第139話 疋壇城の死闘③
「いざ雪辱を果たさん」
佐久間隊は先日の復讐とばかりに突撃を開始。
朝倉方の放つ銃弾を掻い潜り、城門まで到達するとこれを打ち破りにかかったのである。
城壁の上からは慌てて銃口が向けられたが、逆に撃ち返されてばたばたと朝倉方の狙撃手も落とされていくなど、城門付近での戦闘は熾烈を極めた。
次々に城壁に取り付き始めた佐久間隊に対し、これを引き剥がそうと鉄砲隊の銃口がさらに激しく火を噴き始める。
色葉の考案により、疋壇城の長城を為している城壁は稜堡を為しており、単純に垂直で高いだけではない。
これは互いの足元を補うことが可能で、効果的な迎撃が可能になるからである。
そのため取り付いた佐久間隊の被害は甚大であったが、決して後退はしなかった。
盛政は本隊の突撃のために、全滅覚悟で攻めかかっていたのである。
果たして佐久間隊はほぼ壊滅したが、時をおかずに柴田勝家の本隊が攻め寄せてきた。
数も勢いを段違いの猛攻に、しかし迎え撃つ朝倉方の鉄砲隊は疲労の極みにあり、しかも少なからずの被害も出ていたため、万全の迎撃には至らない。
城門が破られることが確実であると判断した晴景は、城門の内側に兵を展開させてこれを迎え撃つ構えをとった。
城門の入口を半包囲して囲み、鉄砲や矢などの射撃武器によってその頭を叩き、効率よく敵を撃退する心積もりである。
「あれの用意を!」
さらに晴景は景建に命じて準備を整えさせる。
城門が叩きつけられる不気味な音が響く中、大したものだと晴景は思わざるを得なかった。
この疋壇城は色葉が手ずから考案して改修させ、銭を惜しまずに兵や武器を配備した鉄壁の長城である。
晴景自身、常備されている三千の兵でもってこれを十二分に撃退できると踏んでいたのだが、実際にはこの様で、このままでは確実に突破されるだろう。
もちろん、それを為した織田方の兵の損耗は凄まじいことになっているはずだが、それを恐れずに攻め寄せてくる柴田勝家の猛将ぶりを感心する一方で、恐れもしたのだった。
「あるいは色葉でも敵わんかもな」
晴景の知る限り、色葉もまた戦場にあっては鬼神のごとき猛将である。
滅多にすることは無いが、稀に自ら槍をもって敵中に吶喊することがあり、その後には屍しか残らないとか。
例えば越後では樺沢城攻め。
これに同行した姉小路頼綱などは、やはりあれは鬼に違いないと述懐したとか。
また最近では後瀬山城攻めが挙げられる。
若狭から合流した山崎景成の話によれば、これもまた色葉の活躍で城兵は血祭りにあげられたとか。
そんな色葉を前にしてもまったく引けを取らないと思えるのが、この柴田勝家だったのである。
「なればこそ負けられぬ」
僅かな瞑目の間に、城門が悲鳴を上げた。
「破られるぞ!」
誰かが叫ぶ。
「合図を待て!」
身構える中、ついに城門が破壊された。
同時に鬨の声が木霊し、一斉に敵兵が雪崩れ込んでくる。
が、全面に押し出されたのは大量の竹束であった。
敵もさる者引っ掻くものである。
突入と同時に銃撃されることを読んで、無謀な突撃は仕掛けなかったのだろう。
「だが甘い。撃てぇ!」
晴景の合図のもと、銃声とは違う轟音が響き渡った。
撃ち込まれた銃弾ならぬ砲弾は、竹束もろとも背後の敵兵を吹き飛ばし、もみくちゃにしていく。
火を噴いたのは国崩しとも称された大筒――この場に配備されていたのはいわゆるカルバリン砲であった。
これは他国から得た技術をもとに製造されたものではなく、色葉が一乗谷にて作らせたものの一つで、その詳細を知るものは少ない。
ただその威力は火縄銃の比ではないことは、一目瞭然であった。
出鼻を挫かれた柴田隊であったが、怯んだのも一瞬で再び開いた城門に向かって突入してくる。
「鉄砲隊、撃てぃ! 続けて長槍隊は槍を構えよ!」
城門を挟んでの一進一退の攻防。
夜通し行われた死闘は、実に夜明けまで繰り広げられることになるのだった。
◇
「朝倉晴景か。なかなかの武者ぶり」
