96.VSウッドゴーレム

「よし、とりあえずここまでは順調だな」


サクサクあるき続けて4時間。北の森のボスエリアに到着した。途中何度か戦闘もしてみたが、やはり俺のレベルがかなり上っていることもあってこのエリアのモンスターは全く相手にならなかった。


まだ休憩時間には早いので、ボスエリアを過ぎてもひたすら北へと進み続ける。タリアいわく、魔法都市はつけばわかる場所のようだ。彼女が以前行ったときは他の生産職のプレイヤーとパーティーを組んで戦闘職の護衛を受けて行ったらしいが、朝出発して次の日の夕方にはついたそうだ。


タリアのペースを考えると、俺の足なら今日中に到着できる気もする。


しばらく進んでいくと、次第に周囲に出現していたダンロンベアやダオックスの数が少なくなってきた。代わりに知らない気配がいくつかある。気を引き締めていこう。


大体の気配は避けて進むが、やがて進路上にモンスターの気配が現れる。だが、その姿が見えない。気配のあるあたりには3輪の白い花が咲いているだけだ。


「擬態、提灯アンコウか?」


いくらなんでもこの風の無い状態でその花は不自然に揺れ過ぎだろう。矢をつがえ、その百合を断ち切るように放つ。


ギュウ


と、生物の鳴き声には思えない声をだし、地中から百合の本体が姿を現す。


50センチぐらいの大きさの、茶色い人の形をしたなにか。


(根っこが人の形をした植物なのか?)


続けて、他の2匹も地中から這い出してくる。同じような茶色い人型が三匹。


(まさか)


人型が縮こまるように小さくなるのを見て、慌てて弓を話して両手で耳を塞ぐ。


直後、甲高い音が響き渡る。その音は俺の手を貫通して耳へと入ってくる。甲高い悲鳴のような、嫌悪感を催す声。


「マンドラゴラか…!」


その植物を引き抜いた人物は、根っこの上げる叫び声で死ぬというファンタジーの生物だ。


モンスターが叫び終えたあとも耳に残る音に顔をしかめながらも、体に魔力を重ねて通し、無理やり力を入れる。叫ぶのをやめたモンスターは次の攻撃の予備動作に入っていた。


小さな百合を持つ2匹がぴょんぴょんと跳ねるように俺の方へと近寄ってくる。同時に、1匹だけ大きな百合を持つやつの百合の花が俺の方へと向けて傾けられる。


俺はそこから何かが放たれると同時に身を屈め、落としていた弓を拾い上げて何かを撃ってきた個体に向かって打ち返す。一撃でごっそりHPが削れ、その後の二射で完全にHPを削り取って倒し切る。


残りの二匹だが、俺が奥の一匹を倒している間にも10メートルほどあった距離を越える事が出来ず、まだ俺のところに到達していない。


敵に対してこういうことを考えるのもどうかと思うが、ぴょんぴょんとはねながら近づいてくる様子に少しの哀愁と可愛さを覚えた。


とはいえ相手はモンスター。すぐに矢を放って二匹とも倒す。


入手できたアイテムは『マンドラゴラ(幼体)の球根』が二つと、『栄養に満ちた土』が一つだった。前者は錬金か調合か。後者は農業に使えそうだ。


それにしても、不気味ではあるが少しコミカルな相手だった。矢が当たった瞬間には、『ヒャウ』『ンギャ』と、漫画のような声を上げていた。


それほど驚異的な相手でもないので、進路上にいた場合には倒すようにしよう。


マンドラゴラを倒した場所から更に北へと進み続ける。まだまだ、違うモンスターがいるのだろう。このエリアではあまりなさそうだが、もっと強いやつを所望する。



******



夕方、日が傾いて森の中が薄暗くなるまで歩き続ける。


マンドラゴラの他にも、ウッドパペットという木で出来たのっぺらぼうの人形や、リトルファンガスという1メートルほどの茸のモンスター、蔓を振り回して襲いかかってくる植物のモンスターを数種類見つけた。おそらくこのエリアで出現するモンスターはこれで全部だろう。


ボスエリアよりこちら側のモンスターは植物が主体になっているようだ。一応木の上を飛んでいる鳥型モンスターも数匹確認できたが、木の合間からわざわざ狙うのは面倒くさい。


大抵の奴は耐久力が高めなかわりに動きがのっそりとしていた。その弱点を補うためか、種飛ばしに風の魔法、蔓の鞭だけ動きが速かったり酸を飛ばしたりと、遠距離攻撃を主体にして戦うモンスターが多いようだ。


遠距離戦は俺の望むところなのでむしろありがたい。一番動きの速かった植物型のモンスター、ウェプスの鞭でも俺の矢ははたき落とせないようだったので、このエリアのモンスターは基本的にカモなのだ。相手よりも高い遠距離火力で一方的に殴れるのである。


