未観測VR日和

ハニラビ

第1話 VR配信者『nico』





 2008年の夏、VRというコンテンツは国家事業へと押し上げられた。本国の技術力を他国へと見せつけるために。また、技術の発展の礎とするため一大事業へと昇華された。



 国中から様々な分野のエキスパートが掻き集められた。これは娯楽のためだけのものではない。技術力を集結させた国家プロジェクト。VR技術を確立し正しく国の発展というステージまで押し上げる為に。



 そして、多くの困難を乗り越え2020年完全なるVR仮想現実の実現が成された。それもヘッドセットデバイスに映像が映し出されるだけのものとは大きく異なる。

 そのままの意味での仮想現実、仮想の世界を創り出し行き来できる技術を確立したのだ。



 そうして生み出された技術は娯楽や医療分野、果ては社会システムにまでも食い込んだ。そこにあって当たり前のモノとして一般の生活にまで浸透を続けていった。



 映画を見る?それならVR空間で見よう。あなたは映画のキャラクターと一瞬になって風を感じ暑さを感じ同じ世界にいるような錯覚を受けることだろう。



 その最もたる例としてVRを使ったゲームに関わる職業、例えばプロゲーマーやゲーム配信を職にしている者の知名度はVRが普及するにつれて比例して高くなっていった。

 それこそテレビの向こうで活躍するプロスポーツ選手のようなスターとして見られるほどに。



そして時は流れ2028年、現在。




***





___絶叫が響き渡る。



 無機質な機械の駆動音が淡々と聞こえる部屋に悲痛な叫びがこだまする。この世の全てを呪いでもするかのような呪詛が響く。それは生への執着からか、人をやめ醜い怪物になってまで生きる事を諦め切れなかった者の断末魔だ。



 ある研究所の最深部。一つの命が終わりを迎えた。巨体の端から粒子となって散っていく姿は側から見れば幻想的だと言えなくもないだろう。肉体改造の末に身体を維持するだけで莫大なエネルギーを必要としていた身体は、破壊と再生のサイクルが崩れたことで天秤は破壊へと傾いたのだ。



 光のシャワーのように粒子の舞い散るどこか神秘的な光景の中で、そこには怪物の最後を見送るかのように立ち尽くす青年と思しき背格好の人物がいた。目はバイザーによって隠され、口元も見れずその表情を窺う事は出来ない。



彼はこの光景に何を感じているのだろうか。



 ただ一つ事実があるとすれば長きに渡る彼の使命もまた怪物の終幕と共に終わりを告げたのだった。



「タイマーストップ。」





***




 場面は変わってVR空間プライベートルーム。殺風景な部屋に見るからに柔らかかそうなソファーがぽつんとある。あえて良く言うなら個性的な部屋だろう。そこを小走りで一人の少年が歩いていく。



「録画終わったー!アイさん!」


『はい、こちらに。』



 テレポートするかのように現れたのはセミロングの似合う綺麗な女性だ。正式名称は知識蓄積型自立思考生活補助インターフェースという長い名前があるらしいけれどシンプルにAIアイと、VR内のお手伝いさんと考えて欲しい。彼女とはもう長い付き合いになる。



「アイさんよろしく!」


『はい、お任せください。』



 はやる気持ちを抑えて唯一設置されてるソファーにダイブする。寛ぎながら空中に表示されるウィンドウを少年アバターで操作していく。少年アバターを使っているのは単純にサイズの問題だ。ソファに二人で座る都合上アバターは小さい方が勝手が良かった。

 同じソファーにアイさんも座りボクを抱える。いつもの事なのでボクから何か言ったりしないけどいい加減に子供扱いはやめてほしいな。



「もうっ...。」 


「ふふっ。」



 唐突だけど2026年初夏に発売された『The value of life』というゲームを知っているだろうか。所謂死にゲー(何度も死ぬ事を前提としたゲーム)に分類されるゲームであるからか、それともゲームそのものの難易度の高さからかクソゲーとレビューが付いてしまう事もあるくらい高難易度なゲームだ。