夜更けになっても続けられる攻城戦の中、柴田勝家もまた敵将に対して称賛を送っていた。
こちらの幾度にも渡る攻撃をことごとく撥ね退け、時には自ら打って出て戦う様は、なるほど勇将といったところだろう。
「だがこれまでよ。一度食いついたからには二度と離さん」
多大な犠牲を強いて城門を食い破ったのである。
ここで退いては全てが無駄になってしまう。
そのため勝家は絶対にこれを落とすつもりでいた。
被害は甚大なためこの先の進軍はままならなくなるであろうが、この疋壇城さえ落としてしまえば、後の戦局が優位になることは疑いようもなかったからである。
「よく粘るが衆寡敵せずか。惜しいぞ。同数の決戦ならばどう転ぶか分からなかったであろうが――」
「申し上げます!」
陣頭指揮をとる勝家の元へと急使がもたらされたのは、夜が白んできた頃のことであった。
「如何したか」
「塩津城陥落! 背後に敵が迫っておりまする!」
「なんと!」
さしもの勝家も愕然とした。
退路が断たれたのである。
「後備の原長頼様がすでに交戦されております!」
「敵は何者か」
「武田元明を総大将に、北条景広が先鋒であると見受けまする!」
突破まであと少しというところで、勝家は窮地に陥ることになった。
これはかつて、織田信長が経験した金ヶ崎の退き口を上回る死地であったといえる。
信長は当時、挟撃を避けるために速やかに撤退を決意し、敦賀から朽木を越えて京へと逃れている。
しかし今回の織田勢は塩津街道の真っただ中にあり、引くか進むかしかできず、その両方がすでに塞がれていたのだった。
「敵の数は」
「およそ一万」
「…………」
背後が脅かされた以上、動揺が全軍に伝わればあっという間に瓦解するだろう。
となれば潰走してしまう。
進むか、退くか。
疋壇城の将兵にもはや余力が無いことは間違いない。
背を向けても追撃の可能性は高くないが、敵には猛将の磯野員昌がいる。
この機を逃すとも思えない。
しかしこの窮地を脱するには余力のあるうちに兵をまとめ、転進し、背後の敵と一戦交えてこれを突破し、長浜に撤退するしか道は無いだろう。
それとて賭けには違いないが。
「ええい、口惜しいことよ。この柴田勝家もこれまでか」
覚悟を決めた勝家は、ただちに伝令をとばして後退を開始。軍の再編を急がせた。
突如撤退を始めた柴田隊を、不審に思ったのは疋壇城守備隊である。
柴田隊による猛攻により、敗北寸前であった朝倉方は勝家の撤退指示をいぶかしんだものの、即座に追うことはできなかった。
まるでその余力が無かったからである。
「これは如何したことか」
「妙ですね」
息も絶え絶えに疲労困憊の晴景の隣で、雪葉は息一つ乱さずに小首を傾げてみせる。
「敵の罠だとしても、ここでする理由がわかりません……。晴景様、わたくしが偵察に参りますのでその間に少しでも体勢の立て直しを」
「しかしそなたとて疲れたであろう……?」
「これしきは何ほどのことでもありません。ご所望ならば、あと百や二百程度の首ならば、取って参りますが」
「い、いや、それには及ばん。状況の確認のみを頼む」
「かしこまりました」
一礼し、雪葉は単騎で城外へと躍り出た。
敵兵は明らかに慌てた様子で撤退を始めている。
陽動とは思えない必死さが、そこにはあった。
「これは、まさか」
確信を得るために、雪葉は撤退する織田勢を避けるようにして先へと進んだ。
そして進めば進むほど、殺気が満ちてくる。
間違いなく合戦が行われているのだ。
しかし織田勢の背後で。
つまりその後背を襲った何者かがいる、というわけである。
当然、友軍である可能性が高い。
そして更に進んだ雪葉は、戦場にて雑兵を蹴散らし、ついには柴田勝家と一騎打ちに及んでいる女武者を目にすることになる。
「やはり、乙葉様でしたか」
思わず、雪葉は微笑んだのだった。
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