Lazy-Saga《レイジー-サーガ》〜相当性格悪い美少女魔道士と、あたしの裏山探検記〜

綾乃 蕾夢

第1話裏山探検記〜前編っ!〜

 お昼時のザワザワしたメシ屋で、あたしはランチセットのパスタを食べながら視線を感じて顔を上げた。


 お店の入り口にそこそこいい身なりをしたおじいちゃん。

 明らかにあたしと目が合ったのに、何かを諦めたような顔をして彼は去っていった。


「何?」

 あたしの向かいに座っているのは旅の連れ。年はあたしより一つ下の18才。

 金に近い榛色はしばみいろの長い髪、大きな深い碧色の眼、ふっくらとしたサンゴ色の唇。


 一見して愛らしい少女だ。


「いや。なんか変なじーさんがこっち見てたから」

「ソリスを見てた?」


 アリシアはランチのシチューセットのサラダにドレッシングをダパダパかけながらあたしを見ると、ふっと鼻で笑う。

「自意識過剰なんじゃないの?」

 こういう性格だけどね。



 ランチセットのデザートもキレイに完食して、お腹も心も程よく満足。


「おばちゃん。お会計」

 アリシアはデザートに手を出したばかりだけど、お会計を先にするのはいつものこと。

 銀貨を数枚払ってコーヒーに口をつける。


「ちょっとよろしいですか?」

 と、横から声を掛けて来たのはさっきのじーさん。

 あたしとアリシアは一瞬目を合わせてじーさんに向き直った。


「旅のお方とお見受けします。このご時世に女性の二人旅、さぞ腕も立つのではと。

 よろしければ話を聞いてはいただけませんか?」


 と、テーブルの下で軽く足を蹴られる。

 チラリとチョコレートムースから上げた目が

(こんな片田舎で安っい仕事掴まされんじゃないわよ)

 と、語っていた。

 コワイって。


「えと」

「村長さんっ。こんな若いお嬢さん達に、あんな恐ろしい魔族と戦えっていうのかい?

 酷な話だよぉ」

 あたしが断りを入れる余裕も無く、さっきのおばちゃんが割り込んで来る。


 って、え。魔族?

 聞き捨てならない一言にアリシアの瞳がキラリと光った。

 つぶらな瞳をウルウルさせて、心配そうにじーさんをみつめるとキュッとその手を握る。


「まぁ。お困りなのですね。

 私どもがお力になりますわ」


 ええええ~っっ。


「イヤ、やはりいかん。こんなキレイなお嬢さんに、なんて酷い頼み事じゃ」

 ほんのり頬を染めたじーさんが首を振る。

 おいおい。


「大丈夫ですわ。私も魔法の心得がございますし、連れは剣の心得もございます。

 何より、お困りの方を放ってはおけません」

 えーと。



 メシ屋の二階。宿になっている一室に荷物を置いてアリシアがベットに腰を下ろす。


「魔族だってさ。バッカじゃないの?」

 さっきのしおらしさは何処へやら。長い髪をフワリとかき上げた。


「何で急に話を受ける気になったのよ」

 あたしは赤に近い栗色のショートヘアをぽりぽり掻きながら、アリシアの向かいに立って声をかけた。


 メシ屋のおばちゃん(ここの女将だったらしい)が、身支度の為にと一部屋用意してくれたのだ。

「魔族が地上にいたなんて、ホントの話だと思ってんの?

 神魔しんま戦争なんて何万年前のおとぎ話よ。

 そもそも魔族が地上にいるなら、なんで神は地上にいないのよ」

「まぁ、一理あるけど」

 その辺の話はあたしより、魔道士のアリシアの方が全然詳しい。


「どうせレッサーデーモンとか、アンデットとか、ちょっと見た目グロいモンスターに勘違いしたのよ。

 ここ。商人は多いけど立ち寄る冒険者は少ないし、ちょっと脅したら依頼料上がったじゃない?


 あれっくらいの年寄りは、森にはこわ~い魔女がいて、子供を取って食うとか。本気で信じてんのよ。

 夢。壊しちゃ可哀想でしょ?」

 ニヤリと笑う顔が心臓に悪い。


「イヤ。むしろ悪夢っぽいから覚ましてあげてよ」




 じーさん。もとい、村長の話では、村の裏側にある小高い丘の上に昔の貴族が建てた別荘があって、半年くらい前から魔道士風の若い男が勝手に住み始めているとのこと。


 別にそいつが即犯人ってわけじゃないんだけど、その後二ヶ月程して魔族騒動。

 夜中に変な叫び声を聞いた。

 山菜取りに行ったら怪しい影に追いかけられた。

 家畜が消えた。

 などなど……。


 えー。魔族関係無くねぇ?

 と思いつつ、他に当たる所も無いからとりあえず手始めに来てみたんだけど。


「小高い丘?」

 思いっきり不機嫌そうにアリシアが視線を上げたその先は、山っっ!

