竹侍推参〈たけざむらいおしてまいる〉~竹の力で異世界を生き抜く~

佐藤アスタ

流浪編

第1話 穴に落ちた


 俺こと竹田武人たけだたけとは、今日も実家の竹山でタケノコ掘りに勤しんでいた。


 中学高校と中の中の成績だった俺は、そのまま東京のこれまた中の中の大学に進学、しかし大都会のスピードについていけず、二年と経たずに大学を中退し実家に戻ってきてしまった。


 以来、買い物に出かける以外は、広いだけで二束三文の実家の土地にある竹山に毎日のように出かけては、死んだ爺ちゃんから仕込まれた竹細工や、掘ったタケノコを地元の道の駅に置いてもらって小遣いを稼ぐ日々を送っている。


「おっ、こいつは刺身に最適のサイズだな。わさびと醤油が家で待ってるぜ」


 竹山をうろつくこと二時間、竹細工の材料とそこそこの数のタケノコを収穫した俺は家に帰るべく山を下り始めた。この時はまさか帰れるかどうかも分からないほど、とんでもなく長い長い帰り道になるとは思いもせずに。


 突如、飽きるほど歩き回って完全に熟知したはずの緩やかな山の斜面に、真っ黒で大きな穴が出現した。

 いや、出現したっていうのは適切な言葉じゃない。なぜなら、その時すでに、俺の体は穴の中を絶賛落下中であり、我ながら意味不明の絶叫を上げているが、どういうわけか無限に広がっているように見える穴の中では、一体どの辺りまで落ちて来たのかわからないほど真っ暗で何も見えなかった。


 いつ終わるとも知れない落下の恐怖と体にかかる圧力に耐えかねて、俺が意識を失うのにそれほど時間はかからなかった。






「……い、おいっ、早く起きんか!」


「……はっ、違います、竹だけじゃなくて竹田です!」


 男の怒声と揺り起こされる感触で目を覚ました。どうやら転落死したわけではないらしい。


「何を言っとるんだ貴様は……起きたのならちゃんと立たんか!」


 起きたら、なぜか初対面のおっさんに怒鳴られてた。どうやら夢でもないらしい。いや、状況的には悪夢の部類だけどな。


「えっと、あなた誰ですか?」


「そんなことより姫様の質問にサッサと答えんか!」


 またも怒鳴り散らすおっさん。こんな状況を俺の脳内が作り出しているとは信じたくないので、一旦現実だと思うことにしよう。それにしてもこのおっさん、時代がかっているけどやたら豪華な服だな。頭頂部は極めて貧しいが。


「えー、コホン、あなたのお名前は?」


 声のした方を見ると、おっさんよりももっとキラキラした服を着た金髪の美少女がこれまた豪華そうな椅子に座っていた。


「ええっと、俺、竹田武人と言います」


「タケダタケト?なんじゃ、ややこしい名前をしておるわ」


 他人の名前にケチをつけてくるおっさん。でもそれ、友達ができるたびに言われます。


「タケトさんですね。驚かせてしまってすみません」


「いえ、お気遣いなく。それよりあなたが穴から落ちた俺を助けてくれたんですか?」


「貴様!姫様に向かって何たる無礼な!」


 三度怒鳴ってくるおっさんだったが、姫様と呼ばれた美少女が手を挙げておっさんを制した。


「じい、よいのです。タケトさん、私はあなたを助けたわけではありません。なぜなら私はあなたの言う穴とやらにあなたを落とした張本人ですから」


「……お、落としたって、冗談きついな。あんな大きさの穴、人の手で掘れるわけが――」


「もう一つ訂正しますと、あなたは穴に落ちたわけではなく、私が召喚魔法でここにお連れしたのです」


「ショウカン?ハハ、何ヲバカナ……」


 そこまでを姫様とやらに言われてようやく気づいた。時代錯誤な豪華な服。姫様、じいと呼び合う奇妙な二人。俺が今いる、テレビでしか見たことのないヨーロッパ風の石造りの大広間。


 よくよく見てみると、目立たないように幾人ものメイドさんや鎧を着た男たちが部屋の隅に立っているのが分かった。

 っていうか部屋広っ!あとメイドさんて!?


