66.コリナ丘陵-6

翌朝、目を覚まして朝食をとった後、上に干しておいた干し肉を取りに行く。しっかりと干せているようだ。とはいえ、本来ならこのあと熟成のためにさらに一日程度置く。小屋の方に持っていって中で干しておこう。今日は空が雲に覆われているし、雨に降られると困る。


干し肉製造機を中に移し、篝火や薪が完全に消えているのを確認してから、武器やマントを装備しズタ袋を背負って外に出る。今日も三匹はついてきた。


今日は今ある拠点から西方面へと探索を行う予定だ。理由は、この場所に来るまでにそちら側には河が流れていたからである。拠点のすぐ近くに河は無いようで上から探しても見当たらなかったが、そちら側に行けばどこかしらで河が見つかるはずだ。河があったからどうというわけではないが、何かしら目標があると探索の予定も立ちやすいし切り上げ時もわかりやすい。


西に向かって歩き始める。基本的には森と丘の続くコリア丘陵のままなので、歩いている感覚もそれほど変わらない。


出現するモンスターも同様だ。これまで観測されたモンスターばかりである。ただ、今日はよく観察しながら歩いていたおかげか、昨日は気づけなかったリスのようなモンスターや、ウサギとイタチをかけ合わせたようなモンスター、何種類かの鳥型モンスターにも気づくことができた。


ここは、丘の上で森と草原、それに時々岩場という三つの環境を持っているため、生息している生物の種類もかなり多いようである。大型のモンスターは以前見つけたワイバーン型のが二体と、巨大な鳥が一体、それに戦闘時に結晶が浮き上がってくる狼が一体いた。おそらく場所が大きく違うので以前発見したのとは別の個体だろう。


この世界での自然がどのようになっているかまだわかっていないが、数キロメートルのうちに大型のモンスターが複数存在しても縄張り争いにはならないようだ。ここには草食モンスターや小型の肉食モンスターなど獲物となる生物が多く存在するので、むやみに広い縄張りを持って争って回らなくても問題ないのだろう。


******


しばらく、木材やアイテムを採取しながら西へと向かって歩いた。途中の森の中で、猪に似たモンスターが二匹森の中をうろついているのに気づく。距離はそこそこ遠いので向こうはまだ気づいていない。チャンスだ。


ここまでも多くの草食モンスターを見つけて来た。そのたびに狩れるだろうかと考えてみたが、たいてい近くに大型モンスターや中型、小型の好戦的なモンスターがいたり猪に関しては群れがかなり大きかったために控えてきたのだ。


今、目の前にいるのは猪型のモンスターが二匹であり、さらに周囲に他のモンスターの反応はない。この二匹なら、安全に狩れる。


三匹に静かにしておくように指示してから二匹が動いても狙える位置に移動し、弓に矢をつがえる。


(《強靭弓》《パワーショット》)


スキルを発動し、息を止めて一頭の猪の頭に狙いをつけて放つ。


矢が命中するのを確認せずすぐに次の矢を放つ。続く二本の矢では前脚を狙う。このエリアのモンスターがどれほどの耐久力を持っているかわからない以上、まずは逃さないことが優先だ。


狙った方の頭に最初に放った矢があたった瞬間、その猪のHPが一割程度減る。俺の出せる火力の中では最大だったが、それでも一匹の小型モンスターに対してそれだけのダメージしか出なかった。ダオックスあたりと同等の耐久力だ。


俺の一撃を受けた猪が、俺を敵と認識した様子で地面を引っかいた後突進してくる。巨大猪ほどではないが、速度はかなり速い。更に、俺が木の裏に隠れると、木を避けてわずかに進み、踏みとどまる。その間に俺は幾度も矢を放ち、猪のHPを5割まで減らした。


「正面はだめか」


突進している間、猪の正面には魔力かなにかで障壁ができているようで、正面から放った矢は全て空中で弾かれた。俺が矢を当てたのは、猪が木を避けてから踏みとどまり、こちらを向いて突進し直すまでのわずかな間である。


「っ」


後ろからもう一つ突進音が聞こえて、俺は一瞬だけそちらを確認する。最初に矢を当てていない無事な方の猪だ。俺の方へ突進してきた。こういうときは襲われていない奴は我先に逃げるものかと思っていたが、どうやら違うらしい。


傷ついている方の猪の突進が当たる寸前まで引きつけ、身を交わす。そし止まる前に後ろから矢を叩き込む。二回ではHPを削りきれなかった。であるならば三回やるまでだ。


二匹目の突進をかわしながらステップで移動し、一匹目の側面に回り込む。こいつらは正面からの攻撃に対しては防御力が高く突進も速いが、旋回性能は低く側面からの攻撃には弱い。弱点はそこだ。


回り込みながらの射撃で一匹目を倒し、そのまま二匹目も同じ方法で倒す。直進しかできない猪相手であれば遅れをとることはない。


二匹を倒し終えてからアルトの窓で確認すると、《ファリシカの皮》というアイテムを二つと、《ファリシカの牙》、《ファリシカの生肉》というアイテムを一つずつ獲得していた。ファリシカというのが今倒した猪の名前だろう。


