第3話山賊討伐記〜前編っ!〜

 ポカポカと暖かい日差し。

 まだまだ寒い時期だが、昼間は太陽の凄さを改めて感じさせられる。

 街道には目にも優しそうな緑葉樹が光を浴びて輝いているんだけど。


「よく聞こえなかったんだけど」

 あたしの目の前では、そんな風情も何処どこ吹く風。ゴロツキにからまれた旅の連れ、アリシアが華奢きゃしゃな身体に不釣り合いなくらいの威勢いせいで、いかつい男達を睨みつけている。


 金に近い榛色はしばみいろの長い髪、大きな深いエメラルドの眼、ふっくらとしたサンゴ色の唇。

 一見して愛らしい外見から変なヤツにもよく声を掛けられる。


「だからよぉ。女の二人旅なんていろいろ寂しいだろ?

 この辺りは暗くなるのも早いし、」

礫石陣グラヴァル・サークルっ!」

 聞き返しておいて最後まで話しを聞く事なく、アリシアの放った呪文が街道の石畳を砕いてゴロツキ達に降り注ぐ!


「ドアアァァァッッ!」

 埋まっちゃったよ。

「何をしている!」

 後ろから聞こえる声に、振り向きざまにアリシアが腕を振り上げた。

爆風陣ブラスト・サークル!」

「のおおおぉぉぉっっ」

 突風に数人の男が地面を転がっていく。


「隊長っ!」

 隊長?

 さらに後方から同じ服を着た男達。

爆風刃ブラスト・ブレードっ!」

「ちょぉいっ」


 見境なく呪文を放つアリシアの腕を下から軽くすくい上げる。


 ヒュバッッ!


 不可視の風が手先から放たれたんだろうね、街路樹の上三分の一程がスッパリと斬られ、鋭利な断面を見せて落ちてくる。


 ドサァンッ!

 おいおい。コレ、人に向けて放っちゃいけないヤツだろ。


「何すんのよ。ソリス」

 さも心外と言った顔を見せるアリシアに、あたしは赤に近い栗色のショートヘアを抱えた。

「後からきたヤツ、正規の役人っぽいよ」

 突風に吹き飛ばされた三人の男と、あたし達を遠巻きに取り囲む二人の男。


 仕立てのいい揃いの服に身を包んでいる。

 肩にはライオンとヘビのモチーフ。

 上位貴族の紋章だ。


「女。街道での破壊行為は法で裁かれる対象になるぞ」

 めくれた石畳。

 礫石れきせきに埋もれたゴロツキ(笑)。

 斬られた街路樹。

 うん。破壊行為と言わずに何という。


「ごめんなさいっ」

 アリシアが華奢な身体を小さく震わせ、大きな瞳にウルウルと涙を溜める。


「そこの男達がっ。嫌がるあたし達を無理矢理連れ回そうとして……。

 あたし達。もう怖くて怖くてっ」

 わっ。と顔を覆う。

 あ。あたしも入ってんのね。


「連れはそう言っているが?」

 表情を変えないままアリシアにチラリと目をやって、胸元に唯一六芒星のマークを入れた中年の男が、冷静にあたしに視線を移す。


 おや。さっき転がって行ったヤツ。隊長だったか?

「そうですね。

 確かに色々壊してますけど、元はと言えばそこの男達がうちの連れにちょっかいかけたのが原因ですし。


 訓練された兵士さんには分からないかも知れませんが、女からしたら結構な恐怖を感じるもんですよ」


 ジッ。と視線がぶつかる。

 後ろに居並ぶ若い兵士がハラハラとした目でアリシアを見ている。

 先に折れたのは隊長の方。


「わかった。

 今回はそちらの男達に事情を聞こう。


 だが、次はないぞ」

「どうも」

 ちょいっと肩をすくめて、小さく肩を震わせるアリシアの背中を押して歩き出す。

「あの隊長。アリシアが泣いてないのに気づいてたわよ」

唐変木とうへんぼくはイヤねぇ」

 全く涙に濡れていない顔を上げアリシアが鼻で笑った。





「ああっ。お腹すいたぁ」

 街道沿いの村の小さな村のメシ屋。だいぶお昼を回っているせいか、店内はだいぶ人がまばら。

「大体アリシアがゴロツキに構ってるから遅くなったんでしょう?

 昼前にはここに入って、夕方にはサンベリーナに着いてたはずなのに」


 空いていた窓際の席に座り腰のロングソードを立て掛ける。

 サンベリーナはこの辺り一帯を治めている上位貴族が住む都市。さっきの隊長達もおそらくそこに所属する兵士だろう。


「クスッ。兵士が来なければ財布抜いてやろうと思ってたのに。

 別に急ぐ旅でも無いし、いいじゃない」

 水を持ってきたメシ屋のオヤジにアリシアが笑いかける。

「ランチまだいける?」

「お任せで良ければいいですよ」

「じゃあ二つ。オマケしてねっ」

 コイツ、兵士の財布も抜こうと思ってたな。



 運ばれてきたふわとろオムライスにスプーンを入れる。

「このままサンベリーナを目指すと着くのは夜更けね」

「夜は寒いし、お夕飯が遅くなるのはイヤ」

 だからなんで遅くなったと思ってんのよ。


 いつものわがまま発言に内心ため息をつく。と、


 ドバアァンッッ!

