第46話 大樹界争奪戦争に参戦した その四


「ふざけた真似を!血祭りにあげてやる!」


 爆発の閃光が引いた峡谷の道をこちらに向かって突っ込んでくる騎士。


 深編笠と竹蓑を脱ぎ捨てた俺は、騎士が持つ馬上槍のはるか遠くの間合いから四メートルを超える竹槍で、その鎧の上から騎士の胸の中心に突き立てた。


「ギャアアアァァァ!!」


 騎馬の勢いの反動で血しぶきを上げながら後ろに吹っ飛んで行った魔族の騎士から視線を外しながら、俺は改めて前方の魔族軍を確認した。


 その数およそ三百、兵種は騎馬ばかりなので、東の大公軍を追撃するために本軍から先行してきた部隊なんだろう。

 鎧の雰囲気から言って、主力の銀鋼騎士団ではなさそうだ。


 軍略を知らない者から見れば、たった三百で八千以上は残っていると思われる東の大公軍を追撃するなど愚かにもほどがあると思うかもしれないが、そのたった三百を甘く見ると全滅する危険すらある。


 彼らの役目は味方が追い付くまでの東の大公軍の撤退の妨害と、敵兵の頭数を少しでも減らすことだ。

 もし東の大公軍の指揮官がそれにイラついて軍を反転させようものなら、騎馬部隊の術中にまんまと嵌まってたちまち猛追する敵本軍に飲みこまれることだろう。


 そもそも精鋭のみで構成される騎馬隊と、素人に毛が生えた程度の兵が多い歩兵隊とでは部隊としての戦力も戦術スピードもまるで違う。

 虎の子の味方の騎馬隊はすでに遥か前方、つまり東の大公軍は歩兵のみで魔族軍に対峙しなければならず、向こうが正面から突っ込んできてくれない限り撃退すら至難の業だ。


 そうこうしている内に敵歩兵隊に追い付かれ、陣形もろくに整っていない東の大公軍は全滅の憂き目にあう、これが今俺の目の前にいる敵騎馬隊の役目というわけだ。


 逆に言えば、俺がこの騎馬隊の足を止めた分だけ、味方が無事生還できる確率が上がっていくというわけだ。


「ええいなにをしておる、さっさとあの男を討ち取らんか!こんなところで足止めを食らうとはダートン騎兵隊の名折れだぞ!」


 奥の方から指揮官らしき男の声が響くと、その圧力に押されたのか三騎が隊列から一斉に飛び出して突撃してきた。


 まったく、同時にかかってきたのがたった三騎とは、俺も舐められたもんだ。


「すうぅぅぅぅぅぅ――」


 両手で保持した竹槍を脇構えで保持し、鋭く息を吸い込む。

 そして三騎が俺の間合いを侵した瞬間、気合の掛け声とともに一気に竹槍で地面すれすれの空間をを薙ぎ払った。


「うぇぇぇぃぁぁぁああああああ!!」


 ブゥオオオオゥン   ボグベクボキッ


 僅かに聞き取れるかどうかという風切り音とほぼ同時に、眼前まで迫っていた三騎の馬の脚から鈍い骨折音が響くと、背に乗せていた各々の主を空中に放り出しながら馬たちは横倒しに転倒した。


 気絶して動かない者、苦悶の声を上げる者、何が起こったのかわからずに辺りを見回す者を視界に隅に捉えながら、俺は再び叫んだ。


「もう一度言う!俺の名は竹田無双流免許皆伝竹田武人!大将との一騎打ちを所望する!そちらが勝てばこの道を譲る、もし一騎打ちを受けられない臆病者ばかりならば、早々にこの場から立ち去れ!」


 すると、ようやく俺の言っていることを理解したのか、敵騎馬隊がざわつきだした。


「ふざけるな!貴様ごときダートン騎兵隊一の力を誇るグベキョベラ!!」


「ザコに用はない」


 一応言っておくと、俺に向かって偉そうな口を利いてきた騎士の名は、決してグベキョベラというものではないと思う。

 というのも、話の途中で俺が傍に置いてあった投槍用の短めの竹槍を直撃させて物理的に黙らせたからだ。


「我が名はリッチ=カールベブフッ!!」


「どけ!このベンゼゲボハアッ!!」


「一番手柄もらっタバサバハッ!!」


 それから三人ほど前に出てきたので、さらに竹槍を投げて黙らせた。

 どの道あれを防げないようなら、勝負するだけ時間の無駄だ。

 ……いや、時間稼ぎが目的なんだから、むしろ一騎打ちに応じてやった方が良かったか?