牙の方は鏃にするには少し多そうだ。肉はそこそこの大きさがあるのでそんな大量にはいらないが、後2,3個はとっておきたい。他の草食モンスターも狩ってみてから考えよう。


三匹は近くの木の上に待避していたようだ。こいつらの戦闘力はわからないが、ファルシカに轢かれたら大怪我をするだろう。


「ん?あれ、リンゴか?」


三匹が降りてきた木の上の方にリンゴに似た果実がなっているのに気づき、木に登ってみる。


形は確かにリンゴのようだ。しかし、色は濃いオレンジ色である。これ、食べれるのだろうか。


試しに一つ手に取ってみる。アルトの窓で確認すると、《リンオの実》という名前で、食べれるらしい。せっかくなので昼食に食べることにして、目に付く範囲で10個ほど取って下に降りる。ズタ袋にリンオの実を入れて、再び肩に背負う。


まだ昼食にするには少し早い。もうしばらく探索を続けよう。


******


昼食休憩を挟んで、西の方向へと探索を続ける。真っ直ぐ進むのではなく、まんべんなくエリアを埋めるように探索していく。丘の頂きに生えていた大樹や、吠えるライオンのような形を下岩などを目印、簡易的なマップを作った。明らかにモンスターの巣になっていそうな場所もメモしている。始祖鳥に似たモンスター、アーカンの群れが住んでいる場所には絶対に近づかないようにしようと思った。


アーカンや、小型の肉食恐竜に似たモンスター、ヒストルとも戦ってみた。いずれも、1、2匹が群れから離れていたところを狙った。耐久力に関してはダオックスと同等か、それより少し高いぐらいだったが、このエリアのモンスターは攻撃力が高く動きが素早いようだ。ヒストルの飛びかかりを避けきれずダメージを受けただけで、HPの4分の1を持っていかれた。今の防具とスキル、ステータスでダイアウルフの攻撃を受けても、同じぐらい減るかわからない。


動きもかなり速く、その四肢でどう攻撃してくるのかと思ったが、噛みつきやひっかき、飛びかかりや尻尾による攻撃など、それなりに多彩だった。ただ、やはり群れで戦闘をするモンスターであるために、単体ではそれほど強くなかった。


ヒストルもアーカンも、群れで、10匹以上のあの集団で一気に来られたら、俺一人ではひとたまりもないだろう。


草食モンスターでは追加でファリシカを一頭と、ここに入ってすぐに遭遇した山羊のようなモンスター、コフトを2匹狩った。それぞれから肉を入手できたのでしばらく食料には困らないだろう。


拠点に暗くなる前に戻りたいので、そろそろ引き返そうかと考え始めたとき、それが視界にうつった。


丘と丘の間、崖のようにきつめの傾斜がついた窪地の底に、一つだけ人工物が見える。


古びた石の祠、いや、小さな神殿だろうか。なんらかの遺跡だ。こんな森の中で、石が劣化して欠けるほどの間そこになったのに、なぜか蔓も苔も一切生えていない。


下に降りていき、近くによって観察する。


遺跡の周りには、少しの広場が広がっている。そこには一切の植物が生えておらず、土と、その隙間から石がところどころに覗いているだけだ。


遺跡自体は扉が大きく全体的に高いがそれに反して奥行きが全く無く、非常に奇妙な印象を抱かせる。


ぐるりと回りを見てから、正面の扉の前に戻る。周囲は柱と壁でできていて隙間はなく、入る方法は正面の扉しか無い。


意を決して正面の扉に手をかける。すると、頭の中にメッセージが響いた。


『ダンジョン《亜人の巣》を発見しました。』

『ダンジョン《亜人の巣》に挑戦しますか?』


俺は挑戦しないを選択して、扉から手を離す。これはダンジョンらしい。やはり、こちら側のエリアにあったようだ。


その正体が知れた以上、今は無理に挑戦すること無く一度拠点に戻るべきだ。今は野宿の道具も持ってきていないし、夜を拠点の外で過ごすことは避けるべきである。


とりあえず、20分ほどかけていつもより丁寧に遺跡、ダンジョンの様子と、その周囲の地形を記録する。挑むのは明日以降だ。


記録を終えたので、ダンジョンのある窪地から上に出る。すると、頭に冷たさを感じた。


「雨か?しかし…」


この降り方はおかしい。今降り始めた様子はなく、そこそこの強さで降っている。それなのに、窪地の底や遺跡には、今も濡れた後が一切ない。この窪地は、雨を防ぐ機構を持っているようだ。野宿をする身としてはありがたい仕組みだ。


他のプレイヤーがこちら側にやってきてダンジョンの攻略を初めたとき、ダンジョン前の空き地は雨を寄せ付けないキャンプ地として活躍するだろう。次来るときは俺も、テントを持ってこよう。


三匹が冷たそうに体を震わせているのを見て、俺は考えを中断する。今はとりあえず拠点に帰ろう。俺たちには、温かい火が必要だ。

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