第77話 教国の騎士(シスコン)をしばいた
「ふーん、ええんちゃう?ていうか、今実質的に村の戦力を纏めとるニールセンさんに逃げられたらウチも困るわ」
「僕としても助かります!というよりニールセンさんの方が僕の数倍貫禄があるので、最近ニールセンさんの方が代官代行と思われてたり、ハハハ……」
ニールセンとの再びの決闘からいくらか時が経った頃、事後報告でもしないよりはマシだと思って俺はセリカとライドがいる、現在臨時役所として使っている村の集会所を訪ねていた。
「そんなことはないぞライド君、君の活躍はよく聞いているぞ!嘘だけど」
「せやでライド、あんたが代官の仕事を引き受けてくれてるからこそコルリ村は回っとるんや!地味やけど」
「お二人とも、僕を褒めてるんですか?それともけなしてるんですか?」
そんな感じで最近接点の少なかった二人と茶を飲みながら交友を深めていると、セリカが話題を変えてきた。
「タケト、そろそろコルリ村周辺の調査が終わりそうなんや。んで、ウチとライドにマーシュ村長、それに新しく警備隊長になったニールセンさんを含めたメンバーで、土地の選定なんかを始めとした情報を精査した後、いよいよシューデルガンドにおる難民の受け入れを開始する予定や」
「そうか、もうそこまで進んだか」
そのメンバーの中に、代官の俺の名が入っていないのはご愛嬌だ。
ていうか、俺に聞かれてもわからんし、名ばかりメンバーとして呼ばれても困る。
「それでや、あくまで準備が順調に済んだ前提の話やけど、まずは体力に自信のある男を中心に三十人を受け入れる」
「三十人?確か難民の総数って――」
「約二千人や。これ全部をこっちで受け入れるかどうかは未定やけど、ウチとしてはそのつもりで準備を進めとる。ああ、タケトの言いたいことは分かっとる。それだけの人数を受け入れるのに、最初の三十人は少なすぎるっちゅうことやろ?」
全くのその通りなので、セリカには頷くだけに留める。
「いくらコルリ村で準備を進めるっちゅうても、初めから二千人を受け入れるのは無理やし、もっと言えばその十分の一やって普通は断る規模や。そやから、まずはその土台作りから始める」
「……要は、コルリ村が無理なく受け入れられて、かつ難民受け入れの態勢を整えるための助っ人、それが最初の三十人か」
「そういうことや。この三十人は建築技術の習得と周辺の地理の把握、それに二千人の難民の纏める役を務めてもらうためのリーダー的人材や」
「なるほどな。まずはその三十人を足掛かりにして、ある程度下地ができたところで徐々に受け入れていくってことか」
「というても、タケトも知っとる通り時間は限られとる。最低でも一年後までには一時的にでも二千人全員をタケダ騎士爵領に収容、それと万が一魔族軍がここまで侵攻してきた時に自力で守れるだけの防備も作っとかなあかん」
「……なあセリカ、承認しておいてなんだが、素人の俺でも無茶を通り越して無謀なレベルだってことは分かるぞ。ここまではお前の言うとおりに任せてきたが、さすがに移住を実行に移すときには具体的な数字を出してもらわんと、そのまま右から左へスルーってわけにはいかないぞ」
「わかっとる。重要なんは受け入れの順番や。まだウチ個人の考えの段階やけど、こうしようと思っとる」
第一弾 中心メンバー三十人
第二弾 部隊長、幹部級二百人
第三弾 兵士、特殊技能持ち五百人
第四弾 一般人(女子供中心)千百七十人
「まず第一弾に関してはもう説明したから省略するで。第二弾は第一弾の三十人を補佐する立場の人間、一言でいえば現場指揮官っちゅうわけや。例えるなら、第一弾がウチやタケト、第二弾がこのライドやな」
「そして第三弾がこの計画の主力、実際に開発計画の労働力となる人たちです!彼らは第二弾の人達の指揮下に入って各地に散っていくことになります!で、ですね、そろそろ僕にもそんな部下をつけてくれてもいい頃合いじゃないかなと思うんですけど――」
「「却下」」
「い、いや最近一気に回ってくる書類が急増していて、ガリガリ睡眠時間が削られていてもうどうにも――」
「人手が足りない」 「大丈夫や。夜でも仕事ができるように明かりの燃料だけはようけ用意しとるからいくらでも使ってええで」
「そ、そんな……」
孤軍奮闘しているライドには悪いが、人手が足りないというのは本当のことだ。
もともとセリカたちがやってくるまでのコルリ村も、農地の回復、食料の確保、家などの建築作業、魔物対策など、かなり忙しい状態だった。
そこへタケダ騎士爵領開発計画が持ち上がり、一部の人出はそちらの方にも回されている。
さらに追い打ちをかけるのが、ここがシューデルガンドのような平地ではなく、厳しい自然の掟の中にある山間の村という点だ。
特に食料、家、燃料に関しては、毎日の消費以外にも一冬越せるだけの備蓄を作らねばならず、山火事によって壊滅したコルリ村の再興は、全て確実にやってくる越冬の為だと言っても過言ではないくらいだ。
「ならせめてタケト様が手伝ってくださいよ。こんなふうに暇を持て余してるじゃないですか」
「アホか!?これでも俺は俺でめちゃくちゃ忙しいんだぞ!?こないだだってドラゴンと――」
「「ドラゴン?」」
やべっ!口が滑った!
