はっ!つい興奮したら!」

「なんじゃそりゃ。ははは!」


ラニャは決意した。

どんな方法を使ってでもあの子をこの世に蘇らせる。あんな終わり方は間違っている。


もう一度あの子をこの手で抱きしめる。


そして、魔法を見せてあげるのだと。


できないはずがない!


なぜならわしは


賢者じゃから!








つづくのじや!

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