第20話 凡庸がゆえの



――カラオケボックスに入りドリンクが運ばれてくると、男は美弥にAV女優という職業の印象を聞いた。



 美弥の知識では、AV女優はアイドルやモデル顔負けのようなビジュアルの女性がなるものだった。そのままを伝えた。


――男はそれを即座に否定した。


 もちろん、いわゆる人気女優と呼ばれるごく小数の層には芸能人ばりのビジュアルが必要とされる。それは普通の映画やドラマに出る女優と同じだ。

 しかしAV業界が日増しに巨大産業となりニーズが多様化する中、様々なジャンルが生まれた。当然、それぞれのニーズに見合った女優が必要とされる。

 


 その一つが素人ジャンル―――。

 

 素人がナンパされ、ためらいながらホテルに行く。

 素人が電車やバスで痴漢され、やがて痴態を繰り広げる。

 素人が友達の彼氏や夫を誘惑する。

 設定はいくらでもある。


 

 そんな素人モノにアイドル並みの女優が出演していれば、いかにもヤラせくさくて、視聴者の男は白けてしまう。

 だから必要となるのが、これはヤラセではなく本物の素人ではないか……と思わせるような凡庸な容姿と雰囲気を持つ女だ。

 ちょっと街を歩けば見つかり、風景にすぐに馴染んでしまうどこにでもいるような女、可もなく不可もなくどこまでも普通の女――。そこにリアリティが生まれる。



――男はきっと褒めているつもりなのだろう。美弥の容貌がいかに素人ジャンルに適しているかを力説した。その力説ぶりは、美弥でなければ気を悪くして席を立ったかもしれない……。



 

 それはさておき、女性が裸体を晒し人前でセックスをするというのは、途方もなくハードルが高い。その代償として金を稼げたとしても、おそらく世のほとんどの女性は考えることもなく、有り得ないと即座に断るだろう。

 問題の多い業界であることも取り沙汰されている。


 それでも日々、18歳から熟女までAVに出る新しい女性が生まれる。




 美弥は即座に断れなかった―――。



 それを男は見逃さなかった。それはそうだ、大抵の女は即座に断り、中には話をしただけなのに警察に通報すると騒ぎ出しさえする。即座に断られないだけで、男にとっては十分な手ごたえだ。


――もちろんすぐに決めてなんて言わないから。ゆっくり考えてよ、また連絡する。


 男にそう言われて、美弥は連絡先だけ交換した――。



 


………お金が稼げる、か。寮に戻ってから美弥は男の言葉を反芻した。お金があれば……。



 勉強して大学に行くことを夢見ることもある。できれば心理学を学びたい。自分のこの混沌とした心の中と、しっかりと向き合ってみたい。



 でも、どうしたってそんなお金は貯まらない。

 一生懸命働いたって、節約したって、わずかばかりの額を貯金できるだけだから――。この寮を出ることすら、ままならない。


 できることなら同僚たちみたいに夜の仕事で稼ぎたい。

 でも、それは無理だ――と誰より自分がわかる。


 そんな自分もAVなら稼ぐことができるのだろうか……。

 『夜の仕事』すら一線飛び越えたAVで――。



 美弥の根底に拭いがたく強くあるのは、という想いだ。

 行きずりでたまに男たちと寝るのも……、つまるところ自分のことも、体も、大切に思えないからだ。



 自分の体を大切に思いたくなるようなやさしいセックスなんて知らない。

 ただの一人も美弥を美弥として大切に想い、抱いてくれた男などいなかったから――。単なる遊びの性欲のはけ口と知りながら受け入れてきた。セックスなんて大したことじゃないと思いたかったから――。そうすれば少しだけ、心がやわらぐから――。



 そんな風に自分で大切に思えない体を、セックスの価値を歪めるために男と寝てきた体を、今さら普通の女性のように―――。



 そして何より……自分の裸は、きっともう―――。





 

 


―――2週間ほどして男から連絡がきた。まるで美弥の心を見透かしたかのようなタイミングだった。

 こんな作品がある、と細かな役どころや報酬、所要時間などを説明した。



 素人ジャンルの出演料など、たかが知れたものだが、それですら美弥には魅力的だった。それらを貯金に回し、積み重ねていけば、あるいは夢も叶えられるのかもしれない――。


 ぐらり――と胸の奥で何かがかしいだような音がした。



 やります――、美弥は、電話口の男に告げた―――。







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