第85話 試すことにした


「ちょ、ちょっと待った!タンマ!俺、お前らを連れて行くなんて一言も言ってないぞ!?」


 まだ朝靄がかかる夜明け前のコルリ村の門の前、案内役のハイドワーフのドンケスを道連れにいざ大樹界へ!と意気込んだのもつかの間、ここ最近妙におとなしかったラキアとなぜかダークエルフのリリーシャまで現れ同行を求めてきた。


 そんな約束はしていなかったはずと記憶を辿りながら、俺は反論と疑問の入り混じった言葉を二人に投げかけた。


「だが、ご主人様はついてくるなとも言っていないではないか」


「それなら自分の意志で同行の是非を決めても問題はあるまい」


「問題大アリだ!誰がそんな屁理屈で納得するか!第一お前らなんて連れて行ったら足手まといに……ならないな」


 そう、俺の目の前にいる美少女二人は、ただ守られるだけの女じゃない。

 むしろ正反対の位置にいる、バリバリの武闘派と言っていいだろう。


 一人は、大樹界の入り口と言っていいコルリ村周辺の山々を幼いころから自分の庭のように走り回ってきた狩人。

 もう一人は、俺自身はよく知らないが、大陸中にその名を轟かせた暗殺一族の頭領。


 二人とも下手をすれば、俺よりも大樹界でのサバイバル適性が高そうなくらいだ。


 女性としては高身長のラキアに、それに負けず劣らずの体格のリリーシャ。

 しかも二人揃って恐ろしいほど整った顔立ちなもんだから、戦士のそれとはまた違った妙な迫力があっていつもの調子で断りづらい雰囲気を醸し出している。


「第一、知らない森の中ではたった二人では交代で見張りを続けなければ獣に襲われる危険があるのだぞ。そんな中で、もしどちらかが怪我でもしたら万事休すだぞ、ご主人様」


「移動中にしてもそうだ。大樹界では前後左右に上下、どの方向からいつどんな敵が現れるかわからない。それをたった二人で全方位を警戒しながら進むのはまず不可能、最低でも四人パーティ以上が望ましい。タケトはそんなことも知らんのか」


 そんなもっともらしいことを言う二人。

 だが、普段脳筋な言動ばかりが目立つ二人なのに、判を押したように論理的に俺を説得にかかっているこの状況は違和感以外の何物でもなかった。


「おいお前ら、嘘くさい建前は良いから本音を言え」


「黒曜様から何があってもお前から目を離すなと命じられたからだ。――チッ」


「次は、次の旅は一緒に連れて行ってくれると言ったではないか!?あの言葉をウソだったのか!?私との大切な約束を破って他の女とどこへ行こうというのだ!?酷いではないか!?」


「バカ!声が大きい!近くの家に聞こえるだろうが!?ていうかその紛らわしい言い方やめろ!」


 決して俺と目を合わせようとせずに、明後日の方角を見ながら忌々しそうに舌打ちするリリーシャ。


 一方のラキアはというと、いつもの男勝りで明るいラキアはどこへやら、目に一杯の涙をためて俺の着物にしがみつく姿は別人としか言いようがなかった。


「忘れていたわけじゃない!だから声を抑えろ!」


「……ほんとうか?」


「ホントだって。第一、今回ラキアに声をかけなかったのだって、こんな危険なやつじゃなくて、もっと思い出に残るようなのんびりした旅で一緒に行きたかったからなんだぞ?」


「……じゃあなんでそのことを行く前に言ってくれなかったのだ?私はずっとご主人様が言ってきてくれるのを待っていたのだぞ?」


「………………」


 言えない。

 こういう面倒くさい状況になると予想できていたから何も言わずに行こうと思っていたなんて、本人の目の前で言えるはずがない。


「やっぱり!やっぱり私を置き去りにするつもりだったのだな!?やはり私は都合のいい女だったのだ、ううぅ……」


「だから袖を引っ張るな!千切れる、千切れるから!……わ、わかったわかった!だがさすがに足手まといは連れていけないぞ!」



 ピタリ



「……言ったな。では、私が戦力になると証明できればいいのだな、ご主人様?」


 まるで台風の目に入り込んだようにおとなしくなったラキア。

 だが、俺から言質を取ったと言わんばかりのその眼は、獲物を捉えた鷹のように爛々と輝いていた。






「で、ここにその目的の魔物がいるというわけだな、ご主人様」


 さすがにああ言ってしまった手前村に置いていくわけにもいかず、ラキアに便乗した格好のリリーシャを含めた四人でやってきたのは、コルリ村から山一つ分離れた渓谷だった。

 ここも以前は山火事によって地肌を晒す寒々しい風景だったのだが、最近はそこかしこから植物が生え始めて森の復活をうかがわせる場所になっていた。


 そんな中、俺達四人は無数に転がっている岩の一つに身を潜めて、ある方向をじっと見つめていた。


「あそこだ、岩の向こう、その奥……見えるか?」


「もちろん見えているぞ。オークが十体にゴブリンが三十体、持っているのはこん棒や石斧しか見当たらないから、自然発生した魔物だな」


「なんだタケト、お前今頃気づいたのか?で、あれを狩れというわけか」


「……悪かったな、これでも人族としては目は良い方なんだよ!――ニールセンから相談を受けたのが二日前でな、周辺の哨戒に出た警備隊の小隊がコルリ村に近づいてるあいつらを発見したそうだ。本来ならニールセンがすぐに討伐に行きたいところだったらしいが、あいつもなかなか忙しい身だし、ここまで遠出となると往復と討伐で一日はかかるからな。それで、旅の進行方向と被った俺が、ついでに討伐を引き受けたってわけだ」