 最も一部の層には根強い人気を誇っているらしい。ジャンルはアクションRPGとなっている。



 ストーリーを簡単に説明していくと、異端狩りに襲われ命辛々逃げ出した主人公はついに倒れ伏す。目が覚めるとそこは見知らぬベッドの上で……。という導入で始まる近未来にSF要素の混ざり合ったサイバーな世界観の舞台で生への渇望渦巻くダークストーリーとなっている。



『命とは何なのか。』


『命を新たに創り出す事で死を遠ざけようとした。』


『死に向かう身体を機械化する事で死を克服しようとした。』


『生とは死があるからこそ意味があると死を受け入れた。』



 これら三つの勢力によって形成される都市での物語だ。



 因みに開幕で死にかけていた主人公はナノマシン投与万能技術によって強化人間となる事で治療される。

 道中の回復アイテムは試験管の様なガラス瓶に入っている緑色の液体でエナジードリンク味となっている。最もデフォルト設定から変更すれば別の味に変更可能だ。他にも飲まずに身体に掛けても効果を発揮するようになっているので自分の好きなように使う事ができる。



 このゲームをボクが知ったのは早数ヶ月前になる。難解なストーリー構成、作り込まれたグラフィックに緊迫感のある戦闘と未だに根強い人気を誇っており既に発売から数年の月日が流れているとはいえプレイしている人は未だに多くいるらしい。



「編集終わりました。」


「ありがとアイさん、後はこの動画を『Conectコネクト』にアップロードするだけだね。」



 ソファに寛ぎながら目前に現れるウィンドウを操作していく。それなりの大金を叩いて買ったこのソファは『人をダメにする』という謳い文句のように柔らかく身体を包み込んでくれる。

 最もソファにお金を使い過ぎたせいで他にお金を掛けれず、かなり殺風景なプライベートルームになっているのはご愛嬌だ。



「投稿間隔も開いちゃったし次の動画はもっと早く出せるようになるといいんだけど……。」


『でしたら動画編集を必要としない生配信という手段もありますが。』


「生配信をメインにした方が上手くいくかな?」


『少なくとも編集の手間は減りますね。』



 うんうんと頷くような動作をしながらアイさんが答える。ゲームの録画に編集と時間が掛かるものなので仕方ないとはいえ、どうにかならないだろうかと頭を捻る。アイテムストレージから取り出したコンソメ味のポテトチップスを口に運びながら頭を捻る。パリッパリッと咀嚼音が響く。



 ボクを抱えてご満悦なのかいつも以上にニコニコしているアイさんにもついでにあげる。仲間外れは良くないから仕方ない。



「それじゃあ近い内に生配信にも手を出してみようか。」



 今回作成した動画はリスナーの希望であったとはいえ前回の動画投稿から既に2ヵ月程経ってしまっている。本来ならこれほどまでに期間をあける事は望ましくないけどこれにはマリアナ海溝よりも深い訳がある。



 半年程前からnicoというアカウント名で動画投稿をしており、そのうちの一つ、投稿した動画にコメントされていた『The value of lifeをやって欲しい!』というのが目に付いたのが元々の発端だ。



 配信者として駆け出しのボクのチャンネルに動画を見に来る人はそれ程多くないので希望とあればやってみようかと手を出したのがこのゲームに手を出した切っ掛け。



 それはもう幾度となく死んだ。戦闘を主軸としたゲームをこれまでに幾つかやっていたけれど驚く程に死んだ。

 量産型のモブ敵が相手の時ですら2〜3人に囲まれてしまうと簡単に死んでしまうし、場所によっては死角からの一撃に背後や頭上からの奇襲にも警戒しなければ直ぐにリスポーンだ。ゲームにおいてプレイヤーは主人公という位置付けが普通だと思うけど、このゲームではプレイヤーも一住人でしかなかった。



