第50話



 大量のプリンをいくつものカートに載せる。

 俺たちは手分けして、魔王城1階にそれを運んだ。

 運んだところでどうするのよ、とイールギットはいぶかしんでいたようだが――


「わあ~魔王さまだあ~!」


「魔王さまあそんでー!」


「きゃ~~~きゃ~~~!」


「うえええええええん」


 魔王城1階、奥の奥。

 ひっそりとしつらえられている裏門のほど近くに、その空間はある。

 さっきの宵闇鶏たちに、勝るとも劣らないすさまじい声の渦……!


「なっ……!?」


 イールギットも、たちまち頬を引きつらせていた。

 大勢の魔族幼児・・・・たちに、360度を包囲されながら。


「なん、こ、ここはっ……!?」


「おねーちゃんだれー?」「アリーシャおねーちゃんのともだち?」「あそぼ~よ~!」

「え、ええっ……!?」


「あっ、プリンだあ~!」「スゴーイ! いっぱいあるよ~!」「うええええええん」


「ちょ、ちょっと魔王!? どーゆーことよ!?」


 どういう、も何も。

 見ての通りだ。


「魔王城保育園であずかっている、魔族たちの子どもだが?」


「あずかっ……え、ええ!?」


「おまえが修行してたときもやってたぞ。あのときはまだ、城とは別のところにあったが」


「それが普通でしょ!? いや待って、魔族の保育園ってだけでも普通じゃないけど!? ぜんぜん知らなかったわよ!」


「子どもの相手は大変だからな。修行の妨げになると思って……、いや、今にして思えば、それもまたいい修行だったか……?」


「なに言ってるかぜんぜんわかんない! わ、わああ、ちょっとちょっとっ……!?」


 よじよじと、子どもたちがイールギットの体をのぼりはじめる。

 みんな高いところが大好きだからな。

 俺の右肩にもハーピーの子どもが、左肩にはアラクネの子どもが乗って、俺の髪の毛を引っ張り合っている。おやめたまえ。


「ひい、く、くすぐったいくすぐったい! ど、どうしたらいいのよ!?」


「どうにもならない。プリンをうまく使って、いっしょに遊んでやってくれ」


「そんなこと言われても! ちょっ、さっきの、あ、アリーシャは!? アリーシャどこ!? たすけて同じ人間のよしみで!」


「アリーシャはあそこだ」


「うわあーーー!?」


 驚愕するイールギットの視線の先。

 魔族ミノムシとでも言うべき状態になったアリーシャが、いつもの無表情で座っていた。

 子どもたちに絡みつかれ、まとわりつかれ、てんこ盛りになったまま、冷静に絵本を読み聞かせている。


 アリーシャは大人気だからな。

 なぜかはわからんが、魔族の子どもがとてもよくなつく。

 本人も、子どもが好きと言っていた。

 そつなく面倒を見てくれるので、非常に助かっている。


「え……ええいもうっ!」


 プリン~、とカートに群がる子どもたちの前に、意を決したらしいイールギットが立ちはだかった。


「みんなでいっぺんにとっちゃダメよ! 人数分あるかわかんないんだから! いやたぶんあるけど」


「プリン~!」「いいにお~い」「おねーちゃん、たべさせて~」


「ちゃんと並んで! 列を作りなさい! 列ってわかる!? 人間がやってるの見たことある!? ない!? じゃあみんなお手々つないで! 手ぇない子はなんか、それっぽいのつないで! そしたらはい、バンザーイ!」


 バンザ~イ、と子どもたちがお遊戯感覚でイールギットに従う。

 すごいな。

 仕切りモードに入ったら、またたくまにこの場を掌握してしまったぞ。


 多種多様な種族の子どもたちに、イールギットがひとつずつプリンを渡していく。

 微笑ましい光景だが……ふむ?


「2個持ってっちゃダメよ! 1個だけ! ちょっとなによ何言ってるの、え、おいしい!? そりゃよござんした! こっちの子はなに!? ああもうわかったわよ、1回だけね! はいア~ン!」


「イールギットよ」


「待って待ってこらそこ、ケンカはいけませーん! ぬおっ、おいこら!? 誰よ今ひざかっくんしてきたの!? 人体の構造を熟知した魔族どもねっ!」


「イールギットよ」


「なによ魔王のくせにうっさいわねっ!? 忙しんだから、プリンほしいならアンタも列に並びなさいな!」


「なぜテイムしない? 言い聞かせて列を作らせなくとも、テイムして従わせればすむことじゃないのか?」


 ぴた、としばし、イールギットは動きを止めて……

 どこか複雑そうな表情で、少しくちびるをとがらせた。


「しないわよ。それは」


「なぜだ?」


「人間と魔族はそりゃ争ってるけど、自分の子どもに接するやりかたは、そんなに変わらないでしょ。テイムして、自分の思い通りにしていいのは……なんてゆーか……そういうんじゃないから」


「ふむ?」


「……アンタが教えてくれたんじゃない」


 ぷいっ、とイールギットがそっぽを向き、子どもたちの相手に戻ってしまう。

 なるほど。

 イールギットは、本当に……この俺の手をはなれた今でさえ。

 この魔族の子どもたちと、たとえばいつか、友だちにもなれる気でいるような。

 そういうつもりで、いてくれているのか。


「見事……」


 口の中で呟いて、俺は。

 プリンをもらいに、列の最後尾に並んだ。

 俺もはいア~ンってしてもらうぞ!



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は12/26、19時ごろの更新です。

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