もっとレベルの低い頃には来ていればダンロンベアを凌ぐ耐久力に苦労していたのかもしれないが、レベルが高いためそれほど固いとは感じなかった。


日もほとんど沈み、そろそろ野宿の準備をしようかというところで前から光が飛んでくる。


木の陰に隠れて気配を隠しながら、次第に近づいてくるそれを待つ。


やがて光の実態が見えてきた。ランタンだ。上に傘がついていて四角い形をした、家の前にぶら下がっているような形をしたランタンだ。


それが俺の近くまでフラフラと飛んでくると、ピタリと止まってキョロキョロするように周りを見渡す。俺を探しているのだろうか。


去るまで待とうと思って隠れていたのだが、10分近くの間ずっとキョロキョロと当たりを探し回っているので姿を見せることにした。襲われたらその時は倒せばいい。


気配の隠蔽を解除し、向こう側を向いているように見えるランタンの側までいって上を軽く叩く。


びっくり!、といった様子で振り返るランタンからは敵意は感じられない。


『や、やあ、あまり驚かせないでくれたまえ』


突然ランタンから声が聞こえる。どうやら話せる魔法のランタンらしい。


「…意思のあるランタンか」


『いや、あくまで話してるのは僕だからね、僕。そのランタンは魔法人形だよ』


「そうか。魔法には詳しくないのでよくわからないが、あんたは敵意が無いって言うことで良いのか?」


あらかたランタンを通して男が話しているということだろう。どうせ俺は魔法が使えないので関係ない。


『君は魔法都市ネクサスへの客人だろう?ならば私は敵ではないさ』


そう、ネクサスだ、魔法都市はそんな名前だったはずだ。


「一応ネクサスを目指している。案内してくれるのか?」


『もちろん、でも力試しはさせてもらうよ。力の無いものはネクサスに入れることは出来ないよ』


力試し。それが魔法都市ネクサスへのボス戦ということか。


「わかった。なら力試しと案内を頼む」


『承諾しよう。ランタンについておいで』


背中を向けてフヨフヨと進み始めるランタンの後ろをついていく。方向はまっすぐ北のようだ。


やがて少し開けたところについた。一人のローブを纏った男が立っている。首元についているフードは今は外されており、白い長髪を後ろで結った線の細い男性の顔がよく見える。


俺をここまで案内したランタンは男の方へと走っていく、その持っている杖の持ち手にぶら下がって止まってしまった。光が消えているところを見ると、魔法が切れたようだ。


「やあ、よく来たね。それじゃあ早速だけ実力を試させてもらうよ」


「あんたと戦えば良いのか?」


「まさか。僕はまだ死にたくないしね。君に戦ってもらうのはこいつだよ」


ローブの男がそう言って杖で地面をトン、とつくと、彼の前の地面から何かが生えてくる。


複数の細い木。それがねじれ合うようにすごいスピードで生え、俺の2倍ほどの身長に達する。すると今度はそれぞれに先が曲がって渦を巻き、やがて大きな人型を取った。


「僕の使役するウッドゴーレムだ。こいつを倒せなければ街に入れることは出来ない」


「わかった。戦う範囲はあるのか?」


「あるとも。それと明るさもいるから…こうしよう」


フードの男が今度は杖を振るうと、ランタンからいくつもの光の玉が飛び出して俺とゴーレムを囲むように円を作っていく。それぞれの光の玉の間には細い光の糸が伸びているようだ。


「その円内で戦ってくれ。特に木のような冒険者は、遠くから射って倒しても実力の証明にはならないからね」


「わかった」


背中から弓を外し、鉈を引き抜く。ズタ袋は背負ったままだが、それも含めて鍛錬の一部だ。これぐらいの相手それで圧倒できなくてどうする。


「それじゃあ初めよう。どうぞ」


男がそういった直後、ウッドゴーレムが雄叫びとは言い難い叫び声を上げる。人型を取っているが、まともな声帯を持っていないのだろう。


まずは軽く相手を観察する。顔の部分には葉が数枚生えており、多少歪んでいるが顔のような形をしている。ただ、その葉に視力や聴力があるかというのは非常に疑問だ。


次に手足。足の方は太い根のような部分が絡み合って地面につけるちゃんとした足を保有している。


一方腕の先には手のひらと呼べるようなものがなく、数本の木が職種のようにゆらゆらと先端を揺らしている。


火属性魔法を使えるプレイヤーなら丸焼きにして終わりそうな気もするが、あの木の幹、かなり水を含んでいて重そうに見える。実はとても燃えにくかったりしそうだ。


試しに、近づいてくるウッドゴーレムの顔に向かって数発矢を放ってみる。


ウッドゴーレムは意に介さず、顔で矢を受けたまま俺の方へと進んできた。


軽くステップで距離を取りながら確認するが、俺の攻撃ではほとんどHPが減っていない。他にも手足や胴体に向かって矢を放ってみるが、同様に効きが悪い。また体が大きいため足に矢を数発当てたところで、木の幹に飲み込まれてしまい大して行動を阻害できない。