「そうか、ならさっさと済ませてしまおう」


 どこに仕込んでいたのか、リリーシャはまるで手品のようにいつの間にかに大きめのナイフを手にすると、俺の隣から立ち上がろうとした。


「ちょっと待った。ただ倒すだけならリリーシャなら相手に気づかれることもなくやれるだろう。遠距離から狙撃できるラキアも同様だ。だが、これから俺たちが向かうのは視界の利かない森の中、むしろ不意打ちを受けるのは俺達の方だろ」


「むう、確かにそうだな!」


 こちらも持ってきていた合成弓でオークを狙い打とうとしていたラキアが頷いた。


「だから俺がつける条件は一つ、あの魔物の群れを正面から倒せ。もちろんヤバいと思ったら、俺とドンケスがカバーに入るから安心しろ」


「「いや、必要ない」」


 その場からスクっと立ち上がった二人は、まるで示し合わせたかのように同時に動き出して岩の陰からゆっくりと出た。

 一方の魔物の群れの方も、隠れるもことなく正面から歩いてくる二人に気づいたらしく、どたどたと音を響かせ何かを叫びながらながらこちらに向かって走ってきた。


「タケト、あれは少々煽りすぎだ。お前はもう少し、自分の言葉があの二人にどういう影響を与えるのかを考えろ」


 二人のと距離が開いていく中、ラキアとリリーシャを見守る俺に、それまで口を閉ざしていたドンケスが話しかけてきた。


「あれだけの数となると僅かな油断が命取りになることもあるからな。緊張をほぐそうと思ってわざとああいう言い方をしたんだが、逆に委縮させたか?」


「……まったく、お前は敵の強さなら正確に測れるのに、身内となるととんと勘が働かんようだな。まあ見ていろ、お前の言う試しとやらがいかに無駄であったかを」


 どういう意味だ、と頭の中で浮かんだ言葉は、結局使わなかった。

 二人がいよいよ魔物の群れの間合いに入ったからだ。



 カヒュン



 それなりに距離が離れているはずなのに、前方からそんな音が聞こえた気がした。

 そして、次の瞬間には、前列にいたゴブリンの首が胴体から離れて一斉に飛んでいた。


「と言っても、ワシもあのクロハ一族の戦いを直接見たことはない。ただ、クロハ一族の暗殺は闇討ちだけにあらず、時には敵陣を強行突破して一陣の風のように正面から迅速に敵将の首を狩ることもあるという話を知っておるだけだ」


 斬撃であることから、ラキアがやったわけではないのは間違いない。

 だが、距離が離れているせいでリリーシャが何をしたのかまでは全く分からない――いや、今オークの首が飛んだ時、一瞬だが太陽の光を反射して刃物のきらめきが見えた。

 多分、さっき持っていたナイフを使ったのだろう。


 結局そんなことを考えているうちにリリーシャの謎の攻撃は止まり、素早くも静かに後ろに下がった。


「残っておるのはオーク五体と、ゴブリンが……十五体か。きっちり半分、あとはラキアの分だということらしいな」


 暗殺者らしい完璧な仕事で一方的な殺戮を終えたリリーシャ。


 ……なるほど、こりゃあ俺が甘く見すぎていたとしか言いようがないな。

 だが、リリーシャならこれくらいのことはやるだろうと心のどこかで思っていたのも事実だ。

 むしろ俺が確認したかったのは、ラキアの実力の方だ。


「ちなみにドンケス、お前が言いたかったのはラキアのことなんだよな?実際どうなんだ?」


「……以前から素質はあった。だが、ラキア自身のあの性格もあって、狩人としての腕を磨くことしか興味がなかったようだ。だからワシも戦闘に関して特に助言をしたことはなかった。タケト、お前が現れるまではな」


 ドンケスとの話の最中ではあるが、リリーシャのこともあって決してラキアから目を離していたわけではない。


「だが従者となり、お前から足手まといと判断され村に置いていかれた時から、ラキアは変わった。あの日以降、あいつの方からワシに、狩りではない実戦での弓の使い方を聞いてくることが何度かあった。ワシはそれに答えただけだ。だが」


