第4話 望むべくもないもの
二度目の食事の夜、案の定、倉重は美弥のことを知りたがった。
濁し続けたが、話がそこに戻っていく――。
だから差し障りのないことを話した。
高校卒業と同時に田舎から出てきて、バイトや派遣の仕事で食いつないできたこと。今の仕事も料理が好きだから厨房を希望したが、人手の関係でホールに回されたこと。恋愛は苦手で余り経験がないこと。趣味といえばお金のかからない料理を作ることと本を読むぐらいだということ。
倉重は、そんなくだらない話を、さも興味深げに聞いた――。
その後も飽きもせず毎日定食屋に通ってくる倉重と、知らぬまに月に一、二度ほど食事するのが恒例になった。
そうした時間が続いていくなかで、結婚観について聞かれたことがあった。
結婚など、考えたこともなかった。
世の風潮として結婚する男女が減っている。みんなわかっている。ごく一部の層を除いては、結婚しても日々の生活に追われ、安穏とした幸せな暮らしが手に入るわけではない、と。
多くの男たちは思う。結婚しても俺の給料じゃぎりぎりの生活がなんとか成り立つだけだ。給料がこの先あがっていく見込みもない。それどころか会社がこの先もある保証もない。結婚は大きなリスクだ――。
多くの女たちも思う。少しでも条件のいい、幸せな家庭を築けるような男と結婚したい。でもそんな男は周りにはいない。「なんとかなる」で結婚して、ならなかったシングルマザーが世の中に溢れている。そんな人生は送りたくない。結婚は大きなリスクだ――。
そして、年々、男も女も結婚しなくなる。
社会の底辺でもがき、生きるだけで必死だった美弥に、ごく一部の安穏とした上等な結婚など、どうして望めよう。
だから倉重の問いに一言だけ、ぼつりと答えた。
「考えたこともないです……」
倉重は何を思ったか美弥を見つめ、その時はそれ以上は何も言わなかった。
しかし、それから幾度めかの食事の時、倉重は言った。
「結婚を視野に入れて付き合ってほしい。君のご両親にもごあいさつがしたい」と―――。
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