第103話



「……む……?」


 ラグラドヴァリエが、揺らしていた扇を止めました。

 じっと、わたしを……

 ガルマガルミアをはすに構えて、ゆっくりと歩み寄るわたしを見つめています。


 なにかある、のはもう見たらわかるでしょう。

 ブキミだ、と用心してくれるだけでもかまいません。

 遠距離攻撃を撃たせるだけなら、これでじゅうぶんかも――


「くッ!?」


 ガガキィン!!


 ぎりぎりで、わたしの受けが間に合った音がしました。

 突っこんできたラグラドヴァリエが、宙を三角に飛んで距離を取ります。

 ……どういう挙動ですか。


 相手の手札の底が見えません。

 切っ先を向けても、まるで牽制にすらなりません。

 これなら最初から、防御に徹したほうがマシ……

 けれどそれでは、相手にとって至福のヒット&アウェイが続くでしょう。


「そうはさせません、と言えればいいんですがね……」


「ゼルス直伝の戦い方は、そんなものかの?」


「はい?」


「貴様はゼルスの弟子であろ?」


 お答えいたしかねます。

 魔王様の意図を把握できているわけでは、決してありませんが。

 この問いに、気構えなく反応するべきでないことくらい、わかります。


「思い切りがないのう、なんというかのう。のらりくらりもよいが、師匠ゆずりのつもりか?」


「…………」


「及んでおらぬぞ、あのゼルスには。このわらわをして、あやつの考えは読めなんだ。しかし、貴様の考えは読むまでもない……魔王の弟子にしては、程度の低い勇者よ」


「わたしは魔王様の性的なアレです」


「ほほほ、これこれ……」


「それ以上でも以下でもありません」


「性的なアレが持つものとして、ガルマガルミアは重すぎやせんかの?」


 ……当然、剣のことは知られておりますか……

 しかし。スキルは。

 この剣の固有スキルのことは、知られていないでしょう。


 というより。

 ない、と思われているでしょうから。


「どこで拾ったものか知らぬが、『神に見放された聖剣』など、よくもまあ後生大事に。それにだまくらかされたのだとすれば、ゼルスめも案外、学がないのう」


「だます……?」


「誰もが考えることであろ? 魔王と勇者、魔族と人間。邪と聖が力を合わせれば、この世の支配もたやすいはず、と」


「誰もがとおっしゃるのであれば、貴女も考えているということでしょうか」


「ほ。きょほほほ、これはしくじった。わらわはウソがつけんタイプでのう」


 ゆら、とガルマガルミアの切っ先を適当に遊ばせ、わたしはじりじり距離を詰めます。

 思い切りがない……

 攻めるなら攻める、守るなら守る。

 なるほど妥当かつ基本です。


 ですが……

 これが、わたしとガルマ・・・・・・・ガルミア・・・・

 魔王様はおろか、マロネ様から1本奪えたことも、いまだありませんが。

 ラグラドヴァリエに、遠距離攻撃を強制するだけでいいならば……


 ズン


「……テミティ様」


 わたしとラグラドヴァリエの直線上に、テミティ様が割り込みました。

 視界にまったく影響がないのが、なんとも愛らしいところではありますが。

 彼女は彼女で、ラグラドヴァリエの遠距離攻撃を誘っているはず。

 この行動の意味は……?


 …………

 ……なるほど。


「闇も、光も……同じことぞ」


 ラグラドヴァリエが笑います。

 美しい。

 しかし狂った笑みです。


「わらわのために在るのでなければ、闇も光も喰ろうてやる」


「笑止。お前だけの問題」


「なに……? なんぞ言うたか、ちっちゃいの」


「闇でもなし。光でもなし。中途半端な、お前だけの問題」


 ラグラドヴァリエの両目が、たちまちつり上がったように見えました。

 初めて表に出す、怒りの感情。

 しかし、ラグラドヴァリエは……闇の存在なのでは?


「……土中をのたうつ下等生物ごときが……」


「失笑。わたくしは高等。お前よりも。すなわちドワーフは高等」


「ほざけッ!!」


 ドンッ!!