 ボス戦はもっと酷かった。道中に出てくるボス一体を攻略するのに1時間以上も掛かってしまう事もあったし、余りに倒せなくて断念して別のルートに切り替えたりもした。

 ボスが2体1組で登場した時は、このゲーム製作者の殺意の高さに戦慄した。他にも群体で出現するような敵にはそれ以上の理不尽さを感じた。



 それでも何とかクリアする事が出来た時には大きな達成感を感じられた。今でもたまに思い出すくらいかなり心にきたね。スタッフロールを眺めているときには確かな満足感があって、このゲームに出会えて良かったと思えた。

 何度も死んだプレイを公開するのは若干恥ずかしいものであったけれど編集して何とかいい感じの動画にその時は出来たと思う。



 エンディングまで駆け抜ける事が出来たのはどれだけ難しくてもそこに楽しさを見出せていたからだろうと思っているし、何よりこのゲームは細部まで作り込まれているから探索するだけでも飽きない。製作者の努力の結晶ともいうべきこの作品に惚れ込んだというのも多分にある。



 問題があるとするならばここから先だろう。間違えないで欲しいのはこのゲーム自体には何の問題もない。こうして上げた動画に流れるコメントの中に『トロコンRTAお願いしますおなしゃす!』というのがあったのだ。



 どこかで歯車の軋む音が聞こえたのは幻聴ではないだろう。



 簡単に解説するとRTAとはリアルタイムアタックの略語でゲームスタートからクリアまでのプレイ時間の短さを競うものである。

 RTAにはゲームクリアを目的とするany%、ゲームの完全攻略トロフィーコンプリートを目的とする100%と大きくこの二つに別れる。他にも特定のボスを倒すまでの時間を競うものもあったりするが今回は割愛する。



 コメントで勧められたのは後者のトロコンであり結果を言えばトロコンするまでのベストタイムは計7時間23分掛かり、このゲームに費やした現実での時間は実に2ヶ月近く。

 円滑に進めていけるようにする為のチャート作成に加えルートにおけるスタミナ管理やボス戦におけるパターンの形成。上げればキリがないけど『トロコン』と『RTA』を同時に進めていける道筋を一から作り上げた。



 トロコンを目指す都合上、最低でも三週はストーリーをクリアしないと必要なトロフィーを回収できない仕様になっているので必然的に掛かった時間は膨大なものとなっていった。クリアする毎に持ち越し要素があるとはいえ敵が強くなるのには大いに頭を悩まされた。



 余談だけど両親からは身体への心配の言葉と少しのお小言を頂く結果となってしまったので今は反省してる。



 これは無理じゃないかと何度となく諦めそうになったけれど終わってみれば良い経験だった...と思いたい。積み重なった没動画の数を流し見するだけでこんなにリトライしたのかと自分でも驚いている。



「でも暫くは……ゲームはいいかな。それじゃあアイさん、また来るね。」


『はい、いつでもお待ちしております。』


「じゃあね。また、よろしく!」



 大きな達成感と有り余る程の脱力感を感じながらVR空間からログアウトした。



リスナーさんにトロコンRTAは勧められてもやらないよ!










簡単補足

【nico】

主人公。アカウントの名前。普段は少年アバターを使っている。わけありの18歳。


【アイさん】

給料数ヶ月分のお値段がします。ただ、それに見合った性能を持っている。主人公の両親がある理由から買い与えたもの。


【アバター事情】

VR空間内での見た目や声は幾らでも変更が可能です。なのでこの世界においてリアルの容姿等は(リアルで会うなら別ですが)重要視されていません。


【Conect】

T○itter、Yo○Tube、nico○icoなど動画配信系のアプリを足したような便利ツール。投げ銭が気軽に出来るくらいには一般的なものとして浸透しています。このアプリの作成の時もバックに国がいるし国がこうした事業を促進してます。

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