72.コリナ丘陵-10

「ムウさんも巨大猪のボスエリアからこっちに来たのかい?」


食事も一息ついたところでマナミがそう話しかけてきた。


「ああ。おそらくこっちに来る方法は今の所それぐらいしか無いぞ。南の海岸のボスエリアからはまったく別のエリアに飛ばされたしな」


「へえ。俺たちはまだあっち側は行ってないんだよな。ムウはどっちの街に行ったんだ?」


どっちの街、というと、以前タクが言っていたギルドからの依頼でルクシア以外の街に向かわせられることを言っているのだろう。


「俺は冒険者ギルドに加入してないから新しい街へ行く話は受けてない。こっちに来たのが一ヶ月以上前のことだし、あっちのエリアは南北をボスエリアまでと西の岩場を少し回ったぐらいだ」


俺がそう答えると、三人が耳を疑うような表情をする。


「待って、ムウくんルクシア以外の街に行ってないのかい?」


「一ヶ月前からこっちに来てんのか?どういう…」


ジントの言葉は尻すぼみに消える。


「もともと俺は未知な場所を探索したいだけだからギルドに入るメリットを感じなかったんだ。掲示板も全く見てないから何か役立つかとかもわかってないしな。それで仲間と探索してるときにこっちへ来れるのがわかったからこっちに来ただけだそれが一ヶ月半ぐらい前だから、ずっとこっちで生活してる」


俺の説明を聞いた三人は、呆れたような納得したような微妙な表情をする。


「道理で…。拠点が思ってた以上にしっかりしてんなと思ったが、一ヶ月も住んでたならそりゃこれぐらいにはなるよな」


「一人で一月も街に戻らずに過ごせるものなのか?」


「“料理”スキルさえあれば、適当にモンスターを狩って食えば死なないしな。パーティーに一人は取得しておいたほうが良い」


「まあ死なないだけならそうだけど、武器の修理だったり防具の修理だったりはそうはいかないな。こっちの探索はかなり苦労しそうだ」


考え込むようにうつむいたマナミがそう呟いた。それを聞いたジントが思い出したように尋ねてくる。


「そうそう、武器の修理とかはどうしたんだよ。一ヶ月もいたってことは探索だけじゃなくて戦ったりもしたんだろ?肉を取ってきてるぐらいだし」


「ジント、踏み込み過ぎはマナー違反だよ」


「あ、そうか。すまなかったな」


「別に構わないぞ。どうせ予想はついてるだろうし」


マナミがスキル構成に関わることまで聞こうとしたジントをたしなめてくれたが、別に特殊なことをしているわけでもないし俺は気にしないので構わない。ただ、本来は人のスキル構成やレベルを尋ねるのはマナー違反なので注意は必要だ。


「俺の武器は弓だから、“木工”スキルが有れば修理できるし自分で作れる。小屋を作るのにも“木工”スキルは必須だったしな」


「はぁ~、生産スキルもそんなに取ってるんのか」


「すごく、その、万能な感じだな。レベル上げは大丈夫なのか?」


「生産職ほどとは行かないが、まあそれなりにできている」


「…パーティーに一人、お前のようなのがいれば、困りそうにないな」


「まあ、基本は一人で探索できることを目標にしてるからな」


寡黙な様子でずっと話を聞いていたセブンが珍しく口を開いたので答えると、そうか、と言って再び口を閉ざしてしまった。あまり口数が多い方ではないようだ。


「んー、俺達は生産スキルまでとんのは厳しそうだな。飯は携帯食料でどうにかするとして…」


「食事が干し肉とパンばかりだと味気ないんじゃないか?街にすぐ戻るのも難しそうだし、“料理”スキルぐらいは誰か取っておいたほうが良いと私は思うぞ」


「お前料理なんかできんのかよ」


「…その言い方は気に食わないが無理だな」


「私料理ならできるわよ?」


ジントとマナミが生産スキルに関して相談していると、後ろからナツを抱えたアキハが声をかけてきた。となりにはフユを抱えたシャーリーもいる。アキはアキハの頭の上に居座っているようだ。


「シャーリーもできるわよね?」


「私は少しならできます。あんまり凝ったものは作れないですけど」


それを聞いたマナミとジントが顔を見合わせる。


「できるなら、取ってもらいたいな」


「ああ」


「何の話をしてたの?」


アキハとシャーリー、そして戻ってきたアルも焚き火の周りに座り、マナミとジントから説明を受ける。


このパーティーではジント、マナミ、セブンが年長者であり、年が下の三人を先導しているようだ。


「なら私“料理”スキルとるよ。もともとお菓子とか作りたかったし」


「お菓子か~。お菓子なんか野宿じゃ作れんだろ」


「別に野宿じゃなくていいもん。お休みの日にみんなでお菓子食べれたら楽しいじゃない」


「それはそうだな。ジントは風情が足りないぞ」


「へいへい。あんま、こっちでの日常って想像つかねんだよな」


ジントが軽くぼやく。マナミは少し考えた後それに答えた。


「今回は結構危ない探索だったから街に戻ったら二日ぐらい休憩するとかすれば良いんじゃないか?みんなででかけるのも宿で寝るのも自由にすれば、現実での休日と同じだろう?」


