第45話 旧校舎へ

 午後3時。


 あれほどの警戒が間違いであったかのように、何事もなく学校の一日は終わった。


 ウツロと真田龍子さなだ りょうこは帰り支度をしていた。


 彼ら以外の生徒はみな、すでにはけている。


「真田さん」


 教室の外からの呼びかけに、二人はそちらへ顔を向けた。


「先輩」


 日下部百合香くさかべ ゆりかがそこに立っている。


「部活で使う資料を音楽室から運びたいんだけれど、ちょっと手伝ってくれないかしら?」


 彼女はそう言った。


「それなら俺も手伝いますよ」


 機転を利かせたウツロがそう答えた。


「そう? じゃあ、申し訳ないけれど、佐伯くんにも力を貸してもらおうかしら」


 こんなふうになんでもない流れで、三人は音楽室へと向かった。


   *


 ウツロが目を覚ましたとき、音楽室には彼以外、誰もいなかった。


「う……」


 首の後ろににぶい痛みがある。


 あのとき、二人に続いて自分が音楽室へ入ったとき。


 何者かに当身を食らわせられ、気を失ったのだ。


 なんだ?


 いったい何が起こっている?


 猛烈な胸騒ぎがする。


 日下部先輩は?


 龍子はどこへ消えた?


 まずい、まさか、まさか……


「そうだ、携帯のGPSアプリ……」


 ウツロは端末を起動し、真田龍子の位置を探ろうと思った。


「ない……」


 ブレザーに忍ばせていたはずの携帯がない。


「くそっ……」


 ウツロは焦った。


 何かが起こっている。


 俺としたことが……


 彼は頭を冷静にし、彼にしかできない行動を取った。


(虫たちよ、頼む、龍子の居場所を教えてくれ……!)


 ウツロはそう念じた。


「いた、そこか……!」


 黒帝高校こくていこうこうの東側のはずれにある旧校舎。


 中庭のモミの木にとまっているテントウムシの目が捉えた。


 気絶した真田龍子を氷潟夕真ひがた ゆうまがかついで、そのかたわらでは刀子朱利かたなご しゅりが笑っている。


「おのれ、刀子朱利……!」


 ウツロは怒り狂った。


「龍子、待ってろ、いま助けにいく……!」


 彼は旧校舎へ向け、駿馬のごとく走った。


 その様子を観察していた、別の影の存在にも気づかずに――

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