 とくうを鳴らして突進したラグラドヴァリエの猛連撃が、テミティ様の鎧を火花で包みます。

 すさまじい――目で追うのも困難なほどの集中打。

 扇だけではない、背中の翼と尾までも使った、これが最大打撃でしょう。


 けれど。

 ラグラドヴァリエにも、もうわかっているはずです。

 テミティ様は近接攻撃では倒せない。

 打とうが切ろうが叩こうが、動きをにぶらせすらしないのです。


 知った上での継続か、怒りに我を忘れたか。

 あるいは……


「――!――」


 アリーシャこちらを狙うための布石か。


 空気が動くのを感じた瞬間、わたしも動いていました。

 歩幅を狭く、

 距離を短く、

 そのぶん鋭く、聖剣を振り抜きます。


 ガルマガルミア・タード、固有スキル。


「<不滅の道アタナシアロード>」


「よくぞ気づいた!! が、遅いッ――」


 わたしの反応をほめがてら、ラグラドヴァリエが姿をかき消します。

 すさまじい速度でわたしの左側に回りこんだ、

 という結果が導き出せます・・・・・・


 わたしは左に体を入れ替え、ラグラドヴァリエの扇を剣で受けました。

 その瞬間にはもう、やつはわたしの背後に――

 つまり、回りこむ前の右側・・に再度回りこんで、


 バシュッ


「つッ……、な、っう……っ?」


 小さくうめき、まばたきほどの間、動きを止めました。

 今っ、


「だッ!!」


 渾身の力で袈裟がけに振り抜いたガルマガルミアが、ラグラドヴァリエのドレスのすそを斬ります。

 かわされました。

 しかしまだ右側にいます・・・・・・、見えずともわかります。


「こ、小娘っ……」


「ハアッ!!」


「何の手品だ!!」


 ガキィンッ


 初めて、わたしの攻撃を、ラグラドヴァリエが受け止めました。

 かわせなかった……いえ。

 とっさにかわさなかったのは、御見事。


「しとめてしまうつもりだったのですがね」


「このっ……」


「何度でも参ります。<不滅の道アタナシアロード>」


「人間があああああああああ!!」


 ガガガガガゴガガガガガガガ


 耳元で連続し、鳴り止まない打撃音。

 酔いそうです。

 けれどそんないとまは、当然ながらありません。


 ラグラドヴァリエの服が裂け、

 髪の数本が飛び、

 頬に赤い線が走ります。


 それでも、致命傷を与えられない。

 ガルマガルミア『本体』の刃が、届かない。

 なんてやつ……


「ッ……ここ、っか!」


 焦りを見抜かれたか、剣線をくぐられました。

 ほんの刹那ののち、龍魔王はもうはるか遠くにいます。


「く……」


 逃げに徹されると、本当に厄介……

 というより。

 よくもこの十数秒のやりとりで、逃げに徹する気になったものです。

 むきになって、今少し打ち合ってくれていれば……首を飛ばせたものを。


「残念です」


「小娘ぇぇ……今のはなんだ!? 何をどうしていたッ!?」


「わたしは魔王様の性的なアレです」


「会話をせんかアッ!!」


 誰がべらべらと。

 人間はかしこいのです。

 なめるなと言って差し上げます。


 ただ……

 このガルマガルミア固有のいち、<不滅の道アタナシアロード>。


 発動した直後の剣線を延伸し、軌道そのものに斬撃性を持たせ、数秒のあいだ保持するスキル。

 魔王ゼルス様にいわく、


『1度振ったところを通ったら、即座にもう1度斬られる上に?

 射程がほどよく伸びていて?

 数秒間は効果が消えないときた挙げ句?

 何度でも連続で発動できる?

 ……アリーシャ。その剣ちょうだい?』


 そんな攻撃から。

 最初の打ち合いで逃げきってみせたラグラドヴァリエ、最強の名に恥じぬ龍族魔王です。

 しかし。


「あの御方ほどのプレッシャーは感じません」


「ぁあ……!?」


「魔王ラグラドヴァリエは、世界第2位。そうおっしゃっておられましたが、3位と改めるべきですね」


「貴様ァ……!!」


「貴女は、魔王ゼルスに及びません」


 切っ先を遊ばせ、どの方向にでもすぐに軌道を送れるように。

 攻めでも守りでもないハンパな構えで、わたしはラグラドヴァリエに向き直りました。


「倒します」



*********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は9/15、19時ごろの更新です。

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