第28話 悔恨と提案
◇
館へと戻ったわたしは、とりあえず自分の部屋にこの雪女を放り込み、その上にアカシアを放り投げて言った。
「容態を診ておけ。わたしは先に直隆を診る」
『畏まりました』
アカシアの返事を耳にしつつ、別の部屋に運び込まれた直隆の元へと足早に向かう。
命を助けることを優先するのなら、直隆よりもあの少女を先に診るべきかもしれない。わたしが見ても重傷だったからだ。
対して直隆はその損傷こそ甚大であるものの、恐らくわたしがいれば復活は難しくない。というかわたしが存在する限り、滅びることさえできないのではないかとすら思っている。
それでも直隆を優先させたのは、ただの感情の問題だ。
……先ほどの貞宗の時にも思ったけど、案外合理的に行動できず、感情で動いてしまうのが自分の性らしい。
やはり諫めてくれる存在は必要かもしれない。
それでもそれを認めると、貞宗が正しいと認めることになってしまうので、何やら悔しくてその先は考えないことにした。
……まあ、いい。
その話は後だ。
「……ずいぶん手酷くやられたな」
ぼろぼろになった直隆を見下ろしつつ、わたしは自身の妖気を高めていく。
多分これだけで再生するはずだった。
そこらの骸兵であるならば、再生も早いのだが……さすがに直隆くらいの水準になると、回復にも時間がかかるらしい。
ややもどかしく思い、自身の中で未だ馴染んでいない未消化の魂をいくつか取り出すと、妖気と絡めて直隆に与えてやる。
効果は劇的で、損傷が一気に直っていくのが分かった。
「負傷に対する見舞だ。もう少し強くなって今後も忠義に励め」
「これ、は……」
口の部分の損傷が治ったことで、直隆は驚いたように口を開く。
それも当然で、以前よりも力が増したはずなのだから。
それでもあの女にはとうてい及ばないだろう。
わたし自身、単純な技術では敵わないことを自覚している。
単純にその耐久力のおかげで、負けなかったというだけのことだ。
やはり今の力に満足してしまうことは危険だろう。
白川郷であったあの鈴鹿という鬼のように、この世にはわたしよりも勝る存在が多数いると思った方が賢明だ。
となると国を統治していく一方で、自分も強くなる必要があるというわけだ。
ひとの魂を食らうことで存在力の底上げは可能であるものの、馴染むのに時間がかかるのが欠点である。
アカシア曰く、越前平定の際に得た魂は数千に及ぶものの、それがわたしの魂に力として馴染んだのは、まだ全体の一割にも満たないとか。
こうなると、無暗に魂をかき集めれば手っ取り早く強くなれる――というわけでもないということになる。
やはり技術は自ら学ばなければならないといことだろう。
となると富田景政に指南してもらうのが一番かもしれない。
「敗れたにも拘わらず、このような温情を――」
「礼はいい。今は休め」
そうとだけ告げると、わたしは踵を返して自身の寝室へと戻る。
全身が血塗れで湯浴みでもしたかったが、後だ。
部屋に入れば、放り込んだ時の同じ格好のまま、少女が倒れている。
死んでは……いないか。
異様に室内が寒くなっているのも、その証拠だろう。
「どうだ?」
『この者の検索は終えております。胸部に追った刀傷が、致命傷になっているようです』
致命傷、か。
簡潔なアカシアの説明に、やはりなと頷く。
要は助からないということだろう。
「雪ん子……だったか? 妖なのだろうが、そうなのか?」
『ひととは異なる存在であることは疑いようもありません。すでに致命傷でありながら、未だに生きながらえているのは、この季節とも無縁ではないでしょう』
「季節……ああ、冬か。しかも雪も積もっているし」
何にしろ、助け損か。
いや……そもそも助けてもいない。
『主様?』
「ん、なんだ?」
『この者を助けようとお考えなのですか?』
そんなことを聞かれてきょとんとなる。
「別に積極的に助けるつもりもないというのが正直なところだったんだが。ただ助かるのなら助けてもいいとも思って連れてきただけだ。何かしらの情報源にはなるだろうしな。とはいっても、もう手遅れなんだろう?」
『通常の手段では不可能でしょう。この刀傷――いえ、使用された刀自体が、通常の武器ではなかったと推察します。それが、身体というよりこの者の魂を損傷させているようですので』
「つまり、食い応えも無いということか」
そういえば妖の魂というのは食べたことが無い。
美味しいのだろうか。
考えもしなかったけど、ちょっと興味は湧いてくる。
ん……?