「申し遅れました、わたくしの名はエリーチカ=グノワルド。このグノワルド王国を治める女王です。どうか気軽にエリカとお呼びください」


「あ、どうも初めまして、竹田武人です」


「こら!姫様に対するその無礼な物言い、もう許せん……この場でワシが成敗してくれる!」

「よいのです、じい。すみませんタケトさん、この男はグノワルド王国の大臣のムーゲルといいます。私の守役を務めているものですから、なにかと私に対して過保護になってしまうのです。お許しください」


「いえ、それは別に……それよりここはどこですか?明らかに俺の住んでいた国とは違うのは分かるんですけど、召喚魔法って言われても何が何やら」


「そうですね、その辺りからお話ししましょう。タケトさん、あなたにはぜひこの世界を救う勇者になっていただきたいのです」


「……勇者?俺が?……え?」


 一度自分のことを指さした後に、俺の後ろに金ぴかの鎧をまとった勇者様がいるのかと思って振り返り、やっぱりそんなイタイ奴はいなかったので、思わず姫様を二度見してしまった俺。


 姫様の話を要約するとこういうことらしい。


 この世界は人族と魔族の二つの種族が常に覇権を争っていて、なんやかんやありつつも長年それなりに均衡が保たれていたらしい。

 ところが一年前に魔族を束ねる王、魔王のそのさらに上の存在である大魔王が代替わりすると、強力な魔族が次々と武功を上げて次第に人類が不利になっていった。

 そこで、人族を統括する正教会の呼びかけの下に各国が集まって会議を開き、それぞれの国から勇者と呼ばれる特別な力を持った者を選定して大魔王に対抗することになったそうだ。


「それが、俺ですか?マジで?」


「マジです」


 ちなみに勇者の選定方法は各国で違うらしく、全員が俺のように異世界から召喚されたわけではないそうだ。せっかく同類がいるかもと一瞬期待したのにちょっと残念。


「ひめさ、女王様、質問があります」


 どうも名前で呼ぶと大臣のおっさんがまた激怒しそうだったので、仕方なく姫様、だと不敬かなと思ったので、訂正して女王様と呼んでみたところ、目の前の美人さんはにっこりと微笑んだ。


「姫様で結構ですよ。何でしょうかタケトさん」


「異世界ってことは言語も全く違うってっことですよね。にしては、このジャストコミュニケーションは納得いかないのですが」


「いい質問ですね。それはタケトさんが召喚された理由と密接に関わっているのです」


 何でも姫様の使う召喚魔法というのは、この異世界で一般的に言われるそれとは一線を画す代物らしく、世界という枠を超えて物質、ましてや生き物を召喚できる力を持った者は歴史の中でも数えるほどしかいないという希少な存在らしい。

 この世界では比較的小さい規模の国らしいグノワルド王国だが、神の姫巫女と称される姫様はそれなりに有名なのだそうだ。


 まあ、姫巫女とか言われてもよく分からんが、なんというかその胸部の圧倒的なふくらみに対しては、崇め奉ってもいい気はする。


「とはいっても、私の召喚魔法は一年に一度しか行えないなどいろいろ制約がありまして……あ、逆に利点も多くあるんですよ。その中の一つが召喚対象に付与されるこの世界へのアジャスト機能です。気候や風土病への免疫といった肉体の変化や、他にも言語と読み書きはタケトさんの知能に合わせたレベルで習得されているはずです」


 要は飲料水を飲んでもお腹は痛くならないし、読み書きも不自由なくできるってことか。


 ……地味!!


「あとはそうですね、おそらくですが、召喚される前のタケトさんの所持品がいくつかなくなっていると思うのですが」


 そういえば、服がやたらすっきりしたデザインになってるな。大まかには違いが判らなかったが、言われてみるとベルトはヒモになってるし、シャツのボタンも質感が違う。

 靴なんかスタイリッシュだったスニーカーから野暮ったい革靴になってるじゃねえか、なんで今まで気づかんかったのか。アホか俺は。

 ポケットをまさぐってみると…………ない!スマホない!マジか、毎日コツコツやって来たゲームも全部パーか……


「そんな具合に、異端の技術を持ち込ませないために、一部の所持品は元の世界に置き去りにされるようになっているのですが……あの、タケトさん大丈夫ですか、お気を確かに」


