第2話 出 航
Departure
『見えない敵ほど、恐いものはない』
人類は、惑星地球を征服し、我がもののように支配してきた。しかし、見えない敵との数々の戦いがあった。見えない敵とは、細菌やウィルス、電磁波や放射線。
中でも100年毎に繰り返されたウィルスとの闘いでは、パンデミックを引き起こした。その闘いには、甚大なる犠牲を払うことになったが辛うじて勝利した。
そして
核開発がもたらす放射能の悲劇は、総人口100憶もの繁栄を、百分の一まで衰退させた。
戦いは完敗だった。命のハーモニー溢れる美しい大自然の調和を崩した。
挙句の果てに、人類は母なる星から逃げ出した―――
「おおー、なんと罪深く愚かなことか?」
殺戮の歴史を積み重ねて来た身勝手な人類にとって、自らが招いた因果応報。自業自得なのだ。
最も恐ろしい見えない敵とは―――
「人間自身に潜む、心の闇かも知れない?」
やがて人間の飽くなき開拓欲は、とうとう宇宙へと羽ばたいた。
『宇宙、それは最後のフロンティア』
20世紀の遠い昔、当時人気を博した宇宙船が活躍するSF映画の一節だが。今まさに人類は、最後の開拓の地に足を踏み入れたのである。
そして今―――
四角い宇宙船の丸窓越しに、蒼白の惑星がゆっくりと遠ざかる。
色褪せた大地は、免疫不全の病魔に侵されたように
かつてBLUE EARTHと呼ばれた麗姿は、もうそこには無い。
永遠の別れを感じさせるその青白さは、悲愴感さえ漂う。
黙って眺めていると、寂しさよりも悲しさよりも、憤慨の念が込み上げてくる。
「もうあんなに、小さいわ……」
私の肩で、残念そうに呟いたケイトの目が赤かった。
「……ああっ」
窓に張りついていた私は、返す言葉も浮かばない。
私の大事な天使のか細い肩を抱き寄せ、眺め続けるだけだった。
◆宇宙日誌◆ 西暦2201.4.15 ログイン⇒
西暦23世紀初頭。地上は神から見放され、悪魔の支配が色濃くなっていた。
地球は見えざる洪水に飲み込まれた。
そんな悪魔の洪水から逃れるため、新型宇宙船SSアーク号は、宇宙ステーションCOSMO ISLANDを出航した。小さな移民団と地球を代表する生物のDNAサンプルを乗せて、新天地を目指している。
私の名はノア・エイロン(Noah Aron)。出航間際にSSアーク号新船長に任命された。
本船の航海記録『宇宙日誌』は、今日から私の責務となる。Video Logが通例だが、私はVoice Logで行うことにした。その方が人目も気にせず記録できる。
例えば、下着姿でも構わないし、情事の女性が寄り添っていても心配ない。
……という冗談はさて置き、実は趣味である古典音楽鑑賞が楽しめる。
好きな曲をBGMに録音することで、面倒な日誌にも楽しみが加わるからだ。
記録媒体には新開発のリング状光ディスク『RPD』を用いる。コンパクトな掌サイズで、虹色に輝くディスクは耐久性にも優れる。
因みに、再生装置は不要で、肉声などをダイレクトに録音・再生する。マイクやスピーカーなどと言う骨董品も不要。ディスク周囲の空気分子を直接振動させることで、空間にその仮想装置を構築して行う。
私は、『
更に、電源などと言う外部からのエネルギー供給は不要。基材内部の格子振動量子(Phonon)を、電子流(Electron)に変換することで内部的に電源を得ている。
この技術を応用すれば、フォノン量子電池の開発にも繋がる。量子電池は夢の永久動力源として、人類のエネルギー問題は解消されることになるだろう。
これら量子工学の技術は、生命工学専攻の私にとって専門外の分野だが。趣味が高じて発明にまで至ってしまった自慢の装置だ。
ところで、私の趣味である20世紀のプログレッシヴ音楽は、今聴いても音のクオリティは高く、古典どころか未来の音楽のようだ。そのスペーシィな曲調は、宇宙の音楽と呼んでもいい。
今流れている記念碑的BGM第一号には、私のベストワン ♯ Shine on You Star Diamonds ♪をセレクトした。
深遠なる大宇宙を想起させるゆったりとしたストリングスの透明感溢れる旋律は、大航海の始まりに相応しい。甘くすすり泣くギターの音色は、初の長旅となる私の心の緊張を和らげてくれる。
さて、COSMO ISLANDを出航してから3日目を迎え、間もなく月軌道に到達する。
地球を挟んで反対側に位置するため、
『母なる地球』
……今となっては何もかもが、皆懐かしい。
新型宇宙船の処女航海は、幸運にも大きなトラブルも無く順調だ。
==以上、ログアウト ◇◆
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