 メシ屋の入り口が大きく開く音に店内に残っていた数人の客も視線を移す。

 禿げ上がった頭に山賊然とした風貌の数人の男達。

 これみよがしな三日月刀シミターにセンスの悪さが溢れ過ぎてる。


「最悪。メシが不味くなる」

「アリシア、ああいうのに遭遇する確率高いよね」

 面倒ごとには巻き込まれたくない。

 世間話それはそれとして、無視を決め込んでオムライスに集中する。

「あたしが遭遇した数だけ、ソリスも遭遇してんのよっ」


 カウンターには迷惑極まりない山賊達が、ビビりまくる店のオヤジに酒を注文している声が聞こえ、下卑げひた笑い声にアリシアの額に青筋が立つ。

 別にあたし達もお上品なお姫様じゃないけど、アリシアはとにかくああいう連中がキライ。


 まぁ、脂ぎった顔にハゲ頭の山賊が好きっ!

 なんて危篤きとくな人もなかなかいないだろうけど。


 セットのデザートはチーズフロマージュ。

 ゆっくり舌鼓。といきたいところだけど、人気の少ない店内で、もちろんアリシアの風貌は目立ちすぎた。


「よお」

 これといって特徴のない山賊Aがあたし達のテーブルに近づいて来る。

 もちろん無視。


 とすっとテーブルに手をつき、デザートに集中するあたしをチラリと見た後、顔を伏せ気味にしているアリシアに視線を移す。

「こっち向けよ。なぁ」

 モゴモゴッとアリシアの口が動くのに、直感的に嫌なものを感じたあたしは椅子の上にあぐらをかいた。


「はぁ?」

 目がイッてるって。

 コワイからほっときなさいよ。

雷光撃ヴォルト・クラッシュっ!」

 ズドゥンッッ!

 文字通り雷が落ちた。


 危ねー。

 床を氷漬けにされたら、靴裏と床がくっついちゃうなぁ。なんて甘かった。

 

 電気を通さない木の椅子にあぐらをかいていたあたしと、術を発動したアリシア以外、床を這う電流に店内にいた全ての人間がぷすぷすと煙を上げて感電している。

 他の客しかり、店のオヤジ然り。


「デザートはゆっくり食べられていいけど、焦げ臭いのが玉に傷ね。

 椅子とテーブルの脚が焦げちゃったわ。

 弁償させられる前に、デザート食べて帰りましょう」

「メシ代踏み倒す気有り有りね。

 コーヒー飲みたかったのに」


 スプーンが食器に触れる音だけが聞こえ、アリシアがパチンと手を合わせた。

「ごちそうさまでした。」


「……。お、お客さん」

 カウンターの向こうから、店のオヤジが身体にムチ打って起き上がって来る。

「ちっ。威力を抑えすぎたわ」

 今舌打ちしたろ。


「ま、魔法医に会って頂きたい」

『え?』





 魔法医は文字通り、魔力を使って病気や怪我の治療を行う医者の事。

 こういう小さい村では大体の場合教会の神官プリーストなんかが兼任していることが多い。


「しかし、魔法医に連れて行けでなくて、会って欲しいとはね」

 前を歩く村の住人があたしの声にビクッと振り返る。


「なんかイヤな感じ。ちゃんと治療してあげたのにね」

 あの後、アリシアいわく『このあたしに気軽に声を掛けた罪』で焦げた山賊たちを縛り上げ、店の中の被害者に回復魔法をかけて回り、店内にいた彼に案内されてここに至る。


「治療に至った経緯が経緯だからね」

 案の定教会に案内されると、彼は神官に何事かを話し手紙を渡すとそそくさと帰路に着いた。


「さて、事のあらましはお聞きになりましたか?」

 歳は30半ばって所かな。落ち着いた雰囲気ににこやかな笑み。教会を任されるには若い気もするけど。

「山賊に盗まれた医療用の宝珠オーブを取り返して欲しい。とか」




 正直こんな田舎に医療宝珠メディカル・オーブがある事自体が驚き。

 有名なところでは、『賢者の石』も医療宝珠メディカル・オーブの一種。


 怪我なんかは術者の技量にもよるけど、大体魔法で治す事が出来る。でも病気はそうもいかない。

 コイツはそれすらある程度可能にするらしいんだけど、完全天然物で作ることが出来ない。


 故に取引額は超高額っ!