いや、味の話じゃなくて、どうも今のアカシアの口ぶりだと、通常の手段では助けることができない――つまり、何か特殊な方法であれば助けることができると、そういう風に聞こえるのではないか。
「助けられるのか?」
『可能です。主様が備蓄している魂を使用し、補完して、その魂を創造し直すのです。そうすれば、肉体の損傷も魂の強度に合わせて復活すると推察します』
何やら難しいことを言ってくる。
「まるで生命の創造みたいなことを言ってるように聞こえるんだが」
『大筋ではその通りです』
その通りなのか。そうか、なるほど……。
『ちなみに主様が現在所有する未消化の魂は、三千六百十三個です。必要最低の魂は二十六個です。そしてその数は任意に増やすことも可能です』
二十六個って、結構な数である。
先ほど直隆にやった魂は、四個だった。
それでもそれなりに、直隆の存在力は向上したはずなのだが。
それが二十六個。かなりの消耗である。言い換えれば二十六人分の人を生贄に捧げるのと同義だろう。
「話を聞くだけに、そこまでする価値があるのか?」
『それは主様のお考え次第かと思います』
「わたしの?」
『……私の考えを申し上げてよろしいでしょうか』
珍しく改まって、アカシアがそんなことを言ってきた。
妙な雰囲気に、少しだけ襟を正す。
「構わない。言え」
『では。私はその者を救うべきであると考えます。正確には、利用すべきだと』
「利用?」
『はい。今回のことで痛感しましたが、主様はお一人過ぎます。その身を守る者とていないのです』
一人って。
「お前がいるだろう?」
『はい。しかし無力でした』
その言葉には、忸怩たるものが含まれていた。
それで何となく察する。
「まさかさっきのを恥じているのか?」
あの女の放った炎にまかれた時のことだろう。
あの時のアカシアの動揺は尋常ではなく、わたしでさえ驚いたのだ。
『私のせいで、主様にあのような醜態をさらさせることになり、本当に申し訳なく……』
「いい、と言っただろう? 第一本であるお前が火を恐れるのは至極当然のことじゃないのか?」
『ですが』
「いいと言った。それよりもだから何だと言いたいんだ?」
気になるのはアカシアが何を考えているのかだ。
『傍に仕える者が必要かと思うのです』
「……家臣ならだいぶ増えたぞ?」
『あれらは主様の奴隷に過ぎません。人の世を統治する助けにはなりましょうが、その御身を守るにはあまりに力不足です』
奴隷って……相変わらずわたしよりも過激な思考の持ち主である。
わたしもそういう表現をすることはあるけど、別段本意というわけでもない。その場の勢いや冗談の類だ。
しかしアカシアの場合、本気でそう思っている節がある。
「直隆らは?」
『亡者を束ねさすには十分でしょうが、個人的な戦力としては不足かと』
今回のことがいい証明であるとも言いたげである。
「ふうん……つまりアカシアは、お前が認めた臣下を持てと言いたいわけだな?」
しかも話の流れからして、それをこの雪女にさせようというのだろう。
『はい。この者を利用する利点はいくつかあります。まず主様と同じ妖であるということ。これは主様をより理解し易い存在であるといえます。また事情は分かりませんが、ここに主様を求めて参ったことは疑いようもなく……しかも慕っている様子。その忠誠は得られやすいかと思います。また同性であることも考慮すべきです。今の主様には身の回りの世話をする者がおりません。この者であれば打って付けかと思われます』
「なるほど。確かに妖の家臣というのは……まだいなかったよな」
例外が堀江景忠であるが、あの一族は妖の血をひいているひとであるとした方が、適当だろう。
「とはいえアカシア、この小娘を使うとしても、わたしを守れるような強さなどあるのか? どう見てもそこらの雑兵よりも劣るようにしか見えないが」
実際ここで死にかけている始末である。
『ですから主様。主様が私の意見に賛同下さるのであれば、その魂を下賜していただきたく思うのです』
「魂を? ……ああ、なるほど。つまり二十六個ではまるで足りたいと言いたいわけか。逆に使用した魂の数だけ、戦力になると」