「それもそうだな。じゃあ街に戻れたら二日間は休暇にしようか」


ジントが決定を下すと、みなそれぞれに食事に行く話や出かける話等をしている。聞いていると、街の方では生産がかなり進んでいたりして店も多くなり発展しているようだ。


「ムウは街に戻ってからの予定はあるのか?」


少し物思いにふけっているとジントがそう声をかけてくる。


「街に戻ったら知り合いに防具の生産を頼んで、後は馴染みの何人かと情報交換だな」


「そうか。街にいて時間があるんだったら、一緒に飯でも行かねえか?今日の礼もしたいし」


「おごってくれるならありがたく頂いておく」


「よし。店は任せとけ」


その後、また話は生産スキルの方へと戻った。


「結局、生産スキルは取らないとこっち側の探索は厳しいんだよな。相当広いから探索するのにも時間がかかるし」


「だが、私達も他の攻略組もそんな余裕はないぞ。最前線の武器となったらそれなりのレベルが無いと修理もできないだろうし、それほど生産スキルを使う技量も時間もないだろう」


「生産職のパーティーを連れてくるのはだめなの?常に一緒に行動してもらえば武器の修理とか生産もしてもらえるし」


「俺たちのパーティーだけについてきてくれる生産職なんていないだろ」


「…ムウは、何かいいアイデアは無いのか?ここで一月過ごしたなら俺たちには無いひらめきもあると思うが」


セブンがそう話を振ってくるので、考え事から意識を戻して答える。


「このエリアを見つけたあたりからもともと考えてたことだが、生産職と戦闘職で大規模な集団を組んでこっち側に村か街を作るしか無いと思う。結局今俺がやってることの大規模版だな。小屋の方を見たからわかると思うが、入手したアイテムを置く場所すら足りなくなるんだ。マジック・バッグを二個持ってる俺でもそうだから、普通のパーティーならテントとか回復アイテムですぐいっぱいになるだろう。ここから更に先に進んだ所から街に武器の修理のために戻るのは時間がかかるし、必要な物資の流通の拠点にするという意味でもこちら側にいくつも拠点を作ったほうが良いだろう」


「そんなに生産職がいるかね」


「別に全ての拠点に生産職がいる必要はないだろう。拠点の場所を記した地図を作って、どこにどんな生産職がいるか記しておけばそこに行って取引をすればいいしな。後は経済の観点から言えば、アイテムの運送だったり護衛をすることで戦闘職にもメリットが出てくるし、単純にみんな探索をしまくるだけでなく経済体制が出来上がる。ここから更に4日かかるところからでもまだまだ先はあったし、そうするしか無いと思うがな」


俺が真剣に説明を終えると、6人は息を呑んで俺の方を見ていた。


「相当、考えてるんだな」


ジントの言葉で、俺は少し落ち着いて自分の考えを説明する。


「俺はここを一つの現実だと捉えている。だから、街を作って人間が領域を広げていくのも当然だと思っている。そういう世界の捉え方をしているから、拠点を作るっていう発想になったんだろうな」


「そんなに人が集まると思うかい?」


マナミが確認するように尋ねてくる。


「一月前は生産職が大規模に集まろうとしていたし、100人規模のギルドができて開拓に乗り出せば大抵のことはできるだろう。どちらにしろ、俺と仲間はそれぞれに生産スキルを持ってるし、他のプレイヤーが進展に困っても勝手に探索すればいいだけだ。街づくりが面白そうだったら参加するがな」


そこまで話しきって、革袋から水を飲む。


「こんなのも持って来てないんじゃないか?」


「それは、水筒か?」


「まあ筒じゃなくて袋だが、そうだな。食事をしていればそこからの水分である程度カバーできるようなんだが、パンや干し肉みたいな水分の無いものを食べているとステータスに低下があるっていうのがここ一月でわかった。街でまともな食事をしていれば水分も取れるようだが、こっちでは水分のちゃんとした食事をそうそう取れないからな。そう言うところも含めて、完全に休憩できる場所を用意するという意味でも拠点はこっち側にも必要だろう」


俺が説明を重ねると、少しの間全員が考え込んだ後、納得したようにマナミが頷く。


「私は掲示板への書き込みと知り合いに相談して拠点づくりの話をしてみよう。私の話など聞いてくれないかもしれないが、ある程度賛同している人がいれば、拠点の一つぐらいは作れるだろう」