単純に耐久性が高いのかとも思ったが、それにしては硬すぎる。それに相手はゴーレム。命のない機会とも言える存在なのだ。


「…核があるな。どう探すか」


ゴーレムを壁際まで誘導したあと、円を描くように戦闘エリアをぐるぐると回っているので、今の所追いつかれてはいない。


あちこちに矢を放ってゴーレムの反応を確認しながら下がり続けていると、やがてゴーレムが足を止めた。その両手を地面について停止する。


攻撃を悟った俺が一歩跳び下がった直後、先程まで立っていた地面を突き破って木の根が飛び出してきた。おそらくウッドゴーレムの手の先から地下を通って伸びているのだろう。


2回目の根の攻撃を避けて跳び下がった直後、着地する前に左側の地面から新しい根が飛び出してくる。


俺は空中で無理やり体を捻り、時計回りに右手に持った鉈を叩きつける。


すると予想以上に軽い手応えを残して根が切断される。残った部分は怯えるように地中へと戻っていった。


その成果を確認しながら俺は体を前に傾けて着地し、踏ん張ること無く前に倒れ込む。そのまま弓を抱えるように前転して素早く振り返り、追撃にそなえる。


振り返るとウッドゴーレムは地面から腕を引き抜いていた。再びこちらを追いかけてくる。


矢を射る余裕ができたので、少しずつ位置をずらしながらゴーレムに矢を放ち続ける。すると、左胸の上の方を射たときだけ、ゴーレムが庇うような反応を見せた。ひとまず戦闘を進めるため、そこを重点的に攻撃することにする。


弓を背中に背負い直し、鉈を片手に接近する。ウッドゴーレムは迎え撃つように腕を振りかぶりかなり距離がある位置から殴りかかってくる。その腕は先程の根ほどではないが成長と収縮を繰り返してゴムのように伸び縮みするようだ。


だが、関係ない。


(《スラッシュ》)


鉈を右下から左斜上へと振り上げ、迫ってきたウッドゴーレムの右手の先端を切り飛ばす。先程の根と同様にたやすく腕は切断できた。


続く左手も切り払って懐に入り込み、飛び上がって胸元に三連撃を放つ。


(《トライ・ソード》)


ダメ押しで2度、左右に剣を振って横切りを当て、胸部分の傷口を広げる。


続けてウッドゴーレムの腕がまだ俺に届かないのをちらりと確認して、その傷口に鉈をねじ込み、奥を覗けるように鉈をひねる。


「見えた」


胸の奥には紫色の光を放つ水晶。俺がそれを確認して呟いた直後、ウッドゴーレムが叫び声を上げる。


ギシシシィィィ


戦闘開始直後より騒々しいそれが聞こえた直後、ウッドゴーレムの頭部にピンク色の花が咲き、中から高速で種が飛んでくる。それは胸元にねじ込まれたままの鉈に命中し、大きく弾き飛ばした。


ウッドゴーレムの体のあちこちでも同様の花が開こうとしている。


だが、もう遅い。


鉈から手が離れたことで落ちかけた体を、ウッドゴーレムの体を登ることで引きずりあげ右手と両足で支える。


そして左太ももからナイフを引き抜き、胸の奥の水晶に突き立てた。


(《スラスト》!!)


アーツを使って突き立てたナイフは水晶に深く突き刺さり、その光が消える。


同時に、ウッドゴーレムも動きを停止し、他のモンスター同様に光となって消えた。




『魔法都市ネクサスの番人ウッドゴーレムを討伐しました。』

『《魔力に満ちた丸太》×2を入手しました。』

『《ウッドゴーレムの核欠片》を入手しました。』

『《魔法樹の花》×3を入手しました。』

『《魔法樹の根》×2を入手しました。』

『《魔法樹の枝》×2を入手しました。』

『《ウッドゴーレム討伐の証》を入手しました。』



メッセージが頭に響くと同時に、周囲を囲っていた光の玉が輪をとき、フードの男の元へと戻る。すると、フードの男の姿もそのまま消えてしまい、後にはオレ一人が残される。


『行きたまえ。君は試練を達成した。是非その力を、ネクサスの魔法使いたちに貸してやってくれ』


男の声がそう響いた後、先程まで俺とゴーレムが戦っていた場所は気がつくと森に変わっており、俺の左に一筋の道があった。


その道をあるき出した俺の背中を押すように、フードの男の最後の声が響く。


『願わくは、君の魔導に冴えあらんことを』

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