 ああ。あの上の方のぽつぅん。きっと別荘だな。


「ローブの裾に枯葉が付く。ブーツが傷つく。疲れる。

 帰る」

「ちょぉいっっ!」

 きびすを返すアリシアのローブの裾を掴む。


「依頼受けたでしょ? おどして依頼料釣り上げたでしょ? 前金もらったでしよ?

 仕事は仕事っ」

「わかったわよ。

 とりあえず、ここから建物ごと吹き飛ばしとく?」

 やりかねない。こいつはやりかねない。

「却下」



 えっちらおっちら山登りする事軽く一時間。

「くそじじぃ。帰ったらっ絶対あり金っ巻き上げてやるっ!」

「それは止めない」



 建物の玄関には立派なライオンのオブジェがノッカーの輪をくわえている。


「きっつぅ」

 膝に手をつき、息も絶え絶えなアリシア。

 案の定、柔らかそうなローブの裾は枯れ草まみれ。


「魔法に頼ってるから運動不足なのよ」

 かく言うあたしも足にだいぶ疲れがきてる。

 服の上から鉄黒竜アイアンドラゴンの鱗で造った胸当てブレストアーマを付けたあたしの方がよっぽど装備が重いもん。


 これでここがハズレだったらアリシアの怒りが暴走しそうでコワイなぁ。

 ノッカーの輪に手を伸ばし、掴む直前で手が止まる。


「アリシア」

「わかってる」


 こういう事で路銀を稼いでいると、見ちゃいけない場所、開けちゃいけない扉、入っちゃいけない空間なんかが何となくわかるようになる。


 ビビリというなかれ。これが育たないヤツはこの業界では長生きしない。


「さてと。

 帰る?」


「ここまで来た苦労。全て水の泡じゃないの。

 イケなく無いレベルだよ」

 アリシアに向き直る。


『何用だ……』

「あんなはした金で命張れない」

『我が砦に』

「まぁ。田舎の村じゃこの程度でしょ?」

『わ。我がぁ……。あのぉ』

「大体、ソリスがちゃんと断わんないからこうなったんじゃないの?」

「それ言う? チョロい仕事だと思って首振ったのはアリシアでしょ?」

『……』

「へぇ。あたしのせいって訳?」

 ごりっとした物を含ませてアリシアが利き手を上げる。


「ああっ? 上等」

 あたしも腰を落として剣の柄に手を掛けた。


『あのぉ、玄関先で揉め事は……』

「っるさいっっ!」

『あごご、ごめんなさい』

「……」


 いや。ちょっと待って。

「なんか、一人増えた?」

「さっきからぶつぶつうるさいのよ」

 そう言ってアリシアがライオンのノッカーの瞳を覗く。


「あら、水晶玉が入ってる。って事は全部見えてるのかな?」

『ふっふっふっ。我が砦に何用だ』


 あ。元気になった。

「別に用ってほどじゃ無いんだけど。

 最近ふもとの村でちょっとした騒ぎになってる事。知ってる?」

 はたから見てるとノッカーのライオンに話しかける魔道士って。ただのヤバいやつだよね。


『我がしもべ魔族エンヴィの事かな?』

 悪の魔道士然とした物言い。こっちは自分に酔ってるただのバカだな。

「名前なんて知らないわよ。

 でも、騒ぎに一枚噛んでる事は確かみたいね」

 アリシアの整った顔が悪魔の微笑みを見せた。



「ふーん……。

 じゃ、エンヴィくんに会いに行こうかな」

 おやぁ?