 その、俺が目を話していたわずかな間に、ラキアに襲い掛かろうと走っていたゴブリン五体が一斉にスッ転んだ。


「ある日偶然見た、あの弓の冴え、ワシの記憶でも三指に入る空恐ろしき技の冴えを、しかもこの短期間で掴みおった」


 五体の仰向けに倒れたゴブリンのすべての頭に矢が一本ずつ突き立っていた。


「あの連射速度、ゴブリン程度では自分が死んだことすら自覚する間は無かっただろうな」


 次に俺が気付いた時にはさらに五体のゴブリンがその場に崩れ落ちた。


「かつ精密な射撃は確実に急所を貫く」


 さらに五体。これで十五体すべてのゴブリンが倒れ伏し、そのうちの一体とてピクリとも動かなかった。


「だが、オークにはあれは通用しない」


「そうだな。たとえ目を正確に貫いたとしても、脳を破壊するまでは至らぬかもしれぬ。仮に至ったとしても、オークの生命力なら絶命してもわずかの間なら動くかもしれぬ」


 そんなドンケスの話が終わらないうちに、突如一体のオークが背後の大岩に向かって吹き飛ばされたように倒れこんだ。


「だが、今のラキアにそんな弱点は存在しない」


 ただし、頭部に矢を生やして絶命したゴブリンとは違い、オークのそれは丸ごと消し飛んでいた。


「矢の強度にもよるだろうが、オークの頭程度なら難なく吹き飛ばす威力が今のラキアの矢にはある」


 最後、何が起きているのか理解できていない残りのオークがバラバラの方向に逃げ出したが、さほど間をおかずに全ての個体が急所に多穴を開けて即死した。


「あれは、まさか……」


「さすがに気付いたか。そう、直接の要因は、お前がラキアに送った特製の弓だ。もっとも、あの弓のスキルは矢の威力を飛躍的に上げるだけらしく、それ以外は全てラキアの鍛錬の賜物だ。まさに鬼に魔剣とはよく言ったものだな」


「……すげえな。こりゃあ脱帽だよ」


 それを言うなら鬼に金棒じゃないのか?と思いつつも、ラキアの見違えるほどの成長に驚きを隠せない。


「で、結局どうするのだ?」


「何がだ?……っていうのは、鈍感にもほどがあるよな」


「当たり前だ。あの二人が戦力にならんというほど、お前も傲慢ではあるまい」


 改めて、俺はこちらに戻ってくるリリーシャとラキアを見る。


 ……まあ、危険だから連れて行きたくなかったっていうのは本当なんだが、これじゃ文句のつけようもないよな。


 納得半分諦め半分の気持ちで、こちらに手を振ってくるラキアと、相変わらずそっぽを向いているリリーシャに手を振り返そうとしたその時、



 ――ウウウン      ズウウウン



 どこからともなく重苦しい響きが地面を震わせた。


 俺はとっさに地面に自分の魔力を打ち込み索敵を開始、その結果知ったのはこの原因が一体の生物がもたらしたものだという事実だ。


「ご主人様、あれだ!」


 戻ってきたラキアが指さした先、渓谷の絶壁の向こう側、緩やかなカーブの先から姿を現したのは、さっきのオークの三倍のありそうな、青い肌を持った巨大な人型の魔物だった。


 ……いや、オークと比べるのも失礼か。

 全身筋肉の塊と確信させるごつい体格、岩のような質感を思わせる額の二本の角、握る拳は鉄塊を思わせ、黄色く濁った両の眼からは獰猛な殺意以外に見いだせる感情はない。


 ……おいおい、あんなの聞いてないぞ、魔物の群れを発見したっていう警備隊の小隊は一体何を見てたんだ?

 いや、今更言っても始まらないんだが。


「オーガキングか、しかもこれほどのサイズ、これは少々厄介だな」


 オーガキングのことは知らないが、常に冷静なリリーシャがそこまで言うということは、それだけの相手と見て臨んだ方がよさそうだな。


「三人とも俺の後ろに下がれ。ここは――」


「ここはワシに任せてもらおうか」


 俺の指示を遮って名乗りを上げたのは、凄腕ではあってもそれはあくまで鍛冶に関してだけだ、とついこの間まで思っていた白銀の大戦斧を担いだハイドワーフだった。


「いやドンケス、リリーシャの言う通りアイツはヤバそうだ。ここは俺に任せて」


「いいから黙って見ていろ若造が。それに腕を試すというならワシも例外ではなかろう?さっきは加わり損ねたからちょうどいい。それに」


 その瞬間、前に出たハイドワーフの気配を俺は一瞬読み違えた。

 今まで一度たりとも、こんな濃密な殺気を放ったドンケスを見たことがなかったからだ。


 だが、ゴブリンやオークと違って、ハイドワーフを睨みつける憤怒の表情のオーガキングは一切鳴き声を上げない。

 それが逆に以前俺が倒したオークナイトなんかとは数段格が違うと確信させるものだった。


「――久々に腕が鳴る。さあオーガキングよ、せいぜいワシが本気を出すまでくらいは持ってくれよ」


 ドンケスの言葉を理解したのか、憤怒の表情からわずかに口角を上げたオーガキングは、近くに転がっているものとほぼ同じ、大岩ほどはありそうな右の青い拳を目の前のハイドワーフに向けて振りかざした。

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