「俺たちもしばらくは攻略を置いておいてそっちの話をしたほうが良いのかもな。どっちにしろこのままじゃあこっちのエリアの探索は全く無理そうだし」


「冒険をやめるの?」


「そういう話じゃないだろ。冒険をするために必要な準備をするだけだ。聞いてたらわかるだろ」


「別に、ちょっと聞いただけだもん!そんなひどい言い方しなくていいじゃない!」


「ふたりとも、喧嘩をするな」


アルとアキハがにらみ合いを初め、それをマナミが割って入って止める。シャーリーがおどおどしてそれを見ているのでこのパーティーの内情が少しわかった。18歳の俺が言うのも何だが、アルやアキハぐらい、中学生から高校生一年生の間ぐらいだと些細なことで言い合いになることもあるのだろう。


「具体的な話は置いといて、今日は飯を食って早く寝るか。こっちはちょっと肌寒かったし、焚き火に当たれるのはありがてえしな」


気を取り直すようにジントが言う。確かに、6人の格好は厚手のマントを纏っている俺と比べるとだいぶ薄い。


「ほんと、夜も寒くてよく眠れないし、まだまだ準備不足なのね」


火に当たりながらアキハがポツリと言う。俺は外で寝ることをある程度想像して用意しているが、慣れていないプレイヤーは準備不足なまま探索に出てしまうことが多いのかもしれない。それに、彼らは“木工”スキル持ちがいないためにまともに焚き火も出来ていないのだろう。


「このエリアはルクシア付近に比べて寒いからな。一つ俺からアドバイスするとすれば、“木工”スキルはレベルを上げていなくても最初から《木材乾燥》いうスキルが使えて、それがあればそのへんの木の枝を適当に切ってから薪にできる。それができれば、木のあるエリアなら毎日焚き火には困らないから、スキルポイントに余裕があるなら誰か一人取っておいたほうがいい。後は、あんな小屋を作るのも大したレベルは必要なくて、細い木を切り倒して枝を切って皮を剥いで重ねるだけだから、労力と時間はかかるが簡単な小屋なら本当に低いスキルレベルでも作れるな」


「焚き火って、特別なスキルが無くても作れるんですか?」


頭にアキを載せたシャーリーが火に手を向けながら尋ねてくる。


「その焚き火だって、そこらで拾ってきた岩を並べた中に木を組んで火をつけただけだ。火をつけるのだって、街で売ってるこの道具があれば比較的簡単に尽くしな。まあ、多少の知識は必要だが」


小さな火種から大きな木へと火を移すとか、火がつきやすい焚き木の組み方だとかいうのは、俺はもともと興味があったので知っているが、普通は知らないことなのだろう。


「じゃあ、毎晩暖まれるんですね!」


とても嬉しそうにシャーリーが笑う。見ている方が笑ってしまうような笑顔で笑う子だ。


「また明日、街に戻るときにでも教えてくれ。俺たちはそういうのは詳しくねえから、今後のためにも知っておきてえ」


「わかった。それくらいなら夜についでに教える」


おう、とジントは笑いながら頷く。どうせ二日ほど野宿することになるのだし、そのときに教えたら良いだろう。人と話すのが一月ぶりなのでただ話しているだけで嬉しく感じるのだ。


その後、会話もそこそこに寝る用意に入る。ジントたちは三人で一つのテントを使うようにしているようで、俺よりかなり大きなテントを持っていた。セブン以外の5人はテントを建てるのに慣れていないようだったので、女性陣の方を俺は手伝い、特に年少の二人にコツを教えながら組み立てた。多少なりと暖かさが伝わるように焚き火を囲うように設置する。


ついでに、寝袋を買ってきていなかったようなので、倉庫から毛皮を運び出してきていくつか貸しておいた。


ファシリカの皮はゴワゴワで着心地が悪いだろうが、コフトの皮と熊型の中型モンスター、ジンフィアの毛皮はかなり柔らかくふかふかだ。ジンフィアはかなり凶暴なモンスターなのだが、戦闘のときは逆立ち硬直している毛が、アイテムになったあとはふわふわになったのだ。おそらくあの硬度は魔力によるものだったのだろう。


それらをそれぞれのテントに貸し出すと喜んでもらえた。特に女性陣は、モコモコだ~、と抱きついていた。話しているときはクールな様子のマナミもふわふわさににやけていたのは少しばかり面白かった。


6人がそれぞれのテントに入ったところで、俺は焚き火の側で丸くなっていたアキを抱えて自分のテントに入る。


ナツとフユは女性陣のテントに連れられていった。動物のぬくもりがある今夜は心地よく寝られるだろう。


明日から久しぶりに街に向かう。ここでの生活にだいぶ慣れてきて街に戻ることに少し違和感を覚えるが、それでも楽しみだ。

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