6.初めての戦闘


モンスターを探して森を進む。


「兄さん、連携はどうしますか?そんなに強いモンスターはいないと思いますが決めておきましょう」


歩きながらカナが話しかけてくる。俺は索敵をしながら、さっき見たカナの戦いを思い出す。マーヤとともに戦うために、自ら突っ込んで戦おうとしていたが、踏み込みが微妙に浅かったことから、自ら攻め込むのが得意ではないのかもしれない。


「先制攻撃は俺が仕掛けることにしようか。挑発はあえて使わないでくれ」


「それだと兄さんにヘイトが行くじゃないですか」


「それで良い。俺に向かって突っ込んでくれれば、お前が迎撃しやすいだろ」


「なるほど」


俺の説明にカナは思案顔になる。


「ありかもしれないですね。それにしても私が迎撃のほうが得意だってなんで知ってるんですか?」


「踏み込みが浅くて少し遅い。攻めるのよりは敵にあわせてカウンターか少なくとも防御が得意そうだと感じた」


「すごいですね。あの一瞬で見抜いたんですか」


「まあな」


βテストの頃に、片手剣とバックラーで暴れまわるプレイヤーを見ている。それに見慣れていれば、片手剣と盾を使うプレイヤーがどの程度の腕をしているかは判断できるようになる。


「わかりました。それでいきましょう」


フフッ、とカナが楽しそうに笑う。何か今の一瞬で良いことが合っただろうか。


「攻撃は私が受け止めますから、兄さんは最初の一射、絶対に当ててくださいよ」


あまり当てにされていない感じがする。先ほど試射も見せたが、カナにはどの程度の精度になるか説明してないしな。弓は魔法よりも当てるのが難しく、矢筒の矢を消費してしまえばアイテムインベントリから補充することしかできず、そのためにはアルトの窓を操作しなければならないため、隙が生まれるという欠点がある。の問題があり、更に低下力。不遇武器の代表と言って良いようなものだ。だが、それはあくまで普通にしようとしたらの話で、スキル構成によっては、それらの問題を一気に解決できるのだ。


「お前弓だからってバカにしてるだろ」


ピシッと軽くカナにデコピンをする。


「痛っ…。いえ、馬鹿にしているわけじゃないですよ。ただ私のほうが戦うのが得意でしょうから、兄さんは安心して戦ってほしいです」


「それは俺が魔法使いだったら言わない話だろ。弓使いに当ててくれと頼むのは、剣士に剣を振ってくれと頼むようなものだ。お前に助けてもらうほど俺は弱くないぞ」


「…わかりました。兄さん、後で泣き言言わないでくださいよ」


「この程度じゃあな」


俺がそう言うと、ようやくがっかりしていたのが治まったようだ。俺が弓を使っているために肩を並べられないのを残念がっていたのだろう。弓使いと戦うことのメリットを教えてやろう。


「来るぞ。マンキーが2匹と、四足歩行が4体だ」


「4人でやったほうが良さそうだね」


「先制する」


目の前の茂みから飛び出してきた狼に矢を放ち、すぐに次をつがえ、今度は別の一匹に放つ。


「“タウント”!」


正面から来た四匹の狼に対してマーヤが挑発系のアーツを発動しながら突っ込んでいく。


「トビア、左の二体を支えろ」


「任された!」


マンキーは案の定狼といっしょに正面から突っ込んでくることはなく、側面から襲いかかってきた。矢をつがえながらトビアに指示を出すと、嬉々とした様子で飛び出していった。あっちは放っておいていいだろう。俺は四体の狼と向かい合っているマーヤとカナのほうが支援が必要だろう。最初に二匹の狼に向かって放った矢は、早射ちを意識したため、狼の顔に向かって飛んだものの目に直撃はしていない。


「行きます!」


しびれを切らした狼が飛びかかってきたのをマーヤが盾で受け止めると、カナがその瞬間に飛び出していく。マーヤに攻撃を仕掛けた狼に一撃を入れると、そこに執着することなく狼の群れに飛びかかっていった。良い判断力である。


「もう一回“タウント”!」


カナが飛びかかっていった所でマーヤが再び“タウント”を使用したことで、カナに向きかけたヘイトが再びマーヤに引きずられ、狼の動きが一瞬止まる。“タウント”というのは、“挑発”スキルによって使用可能なアーツで、自らに敵の視線を集める、ゲーム的に言えばヘイト値を瞬間的に稼ぐアーツだ。強制的に自分へ目標を変えさせるほどの効果はなく、より脅威と思わせる存在があればそちらを向いたままということもよくある。今回もそのケースで、最初にカナに斬られた個体含めて3体がカナに向かっていった。


「シッ」


カナに飛びかかっていった狼のうち、カナの迎撃が間に合わなそうな方に狙いを定めて矢を放つ放った矢は狙い通り狼の目に突きたった。


キャインキャイン


カナは冷静に自分に突っ込んできた狼を受け止め、こちらを振り返ることなく攻撃を加えている。良い判断だ。


カナの方が一瞬楽になったので、その間にマーヤの目の前の狼に矢を二発放ち倒し切る。マーヤも、自分の動きはカナやトビアに比べれば遅いにも関わらず素早い狼に攻撃を当てていたようだ。


