第56話



 しばしのち。


「あー……だいぶ楽になった……」


 冷たい岩の上に寝転がり、俺は静かにため息をついた。

 湧き水の流れる、小さな池のそば。

 フラワーモンスターが拠点にしているだけあって、なかなか良い環境だ。


 冷たい空気が、体の中まで癒やしてくれる。

 特に胃のあたりを……


「そ、そう……。なんか、その、ごめんね……?」


 近くに座ったイールギットが、おずおずと言う。

 さすがに思うところがあるのか、大きな葉っぱを扇がわりに、はたはたあおいで風を送ってくれている。

 ふ、と俺は小さく笑った。


「謝ることはない……見事であった」


「そ、そう? 見事……?」


「一群を率いる親玉モンスターを、ああも意のままに操るとは。深くテイムできている証拠だ。特にあの、風車のごとき触手の動き……」


「ごめんって」


「速度に緩急をつけることで、相手に間合いを測らせず、また振り回す武器・・・・・・への遠心力も緩急自在……」


「なんか聞いてるあたしまで気持ち悪くなってきた」


「マロネと張り合うには、あのくらいしなければな。魔王に遠慮はいらないぞ」


「どーゆー気遣いよ……。てゆーか、別に張り合ってないし! 向こうがいちいち絡んでくるだけだから!」


 マロネは、俺に酔い覚ましを持ってくると言って、いったん城に戻ってくれている。

 確かに、あいつが付いてきているとは、俺も知らないことだったがな。


「あれはあれで、おまえを心配しているんだ」


「ハア……? 心配? なにがどう転がったらそんな単語が出るのよ?」


「なんだかんだで、あれとしっかりやり合ってくれる相手は、歴代の弟子でもイールギットくらいだったからな。貴重なケンカ友だちだ」


「チッ……いい迷惑よ」


「アリーシャには通用してないしな、マロネのあの勢いは」


「すごいわねアリーシャあの子。弟子入りしようかしら」


 実際、イールギットがやって来てから、マロネはいつにも増して活き活きしている。

 ウザ絡みにしてもそうだし……我が城の諜報官筆頭としてもそうだし。


 女王フラワーをはじめ、植物モンスターたちは水辺でおとなしくしている。

 理想的な門番になってくれそうだし、それに落ち着いて見ると、花の香りもなかなかよろしい。

 ふむ。


「よいしょこらせと……」


 身を起こした俺に、イールギットがあわてた。


「だ、大丈夫なの? 寝てたほうがいいわよ!」


「平気だ。すぐに酔い覚ましもくる」


「そ、そう……?」


「それに、今朝大量に酒を飲んでなければ、これほどにはならなかっただろうしな」


「おい」


「女王フラワーよ、ちょいと失敬」


 ふところから取り出した水筒に、大きな花びらから垂れる蜜を受ける。


「なんでそんなもん持ってんのよ!?」


「半分ピクニックのつもりだったから……」


「おい! さっきからおい!」


「大丈夫だ。水筒の中身はただのハーブティーだから」


「お酒じゃなくて安心したけど何がどう大丈夫なわけ!?」


 炎のスキルで焚き火を起こし、水筒ごと温める。

 うむ。

 思った通り、いいにおいだ。


「てゆーか、いまだに朝から飲んでるの!? やめなさいって言ったでしょ!?」


「はは、そうだったそうだった。イールギットにはいつも叱られていたな」

「っう……!」


「飲みすぎると長生きできない、ってな。魔王の寿命を気遣ってくれたのは、おまえくらいのものだった」


「し……知らない! 忘れたわ!」


 自分で今言ったんじゃないか。

 本当にやさしい子だな。


「さあ、できたぞ」


 コップに注ぎ分け、片方をイールギットに差し出す。


「即席だが、花蜜のシロップティーだ」



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