『その通りです。助けるだけなら二十六個。しかし二百八十四個、最低でも下賜していただければ、私が望む最低の水準を満たすことが可能です。何より、私との交感が可能となる存在値までその存在力が上昇するでしょうから、その上でこの者は私にお預け下さいませ。使える者になるよう、教育と指導を施したく思います』
「なるほど……な」
少しだけわたしは考え込んだ。
アカシアの言うことは理に適っている。
あの信濃巫の女がどうやってあんな力を得たのかは知らないが、あれはかなりの脅威だ。あれに対抗できる個人の戦力は、この朝倉においてはわたししかいない。
これは確かに由々しきことだろう。
わたしはこの国の統治にあたって、ここしばらく行政や内政、外政に詳しい者ばかりを集め、わたし自身それらに学んではいたが、個人的武勇に優れた者に関してはさほど積極的に収集しようとはしていなかった。
それは自分自身が圧倒的に強かったからであり、さほど身の心配をしていなかったからでもある。
だが今回のことで、それが甘かったことが露呈した。
あの女は武田信玄が他殺されたようなことを言っていたが、真偽はともかく暗殺というのは非常に恐ろしい手段でもある。
仮に私が殺されなくても今いる家臣どもを狙われていったら、統治は立ち行かなくなってしまう。
どれほど力があっても、わたし一人ではできることなど限られているからだ。
「わたしだけでなく、例えば景鏡などを守るような存在も必要というわけか。その実験としてこの雪女を使う――そういうことでいいか? アカシア」
『私は主様の命さえ無事ならば、他の奴隷どもの命など気にも致しませんが、主様の目的のために必要とあれば、そのお考えは正しいかと思います。そのためにも、この者に力と、私に育てることをお許し下さい』
「ふうん……」
アカシアが自ら育てたいと言うのは、荒事に関しては自分が無力であると痛感したからだろうな。
だからこそ手足になるような者を欲している……といったところか。
「別に否やはない。それに貞宗からも言われていたことだしな」
側仕え云々の話である。
この小娘が役に立つようになるのなら、貞宗も多少は忙しさから解放されることになる。
『それでは――』
「魂なら全部持っていけ。折角なら今ある材料で最高のものを作って寄越せ。中途半端など、面白くもないだろう?」
『――――! 承りました!』
ようやくというか何というか、アカシアが嬉しそうな声を上げて喜びを表にする。
どうせ魂など、戦が起きればかき集めることができる。
そしてこの時代ならば、今後も幾度となく起きることだろう。
「全て任せる。良きにしろ」
『はい!』
アカシアが元気になったのはいいことだ。
この小娘も役に立ちそうだし、後は……あの信濃巫の女か。
貞宗がうまくやっていればいいけど……。
うん……くそ。
思い出して少し苦い気分になる。
冷静の上に冷静になったことで、少し貞宗に悪いことをしたかという気にもなってきたのだ。
あいつはあいつなりにわたしのことを考えた上での行動だったはずで……それは分かるんだけど、でもだからといって…………うぅ、何だこの気分の悪さは……。
まるで喧嘩でもした後の後味の悪さにも似ている。
こういう時は、先に謝ってしまった方が気分が楽になる。
でも家臣に謝るなんて……。
ああ、もう!
「やっぱり一度殴ってから謝る。それで全て終わり。後腐れ無し。それがいいかも!」
『それでは主様の謝罪を聞く前に貞宗が死亡します』
冷静な突っ込みが入り、わたしは頬を引きつらせた。
「じゃあ謝ってから一発殴らせろと言うのは?」
『どちらにせよ貞宗は死ぬかと思いますが』
「手加減するに決まっているだろう!」
『軽く殴っても主様の場合、頭蓋が砕けます』
「……お前、どうして貞宗にはそんなに甘いんだ? 人間の家臣なんか奴隷とか言っているくせに」
『奴隷であることには変わりません。しかしあれは私が主様に薦めた人間ですので……ご趣味で拷問などはよろしいかと思いますが、殺してしまうのはいただけないかと』
拷問ならいいのか。というか趣味って何なんだ。
よく分からないよな、アカシアって……。
「わかったわかった。落ち着いたら話してみよう」
『それがよろしいかと思います』
少し拗ねたように、わたしは唇を尖らせたのだった。
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