 さっきまでの怠け者な態度から一変。

 重そうな木戸を押し、室内に足を踏み入れる。


 正面の大階段。天使の降臨を描いた大きなステンドグラス。荘厳なシャンデリア。

 午後の柔らかい日差しを取り入れて、美しく輝いて……いたのだろう。昔は。


 今は全体的に薄汚れ。ホコリにまみれてくすんでいる。


「あら。お高そうな調度品。

 そう言えば昔の貴族の別荘って言ってたわね」

「急に乗り気になったじゃない」

 あたしの一言にクスリと笑う。


「あのノッカーに付いてた水晶玉。映ったものが室内の水晶玉に映し出されるのよ。

 魔力の無い人間でも扱える。魔法の品マジック・アイテムなんだけど。


 めちゃめちゃ高額なの。

 今の男が作ったのか、買ったのか、元々住んでた貴族とやらの忘れ物か。

 貴族ってそういうの好きそうだし」

 うっとりと遠くを見つめる眼差しは、まるで恋する乙女のようでいて。


「金にモノ言わせて魔法の品マジック・アイテムを買い漁る。なんてステキなカモなのかしら」



「で」

 数カ所の扉を開けたところで、あたし達はどうやら迷子になったらしかった。

 だだっ広いってわけでもないんだけど、開けても開けてもパーティールームとか、普通のドアなのに開けたら広い黄金トイレなんて部屋もあった。

 変な作り。


 グルルルルゥゥゥ。

 シュハアアァァァァッッ。


「変な音したね」

 真っ赤な絨毯じゅうたんが敷かれた廊下の突き当たりにある大きな扉。

 ライオンのノッカーでもあった〈イヤな感じ〉がビリビリと伝わってくる。

 どうやら終着点に着いたらしい。



 ぎぎぎぎぃぃっ。

 暗く軋んだ音を立てて、重い木戸を押し開く。


「ようこそ」

 年の頃二十代後半。黒いローブをまとった男が石の玉座から両手を広げ立ち上がった。


 石壁造りの冷たい部屋。所々に掲げられた魔法の光が辺りを薄暗く照らしている。

 ざっと見回した感じはさしずめ拷問部屋って印象。


 キシャャァァァッッ。

 玉座の奥。太い鉄格子をはめたさらにその奥は一層薄暗く、闇が濃い・・・・

 どうやら、〈イヤな感じ〉の張本人。エンヴィ。


「ふーん」

 薄暗い部屋の中で何とも浮いて見えるアリシアがその一点を凝視した。

「こんな片田舎で会うには随分と厄介なものを召喚したわね」


「何アレ?」

「くっくっくっ。これこそがっ、」

「そうねぇ。今までいろいろ魔物モンスターは見てきたけど」

「我が忠実なるっ

 ごばぁっっ」

 アリシアが無言で投げた調度品の銀の壺が、見事に顔面にヒットした。


 痛そぉ。


 ツカツカと石貼りの床を行き、男の胸ぐらを掴むと石の玉座に押し戻す。

「うるっさいのよ」

「あ。ごめんなさい」


 なまじ整った顔をしている分、凄むと迫力が増す。

「と、見せかけて烈火壁ファイヤー・ウオールっ!」

 突如とつじょ、アリシアめがけて炎の壁が立ち上ったっ!

「っっ!」



 立ち昇る炎の中、にまぁっと笑う深いエメラルドの瞳。

 マジ怖い。夢に出る。


「あ。あれ?」

 結構完璧なタイミングで放った呪文だっただけに、男の放心たるや、可哀想なくらい。


「バカね。魔道士同業者に近づくのに結界も張らずにいるわけ無いでしょう?

 戦い慣れてない人はこれだから」


 炎の消えた後、焦げ目ひとつ付けずに、柔らかな髪をふわりとかきあげる。


「さてと、めんどくさいから一緒に麓まで降りて、全部自分がやりました。

 って言ってくれるかしら?」

 魔力も性格も、うちの怠け者レイジーには敵わない。


「全部? とは……」

 そういえば、なんであたし達がここに来たのかちゃんと話してなかったかも。

「麓の村で家畜が消えたり、山菜採り中に襲われたりしたんだってさ。

 お兄さん何か知ってる?」


 ゆっくりと、完全に腰の引けた男に近づく。

 スラッと刃物の擦れる音と共に、あたしは腰のロングソードを引き抜いた。



「ひぃっ。

 ご、強盗ですか?」

「質問してるの、こっちだから」

 ドスッと玉座に剣をたてる。


「はい。家畜、盗みました。エンヴィを餌付えづけをしようと」

「山菜は?」

「や、野菜も必要かと」

「バカなの?」


 呆れたようなアリシアの一言。

 さっきまでの気取った悪役調からは、見るも無残な狼狽ろうばいっぷり。


「で、アレ。何を召喚したのよ?」

 あたしがアゴで指す。

「レッサーデーモンです」

「にしてはデカくない?」

 太い鉄格子の檻の中には象くらいの魔物モンスター。あたしはデカくても牛くらいの大きさまでしか見た事ない。


 レッサーデーモンは最下級魔族。

 なんて言われて、普通に暮らしているような人達には充分脅威きょういだけど、大体一年死なずに旅が出来るくらいの実力があれば、どうにか倒せるレベルの魔物モンスターだ。


光球ライティングっ」

 薄暗い部屋に慣れた目には少し眩しいくらいの光の玉が、アリシアの意思に応じてふよふよとおりの方へ飛んでいく。


 キシャャァァァッッ。

 エンヴィは光を嫌がるように威嚇いかくの声を出してきた。

「おぉ、暴れてる」

 大型の狼やケルベロスを思わせるフォルム。


「ふーん。檻の中に魔法陣を引いて召喚したんだ。

 あんた、レッサーデーモンが何食べて大きくなるか知ってる?」

 檻に近づいて中をよく見ようとするアリシアの問いかけに、応えない男の口元が歪む。


 近づき過ぎっ。

 ザッとアリシアを追って跳んだ瞬間、檻の隙間から黒い何かが飛び出してくるっ!


【後編っ!に続く】

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