「あ、あれだ、前にアーヴィンのドラゴンを見た時のことを思い出して対策を練っていたんだよ!コルリ村にだっていつ飛んでくるかわからないだろ?」
「はー、タケト様もいろいろ考えているんですね……納得です」
ふー、あぶねえあぶねえ、危うく黒竜退治の件を漏らすところだった。
まあ、俺を拉致って黒竜退治をやらせた黒曜の話を信じるなら、奴の攻撃目標はコルリ村だったらしいから、対策っていうのもあながち的外れじゃないんだが。
と、そんな風に内心汗をかいていると、こちらをじっと見つめる視線に気づいた。
「な、なんだセリカ?」
「……タケト、なんかウチに言うとくことがあるんと違うんか?」
「な、何を言っているんだ?別に隠していることなんか何もないぞ?」
「ふーん……まあ、今はええわ」
……だ、大丈夫だ、何も証拠はない、はず。
とにかく白を切りとおせばバレるはずがない!
未だに俺に突き刺さるセリカの視線から逃れるように、俺は机の上の自分の茶を飲み干すのだった。
「よし、これで主だった進捗状況は網羅できたな。他に何かあるか?」
「せやな……あ、そう言えば、昨日孤児院の建物が完成したってシルフィーリア司祭が言うとったで。多分今頃、獣人の子供たちの引っ越し作業の真っ最中やないか?」
「本当か!?」
報告がひと段落した後、チェックし忘れたところがないか二人に聞いたところ、セリカからその話題が出てきた。
「確か、いくらか人手を割いて、今日一日で搬入作業は終わらすって聞いとるけど」
「そうか、それはよかった。後で俺も手伝いに行くかな……」
「なんやタケト、今日はやけに張り切るやないか?」
「まあな、教会とのいざこざもあったから、それなりに気にかかっているのは認めるさ」
「それは分かるけどな……」
それに、みんな口には出さないが、大樹界に近い場所にあるコルリ村の人達ですら、見慣れない獣人の子供たちに対する見えない壁みたいなものがあるのは、一歩離れた位置で見ている俺でもわかる。
その壁を少しでも取り除いてやれるのは、俺のような種族的な偏見が一切ない人間だけだろう。
多分セリカは、俺が獣人の子供たちに肩入れすることをよく思わない人間が出てくることを危惧しているんだろうが……
「セリカの心配もわかるが、コルリ村に子供たちが溶け込むなら、むしろ移住が始まる今が最大のチャンスだ。それなら今のうちに、はっきりと俺の態度を示しておいた方がいいだろ」
「それもそうやな。……しかしあのタケトからそんな考えが聞けるとは、初めて会った時には想像もつかんかったわ」
「何気に過去の俺をディスるのはやめろ」
そんな楽しいやり取りを続けていると、不意に部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえてきた。
「どうぞー」
「あの、孤児院が完成して今日引っ越しを始めることができましたので、ちょっと早いですがご挨拶に――あらタケト様、お久しぶりですね。ご無沙汰しております」
ライドの促しの声におずおずと入ってきたのは、まさに今話題にしていた、孤児院の院長を務める予定のこの世界唯一の宗教、神樹教の司祭の地位にあるシルフィーリアさんだった。
「余計な世辞は無用やで、シルフィーリアさん。それで、引っ越し作業は順調に進んどるか?」
「はい、むしろなぜか若い男性の方が大勢手伝いを買って出てくださったので、逆に一部の方たちにお断りしないといけないくらいです」
……それはあれだ、善意からの手伝いではなく、完全にシルフィさん狙いのクソ野郎共だ。
とはいえ、動機はともかく労働力になっているうちは何も言うことはない。
シルフィさんの柔らかな物腰と穏やかな語り口と絹のような金髪と濡れた唇と豊かな包容力を思わせる双丘と――
「タケト様?どうかされましたか?」
ガスッ
「ギャッ!?」
「チッ」
シルフィさんに声をかけられ我に返る俺、何やら椅子の上で飛び上がり涙目で自分の足を持ち上げてさするライド、それを殺気のこもった眼で見ているセリカ、そんな三人を見て戸惑うシルフィさん。そんな異様な空気が漂って気まずくなったところに、
バタンッ!!
