おまけ
東方の文化にも、ずいぶん慣れてきた。
宵の口の酒場で杯を傾けながら、イールギットはそっと吐息した。
世話になった老夫婦のもとを発ってから、はや半年にもなる。
そのあいだ、2体の魔王を立て続けに撃破してきた。
冒険者としては順調といえる。
しかしどちらの魔王も、対ゼルスの予行演習としては、不足だったと言わざるをえない。
「おまけに、今日は空振りだったし……半分やけ酒かしらね」
とくとく、と手ずから酒をつぎ足す。
本当なら、3体めの魔王を倒しているはずだったのだが、他の冒険者に先を越されてしまった。
もっとも、イールギットとしても、そこまで期待していたわけではない。
「せめて、テイムじゃケリがつかない、ぐらいまではこっちを追いこんでくれないとね~……」
半端なテイムでは、魔王ゼルスには
厄介なことに、あの魔王は人間が――弟子たちのことが大好きなのだ。
従わせよう、などというテイムで効果が見込めないのは体験済みである。
テイムの摂理に反しなければならない。
継続的に従わせ、自分の意のままに操ることを目的としたテイムの常識から。
1撃だけ、瞬間だけ。
完全に行動を封じられればいい、というつもりで力を尽くさなければ……
(こりゃもう、あたしの気持ち的な問題にもなってくるわね……覚悟が足りないわ~。あーあ)
ぜいたくな悩みよね、と苦笑する。
酒の入れ物をカラにしながら、イールギットはポケットから手紙を取り出した。
海岸に行き倒れていたなどとうそをつき、自分を老夫婦に預けた娘騎士――魔王ゼルスの弟子アリーシャからの、手紙だ。
同じく老夫婦に預けられていたイールギットの荷物の奥に、そっと紛れこまされていた。
折に触れ、開いて読んでいる……
『もしもその気があるのなら
いつかわたしが魔王様に挑むとき
お誘いに参ります
ともに望みを叶えましょう』
「ま……なるわよね。そういう発想に……」
ゼルスは弟子に恵まれている。
イールギットも冗談半分でそう思っていたが、記憶の中にある他の弟子のことを考えても、なまなかなレベルではない。
なにより、魔王当人から、長期間にわたり修行を授かっているのだ。
あのアリーシャも、相当な腕。
あくまで捕虜の立場だったイールギットが、特別にこみいった話をすることはなかったが……アリーシャは剣からして、ただごとではない。
ゼルスの弟子たちが力を合わせる。
それが最も、目的達成の近道と言われれば、そうかもしれないが。
「果たしてそううまくいきますか、と……」
独特な杯――オチョコというそれを、くいっとあおる。
おいしい。
「すいませ~ん! ヤキトリ盛り合わせと、ナスのニビタシとシオカラ、あとお酒追加で」
キモノを着て忙しく立ち働く、ギルド職員兼ホール係――専門用語でマチムスメというらしい――が、はーいと元気よく返事してくれた。
東国の酒は飲みやすい。
酒場がギルドと併設されているのも、西方と同じやりかただ。
そこらじゅうに、イールギットと似たような者たちがたむろしている。
仕事の話やバカ話、酒盛りやいがみ合いなど、楽しげだ。
どこにでもある、見慣れた光景である。
特徴的なのは、カタナを使うファイターや、ナギナタを備えた特殊なビショップが多いこと。
どこのギルドにも酒場にも、ふんわりとミソやショーユの香りが漂っていること。
加えて、さすがにイールギットのように、女1人で飲んでいる者は見当たらないことか。
(ま、それもどこでも……、あら?)
などと思っていたら。
イールギットの真向かいの席に、どさりと荷物を置いた者がいる。
「ここ、いい? イールギットさん」
女だ。
やはり東国の香り際立つ装い。
細かな鎖を編んだ鎧や、上等な鉄を使った防具――しかしそのどれもが、ずいぶんと傷つき、中には焦げている物もある。
背に負った大ぶりの弓だけは、ぴかぴかに磨き上げられている様子だ。
いずれにしろ、ギルド職員というわけではないだろう。
であれば……
「なんで、あたしの名前を?」
「三ツ羽山の青鬼を倒したの、あんたなんでしょう?」
アオオニ。
2体めに倒した魔王の名前だ。
イールギットはうなずきもせず、じっとその女を見つめる。
女は、フロシキに包まれた荷物を解いた。
テーブルの上に、にぶい黄金がちらりと覗く。
「萩沢のオロチはあたしが倒した。あんたも同じの狙ってた、って聞いてね」
「……ここの職員は、ずいぶんおしゃべりなようね」
「怒らないでやって? あたしがめちゃくちゃ金積んだせいだからさ。イールギットさんとしちゃいい気しないのはわかってたけど、青鬼も、その前の錦天狗も、あたしだって狙ってたわけよ」
「ふーん」
「それでさ? 今日のこのオロチの報酬分、ぜんぶあんたにあげてもかまわない」
「はっ?」
イールギットは目を丸くした。
突然現れて、この女、なにを言うのか。
「そのかわり、聞かせてほしいんだよ。あんたが倒した魔王がどんなやつで、どうやってやっつけたのか!」
「……え……」
「いろいろヒミツなのもわかってる。テイマーなんでしょ? 同業者に漏らしたくない情報だらけだろうけど、そこをなんとかひとつ! ぶっちゃけて教えてくんないかな、頼むよ!」
「……どういうわけ? なにが目的なの……?」
見たところ、完全に弓術士。
テイマーに転職を考えているわけでもないだろう。
質問を予想していたらしく、細かいことは省くけど、と女は前置きした。
「強くなりたいんだ。勇者になりたいんだよ、あたし」
「…………」
「オロチはなんとか1人で倒したけど、もうギリギリでズタボロでやばくってさ。こんなんじゃ、ぜんぜんダメなんだよ。イールギットさん、あんたの評判は聞いてる。すごいよね! ジョブは違うけど、教えを受けたい」
「……あたし、勇者クビになっちゃった人間なんだけど」
「えっ、そうなの!? うそ! あたしもなんだ、実は!」
「ええっ!?」
確かに、弓ひとつで魔王を倒すとは、かなりただごとではない。
おそらくうそではないだろう。
興味深い。
「じゃあ、えっと……勇者に戻るために?」
「ああ、ううん。そういうわけじゃないんだけどね」
「座ったら?」
「いいかい? ありがと!」
はからずも、女2人になった。
今までよりは、場から浮かずにすむかもしれない。
「声かけるのちょっと緊張したよ。イールギットさん、すごい評判だからさ。西から流れてきた冒険者の中じゃピカイチだって」
「買いかぶりよ。勤めてた国は追い出されたし、魔王にコテンパンにもされたしね」
「マジで? 世の中広いね……、あっと。あたしは結美奈」
「ユミナね。よろしく」
「挑みたい魔王がいるんだ」
黄金をフロシキに包み直し、彼女――結美奈が目つきを改めた。
「勇者になれるかなれないかは、正直どうだっていい。あたし1人ででも、前に立ちたい魔王がいる」
「それはまた……」
「力の底が見えないほどの相手なんだ。名前が通ってないのがふしぎなくらい。だけど好都合だと思ってる、誰かに倒される前に腕を上げて挑みたい!」
奇遇ね、とイールギットは言いかけて、やめておいた。
自分のことを割り込ませて、結美奈の話を遮りたくない。
目をキラキラさせて、本当に楽しそうに語っているのだから。
「おもしろそうな話ね」
「そう? あ、悪いね、話しかけた上にこっちのことばっかりしゃべって」
「ううん。あたしの倒した魔王の話より、よっぽど興味深いわ」
「そう?」
「ま……、ゆっくり話しましょ?」
マチムスメから受け取った新しいオチョコを、イールギットは結美奈に差し出した。
**********
第二部完結です。
お読みくださり、ありがとうございました。
続きは今しばらく……
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