 闇市なんかに入ったらいくらの根がつくか想像も付かない。


 メシ屋のオヤジから話を聞いた後のアリシアの目の色の変わった事変わった事。


「わたくしはこの教会を任されております、テオと申します。」

「ソリス-レアードよ」

「アリシア-ノベルズ」

 差し出された手を、軽く握り交わす。


「山賊どもはサンベリーナを中心に悪事を働いていたのですが、話を聞きつけてきたらしくつい2日前、教会を襲撃し宝珠オーブを奪って行ったのです」

 ふむ。確かに並べられたベンチやステンドグラスの飾られた窓に、新しい傷やヒビが見られる。


「サンベリーナの方には被害届けを出したのですが、あちらは大きな街。なかなかこのような田舎まで警備の人を割いては頂けません」

「で、どこの馬の骨とも知れぬあたし達に奪還を頼みたいと。

 医療宝珠メディカル・オーブの価値。知らないわけじゃないでしょ?

 パクられちゃうかもよ?」


 カッ! とアリシアからの殺気があたしに降りかかる。

 おおおっ背中寒っ。でもあなたの殺気くらいじゃ死にません。


「それもまた神のお導きです。

 2階へどうぞ」





 2階には廊下を挟んで左右3つずつの扉。

 その1つをテオが開けると、5歳から10歳くらいの子供5人が近寄って来る。


「テオ神父。治療の時間?」

 1番小さな女の子がにこにこと笑顔を見せる。

「レミィ。治療に必要な物がなくなってしまってね。これからこのお姉さん達が探しに行ってくれるんだ。

 さぁ、みんなでお願いをしようね」


 いやいや。まだ依頼受けるとは言ってないしっ!


『よろしくお願いしますっ!』

 笑顔引きつるあたし達に無垢なキラキラビームが突き刺さる。


 廊下に出てアリシアの第一声。

「まだ依頼を受けるなんて言ってないけど」

「あの子達は今は医療宝珠メディカル・オーブの力に生かされています。このまま治療のできない時間が長引けば取り返しのつかない事になりかねない」

 2人の視線が対峙する。


「依頼の成功報酬は?」

 横から割り込むあたしに、にっこりとテオが微笑む。

「そんなものは有りません。ここは教会。全て慈善事業です」

「た、ただ働き? バカじゃないの?」

 まぁ、そうでなくても怠け者なのに、報酬もないのに動けなんて無理な話だよね。


「これをどうぞ」

 テオがあたしに一枚の紙を差し出す。

 おそらく、さっき案内してくれた彼が手渡したもの。


「……。あはははははっっ!

 ほら、ほぼアリシア宛」

 くくくっ。やられたわ。

「何これっ!」

 アリシアが目をく内容は、彼女が焦がした店の家具の請求書。

 並びに店主の心的損害賠償と、最後にあたし達の食べたランチ代。

 金額はとても支払える額じゃない。


「先程上で会ったレミィは、ここのご主人のご息女です。

 医療宝珠メディカル・オーブと引き換えなら、請求を取り下げるとおっしゃっています」

 にこやかな笑顔を崩さない。


「踏み倒したら?」

「サンベリーナのギルドに訴えを起こします。

 2度とギルドでのお仕事はできなくなりますね。

 ソリス-レアード。アリシア-ノベルズ」

 視線が火花を散らす。


「やってくれるわね。あんたがその若さで教会を任されてる理由が、なんとなく分かったわ」

 ギルドは仕事紹介所のようなもの。

 あたし達のような根無し草にはそうそう実入りのいい仕事がぽこぽこ入って来るわけでもなく。ギルドで仕事が出来なくなるのは正直痛い。


 テオが一瞬苦しそうな顔を見せる。

「時間がない。こちらも手段を選んでいる場合ではないのです。

 わたくし達が欲しいのはあくまでも医療宝珠メディカル・オーブ

 あるのはアジトの宝物庫でしょうかね。

 他の物は何一つ必要ではありません」


 その言葉にアリシアと目を合わせる。

 つまり、依頼料は山賊のアジトから自分達で稼ぎ出せって事ね。

「神さまは許して下さるかしら?」

「御心のままに」





 そうと決まれば急がなくっちゃならない。

「あのヤロー、売り払われた後でも回収出来なければ無いのと同じだなんてっ」

 急ぎ、メシ屋のドアをくぐる。


「今回は向こうが一枚上手だわ。

 相手が悪かったわね。アリシア」


 地下の酒蔵に繋がれた山賊どもに相対した。

医療宝珠メディカル・オーブがあるのはあんた達のところかしら?」

 先程、アリシアに声を掛けた山賊Aに、仁王立ちのアリシアが尋ねる。


 フイッと顔をそらすそいつに、あたしが剣を抜く。

「あんたの次にもまだ二人いるわ。

 つまんない手間掛けさせないで」

 首筋に刃を当てると、アリシアの手のひらに炎が生まれる。

 冷たく見下すあたしと、アリシアの悪魔の微笑み。

「ここであたしに切り刻まれる?」

「あたしのきっつい拷問うける?」


『どっち?』



【後編っ!に続く】

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