 まあそれはともかく、一応手加減はしたので多分全員死んでないはずだ。

 余計な手間を省いた上に無駄な犠牲も出さずに済んだのだ、むしろ感謝してもらってもいいくらいだな。


「なっ……!?だ、誰か、奴を倒そうというものはおらんのか!?ええい、揃いも揃って臆病者ばかりか!」


 とうとう前に出てくるものもいなくなり、不気味な静寂の中に指揮官の罵声だけが峡谷に空しく響いている。

 いいかげんうるさいので、声のした方の上空に向けて竹槍を投げてやると、自分が当たったわけでもないのに「ひいぃ!!」という悲鳴と共に遠ざかっていく馬蹄の音が聞こえた。


 ……ああいう根性なしに率いられる軍隊ほど悲しいものはないな。


「お前たちの指揮官は逃げたようだが、お前たちはどうする?今からこの峡谷を避けて迂回すれば間に合うかもしれないぞ?もちろんその場合、俺がお前達を追うこともない」


 目の前の魔族の騎士達にそうけしかけてみるが、もちろんブラフだ。

 ルキノ商会とドルチェの綿密な調査で、一時でも敵をここに釘付けにさえできれば、絶賛撤退中の東の大公軍が、所有する要塞に逃げ込んで体勢を建て直す時間を得られることは分かっている。

 そして魔族軍がここ以外のルートを選択すれば、どんなに急いでも東の大公軍に追いつけないことも。

 どうやらそのくらいは魔族軍でもわかっているようで、その場から動こうとする者はあの指揮官以降出てきていない。


 だが彼らも、俺という存在に委縮してしまった今、この峡谷を突破するのもかなり難しいと分かっているようだ。

 通常、多数が一人の強者に対してとるべき戦術は側面か背後を突くのが常套手段だが、今の俺は竹林を背にして戦っているので事実上不可能だ。


 なら、犠牲覚悟で一斉に突撃して質量任せで攻められたらさすがの俺もひとたまりもないのだが、その後何十人もの騎士が竹林に正面衝突することになる。

 そうして立ち止まったところに後続の騎馬が玉突き状態で追突してくるだろう、という問題もある。

 おそらく部隊としては壊滅状態に陥るだろうから、追撃どころの話ではなくなるだろう。


 そんなことを悩んでいるんだろうと、彼らの心情が手に取るようにわかった。


 そうなると残る手は一つになると思うんだが――おっと、さすがに敵さんも気づいたようだ。


「クロスボウ隊、魔導騎兵隊、前へ!」


 その掛け声と共に、各々の武器をしまう代わりに馬上からクロスボウを構えた騎士と、同じく杖を構えた騎馬が最前列に姿を見せた。


 そうそう、向こうから近づいてきてもらわないと、さすがの俺も一度にあれだけの数の敵を瞬殺はできないからな。

 いい判断だと素直に思う。



 まあ、この場に限って言えば無駄なんだが。



「放てっ!!」


 クロスボウと杖を交互に並べた騎馬の列から、鉄の矢じりをつけたボルト、そして魔法で作られた炎の球や氷の塊が一斉に襲ってきた。


 そしてその全てが、魔力が込められて高い耐魔性を持った竹林に弾かれ、クロスボウのボルトは地面に落ち、魔法の攻撃はそのまま持ち主のいる方向へと戻っていった。


 当然俺も、飛び道具が来るのがわかっていてその場に留まるバカではない。

 防壁代わりの竹林に再び足を踏み入れながら腰を低くしてやり過ごし、幸いにも矢一本すらかすりもしなかった。


 一方、魔族軍の方は大惨事だ。

 何を思ったか、魔導士の中の一人が炎の球の代わりに可燃性の液体の球を魔法で放っていたらしく、跳ね返って戻るときに他の魔導士が放った炎の球に引火、そこそこの規模の爆発を起こしていた。


 その威力はかなりのもので、ここから見えるだけでも前の方にいた騎馬隊のほとんどが爆風に巻き込まれて落馬していた。


 ……あれは、少なく見積もっても二割は何らかの治療が必要だな。


 部隊運用から言えば、すでに許容できる損耗率を超えているだろうから普通は撤退するんだが、その理由がたった一人にしてやられたというのは騎士としてのメンツに関わるよな……

 このまま大人しく引き下がるか、それとも無理を押して犠牲覚悟で突っ込んでくるか、五分五分といったところか。


 これは長丁場になるかもしれんなと竹林の後ろに置いてきた竹筒の水筒に意識が向いたその時、それまで逃げ腰だった魔族軍の中に重い緊張が走った。


 奴らの意識は俺に向けたものじゃない、自分たちの後方から迫ってくる何者かに対して明らかに恐れを抱いていた。


 まるで海が割れるように魔族の騎馬隊が真ん中から二つに分かれると、その中を駆け足程度の速度で進んできたのは、見覚えのある重厚感のあるくすんだ銀の鎧を着た騎馬の一団、銀鋼騎士団だった。


 竹林から一定の距離で止まった銀鋼騎士団の中から一人の騎士が進み出ると、ヘルメットを取って深い皴の刻まれた男の顔を晒して言った。


「そこの戦士よ、なんでも一騎打ちを望んでいるとか。残念ながら我らが御大将はここにはおられぬ。代りと言ってはなんだが、御大将に次ぐ実力の持ち主三人を出す。お主が勝てば大人しく引き下がるが、三人のうち一人でも勝てばお主を捕虜とした上でここを通らせてもらおう」


 さてさて、完全に予想外の展開だがどうしたものかな。

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