 スマホもショックだが、山に入るために爺ちゃんから形見にもらった鉈やら作業用のナイフやらもその辺に放置しちまってるってことか。そっちはそっちで地味にショックだ。


「何か大切なものを置いてきてしまったんですね、本当にごめんなさい。違う世界の危機なんてタケトさんには関係ないというのに……」


 いかん、姫様が悲しそうに俯いてるし、心なしかさっきより目が潤んでいる気がする。


 ……そりゃあ、ショックじゃないと言えばウソになるが、美少女を悲しませるのはさすがに気が引ける。

 まあ穴の中に落っことしたわけではなさそうだし、あの山は私有地だからそのうち親父かお袋が拾ってくれるだろう。


 そう気を取り直して、姫様に向き直る。


「……いえ、もう大丈夫です。心配かけてすみません」


「本当に大丈夫ですか?困ったことがあったら何でも言ってくださいね」


 ……美少女に心配されるというのもこれはこれでいいものがあるな。


「そして、ここからが本題なのですが、タケトさんが持っている勇者としての素質も、私に召喚されたことによって発現したのです」


 おお、いきなりだがそれっぽい話になって来たな。


「詳しくは後で調べることになりますが、どうやらタケトさんは私と同じ召喚系魔法の素質があるようです。物は試しですから、ここで使ってみませんか?」


「いいんですか?素人の俺が言うのもなんですが、巨大な物体を召喚したらシャレにならないんじゃないですか?」


 ちょっと不安になる俺に、姫様はにっこり笑って優しく語りかけてくれた。


「大丈夫ですよ。召喚対象の大きさはそのまま使用する魔力の量に比例します。この広間は一定以上の魔力放出を探知すると、自動で魔力を抑える機能がありますから気兼ねなくやってみてください」


 もうちょっとその笑顔を見ていたい気もするが、そこまで言われては断る理由もないし何より俺自身も魔法という未知の力に対してかなり興味がある。


「了解です。じゃあ、ちょっとやってみます」


 二つ返事で了承した俺は、広間の隅に控えていた一人である宮廷魔導師さんに簡単なレクチャーを受けて(アジャスト機能のお陰らしく本当に簡単だった)、早速召喚をやってみた。


「………………出でよ!!」


 体の中の魔力の流れを意識して足元に放出し、ただ一言「出でよ」と唱えるだけ、と聞いていたし、今実際にその通りにやったのだが、一向に何も現れる気配がない。


「おかしいですね。確かに魔力の流れは感じられたはずですのに……」


 見守っていた姫様も首をかしげる。かわいいな。


 姫様の隣に控えていた宮廷魔導師さんも首をかしげている。あんたはおっさんだから可愛くない。やめろ。


「うーん、召喚魔法が失敗したらもっと違う反応があるはずなんですけど……とりあえずタケトさん、何か召喚されるまでやってみてください」


 俺としても消化不良だし、姫様の許可も出たので同じ動作を繰り返してみる。


 正直、ここまで「出でよ」という言葉を繰り返す日が来るとは思わなかった。「出でよ」なんて日常生活で絶対使わないからこの機会に「出でよ」と飽きるまで言っておくことにしよう。しかし「出でよ」って言われて召喚されて嬉しいのかね。だって「出でよ」だぜ「出でよ」。普通「出でよ」なんて偉そうに言われるより「出でよ」よりましな言葉は「出でよ」より先にたくさん「出でよ」みたいな感じで出てくるだろ。「出でよ」だけじゃなくて「出でよ」とか「出でよ」みたいな「出でよ」「出でよ」「「出でよ」「出でよ」


 いつの間にか、俺は何回やっても何も召喚されないストレスを、この世界に召喚されたこととかスマホをなくしたこととかのやり場のない怒りをついでとばかりにぶつけていた。

 途中から、姫様を始めとした数人の顔色が悪くなっていた気がしたが、この時は召喚に集中していてあまり気にしていなかった。


 最初に異変に気付いたのはただ一人椅子に座っていた姫様だった。


「なにか、揺れていませんか?それに……だんだん大きくなっている?」


「……っ!?近衛!姫様をお守りするのじゃ!」


 次第に激しさを増す揺れに転倒する者が続出する中、それでも最後まで立っていた俺だったが、次の瞬間に起きた出来事にはさすがに尻もちをつかずにはいられなかった。


「っ!?タケトさん!足元が!」


「う、うわあぁぁ!?」


 どれだけ踏みつけてもびくともしなさそうな、隙間なく敷き詰められた石の床が不自然に盛り上がるのを見て咄嗟に飛びのいた俺が次に見たのは、すさまじい勢いで床を突き破って俺の前髪を掠めて天井に突き立ったかと思ったらあっという間に更なる穴を開けて突き進んでいく細長い緑の棒だった。


「姫様ご無事ですか!?」


「私は平気です。それより皆は無事ですか?」


「ケガをした者はいないようです。ですがこれは……」


 突然の出来事に気づくのが遅れたが、いつの間にかに地震は収まっていた。だが、石ほど目の前を通過した緑の棒が何十本も広間を貫通している光景を見た俺にとっては、どうでもいい過去の話になっていた。


「おいおい、これってまさか……」


「何をしておる衛兵!その男を早く捕らえよ!王宮破壊の現行犯じゃぞ!」


 呆然としていた俺が背後からタックルしてきたフルプレートの衛兵に抗えるはずもなく、難なく地面に張り倒されその衝撃で気を失った。


 薄れゆく意識の中で最後に頭に浮かんだのは、目の前に現れた緑の棒、俺にとって最も馴染みの深い植物のことだった。


(それにしても立派な青竹だったな。あれだったら加工せずにそのまま柱にした方がいいかな……)

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