「カナちゃん行くよ!」


「わかりました」


自分の目の前の狼を倒しきったマーヤが、カナの方に突っ込んでいき、それにあわせてカナが飛び退る。その突進攻撃で、更に一匹の狼が倒れた。半分以上残っていたHPを一撃か。恐ろしい威力をしている。ドワーフであることに加えて、かなり多めの攻撃力ステータスを持っているのだろう。その後は、二匹の狼に対してカナとマーヤが倒しきってしまったので、特にすることがなかった。取得したアイテムには【ウルフの皮×2】【ウルフの爪×2】【マンキーの爪】【マンキーの皮】と書いてある。名前はそのまま、か。入手できるアイテムは一個体から一つのようだ。


「兄さん、ウルフの目に当てたのは狙ったんですか?」


「あたってくれればラッキーぐらいの考えだったがな。そうそう当たらない」


「そう、ですか。それでも助かりました。ありがとうございます」


「こっちこそ助かった。二人が前で暴れてくれたから、俺の方にヘイトが一切向かなかった。おかげで落ち着いて射てた。ありがとう」


「兄さん、私たちのことバカにしてるんですか?私達の役割は敵を受け止めることです。盾持ちに前線を支えてくれたことをお礼言うなんて、弓使いに矢を当ててもらってお礼を言うようなものですよ?」


ニヤリ、と、さっきの仕返しだ、と言わんばかりにカナが笑う。もちろん反論はある。頼むのは信頼していないことの証明になってしまうこともあるが、してもらったことに対して礼を述べるのは普通だ、と。だがここで返すべきはその答えじゃないだろう。


「参ったな」


「でしょう?兄さんも、私を頼りにしてくださいね」


「わかった」


そう言うと嬉しそうに笑う。隣で聞いていたマーヤも楽しそうにしている。この空気が、俺は好きだ。暖かいこの空気が。


「ムウ、俺の心配はしてくれないのかな?」


「しない。マンキーごときに遅れを取るお前じゃあない」


「はいはい」


そもそもマンキーのアイテムが獲得されていた時点で、トビアが早々に倒していたのはわかっていた。今のは軽いじゃれ合いのつもりだろう。


「それにしても兄さん、弓って結構強いんですね」


「それはボクも思った!よくハズレ武器とかゴミとか言われてるのに、ちゃんと戦えるんだね」


「マーヤ、お前はっきり言いすぎだ…笑うなトビア」


くすくす笑っているトビアを人にらみしてから二人に説明をすることにした。


「弓がゴミって言われるのは、当たる当たらない以前に、他の武器と比べて戦闘の準備が厄介だからだ。例えば、矢筒には30本しか入らないから30本射ちきってしまえば、アイテムインベントリに持っていたとしても、すぐには入れ替えることができない。それに矢本体も、木の矢で一本5ゴールドする。もちろん一回射っただけでロストするわけじゃないし、戦闘中には不可能だとしても回収はできるが、何回か射ったらたいてい耐久力の限界を迎えて壊れるんだ」


ほら、と、俺は回収したばかりの矢を二人に示す。


-----------------------------------------------------------------------

木の矢(劣化)


木で作られた矢。耐久力が低下している

-----------------------------------------------------------------------


「ほんとですね…」


「あとはやっぱりそもそも、弓が一番腕が出るというのも低評価の理由だ。剣なら振るえれば多少は戦えるが、弓は当てるのから難しいからな。俺も使い始めたばかりのときは苦労した」


「じゃあ、ムウさんは今の戦いで50ゴールドぐらい使ったの?」


マーヤよ、食いつくのそっちか。訓練のほうかと思ったが。しかし、プレイヤーに与えられた初期ゴールドが1500だと考えると、100というのは大きく感じられるかもしれない


「単純に言えばそうなんだが、これには簡単な対処法がある」


見てろ、と、トビアから剣を借りると近くの木に登り、手頃な長さの枝を切ってくる。採取用の鉈も買わなければいけないな。


そこから、剣を使って軽く加工すれば、矢の出来あがりだ。剣で適当に細工したので、あまり出来の良いものではないが、それでも矢の完成だ。


「完成だ。あとはここに矢羽があれば精度が上がるし、牙や爪と言ったものや、黒曜石なんかがあれば、鏃にしてより強力なやをつくることもできる。レシピ生産で一度作ったものは再現できるから、木材さえあれば手間もかからない」


「そうなんですね…。そこまでちゃんとした対処法があるなら、それほどデメリットではないのでは?」


「戦闘をメインとする奴らは生産スキルなんか取らないからな。そこから噂が広まってみんな使わなくなった」


「…そんなこともあるんですね」


カナがその状況を想像して、残念そうな顔をする。


「そのうち広まるさ。弓は合う人にはすごく合う。弓にはまる人も出てくるだろう」


「そうだよね、じゃないと悲しすぎるもんね」


マーヤもショックを受けていたのか。速く話題を変えよう。


「そろそろ探索に戻ろう。さっき連続で襲われたのはイレギュラーだろうし、進まないと次のモンスターに会えない」


「そうだね。行こう二人とも」


トビアが促したことで、二人とも気を取り直して、探索を開始することができた。弓が風評被害でひどい目に合ったのはそんなにひどいことでもないと思うが、ショックを受ける人もいるようだ。気をつけなければ。

その後は、夕方になるまで狩りを行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る