「大変だ!」
突然ドアを開けて飛び込んできたのはJ四人組の一人、ジャックだった。
「ここにいたのか!タケトの兄貴、すぐ孤児院に来てくれ!なんか変な奴が乗り込んできたんだ!」
「変な奴?魔物か?」
「違う、ちゃんとした人間だ!ていうか、旅姿だけど着ている物も上等だし、キンキラの剣まで持ってやがる。グノワルドじゃない、多分どっか他の国の騎士だ!」
「騎士?こう言っちゃなんだが、剣を持ってるだけだろ?よくわかったな」
「だってよ、「我が麗しの妹を出せ!どこに匿った不埒者が!」とか、平民は絶対に言わねえし、貴族だったらお供を連れていねえとおかしいだろ?どっからどう見ても一人みたいだし……」
「マジか、……ひょっとして騎士ってそういう奴らばっかり――なわけないよな」
どうにも頭のおかしな乱入者に、俺も言葉をなくす。
もしかしたら俺が世間知らずなのかとセリカとライドの方を見てみるが、それなりに上流階級というものに通じているはずの二人も、ただただ唖然としていた。
「……とにかく、実際にそいつから話を聞かんと始まらんな。案内してくれ」
まずは騒ぎを収めるのが最優先と席を立った俺だったが、ドアを通り過ぎようとしたその時、俺の着物の袖を引っ張る白く細い指があった。
見ると頬を真っ赤に染めたシルフィさんだった。
なんだこれ? もしかして告白されちゃうのか……?
「あ、あの、もしかしたら、というより多分間違いないと思うのですが……」
もちろん告白なはずはなかったのだが、シルフィさんはかなり言いづらそうにしながら、それでも何とか言葉を絞り出した。
「その変な奴というのは、私の兄、セシルだと思います」
「貴様アアアァァァ!!よくも愛しのシルフィーリアを誘拐したな!!正義の剣を食らええええぇぇぇ!!」
あらかじめ断っておくが、この場面に至るまでに途中の箇所を省いたりは一切していない。
シルフィさんの兄らしき男ががいるという孤児院の前まで来た俺とシルフィさんの姿を見るなり、そいつが一方的にいきなり剣を抜いて問答無用で斬りかかってきたのだ。
……まったく、一応用心のために集会所に置いてあった竹棒を持ってきておいて正解だったな。
俺は男の動きに合わせるように全力で駆け出しながら竹棒を大上段に構え、彼我の間合いを見切った瞬間、無言のまま飛び上がって虚空にその身を躍らせた。
「くおぉ!?なめるな!!」
目算が外れたとばかりに驚きの声を上げた男だったが、その場に急停止したかと思うと、なんと俺の跳躍に合わせるように腰を落として構えを変えてきた。
「――っ!?」
今度は俺が驚かされた方だが、この体勢では取れる方法はただ一つ、相手より早く攻撃を当てるだけ。
俺は一切の手加減なしで迅速果敢の振り下ろしの一撃を繰り出した。
バシイイィ!! ボグッ!!
その瞬間、鋼鉄の刃風を間近に感じながらも一瞬の差で俺の振るった竹棒が男の肩口に到達、鎖骨の折れる嫌な音を耳にしながら、俺は男の背後に着地した。
「あ、兄上!?」
「悪いシルフィさん、一切手加減ができなかった。少しでも迷っていたら、今頃倒れていたのは俺の方だ」
「い、いえ、……私もこの目で見ていたのですから、兄上の方が悪いのは分かっています。それよりも、兄上が誰かに負けたことに驚いたんです」
だろうな。
俺もここまで本気になったのは、カトレアさん、黄金の男に続いて三人目だ。
二人に比べたら地味な攻防だったのは否めないが、それだけに、この騎士の一切迷いのない動きととっさの時への対応力には脅威を感じた。
そんなことを考えつつも、油断せずに男の様子を見ていると、鎖骨を折られて悶絶するほどの痛みを感じているはずの男が、剣にすがりながらその身を起こしてこっちを向いてきた。
「……ぐ、み、見事だ。我が愛しのシルフィーリアを拉致した愚か者とはいえ、この技の冴えは只者ではない。貴様、名は?」
「竹田無双流免許皆伝、竹田武人だ」
武人としての名を求められていると感じた俺は、あえてグノワルド貴族としての身分を名乗らなかった。
「そうか、タケトとやら、俺の名はセシル=コルネリウス、そこにいるシルフィーリアの兄にして、栄えあるマリス教国の守護者たる聖枝騎士団の騎士だ。貴様の名は覚えたぞ、我がライバルよ――」
それっきり俺にいきなり襲い掛かってきた男、シルフィさんの兄セシルは口を閉ざした。
続く言葉が出てこないのを不審に思って近づいてみると、すぐにその理由が分かった。
「……シルフィさんは、確か治癒魔法の使い手でしたよね?」
「え?あ、はい。それが何か?」
「治療してあげてください。さすがに気絶している人間に竹ポーションを飲ませるのは無理ですから」
「え!?あ、兄上!!」
なんと立ったまま気絶するという、どこぞの世紀末覇者のような立派な姿を見せたセシル。そこに駆け寄るシルフィさんを見ながら、またかなり面倒な奴がやってきたなと、小さくため息をつかざるを得ない俺がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます