第85話 結末のその先

 それから三か月。

 内部の大学院進学へ向けて、俺は必死に研究に勤しんでいた。

 理学部というだけでも多種多様あるが、化学系の研究室にいると時間の感覚がわからなくなる。

 もし仮に例のアレを実行に移すのならば無駄になるのかもしれないが、それでも選択肢としてだけは残しておきたかった。


『もしもし、総花君』

「茜さん、ですよね。どうしたんですか?」


 茜さんから電話があったのは、そんな生活をしている日の真夜中だった。

 ちょうど薬品を分離しているときで、また後でかけ直しますと一言言えばよかったものの、なにやら憔悴している様子だったから、無下に電話を切ることはできなかった。


『流氷さんが、お兄様が……亡くなった』


 まじか。

 たしかに引退を考えていると言っていたから、親父のときみたいに手にしびれがくるとかそれぐらいのものだろうと思っていたのだけれど、意外にも症状は重かったようだ。


『この一週間くらいずっと具合が悪そうだったけれど、もう限界だったみたい』


 そうだったのか。

 まあ俺もしょっちゅう皆藤邸を訪れていたわけではないので、流氷さんの様子を深く知ることはなかったし、知ろうとも思わなかった。

 けれど、案外人ってあっけないな。

 あのしぶとそうな男の三苺苺だって、茜さんの前には無力だったようだし。


「そうですか。でもなんで俺に」

『おとぎ話に付きあってくれるかと思って』


 おとぎ話か。

 嫌いじゃないけれど、好きでもないな。

 でも、多分聞くべき内容なんだろう。


「……――構いませんが」

 俺の渋い返事に茜さんも気づいたようで、こんなときにごめんと電話の向こうで頭を下げていた。


『『皆藤家の呪い』。昔、話したことがあるよね』

「ええ、薄っすらとしか覚えていませんが」


 たしか笹木野さんの服がどうたらとかそんな感じの内容だっけ。


『皆藤家の直系男児は必ず呪いを持って産まれる。それはどんな形であろうとも発動する。小さいときに皆藤家を外れた笹木野さんはその呪いを解除していない』

「そうでしたね」


 どうやら合っていたようだ。


『呪いを外すためには代償がかかる』


 うん?

 ということは、直系男児である流氷さんも当然生まれ持っていたはず。しかし、笹木野さんみたいに見る人によって服が違うとかそんなことはなかった、気がする。そうすると今までの間に解除されていたのか?


「……流氷さんの呪いは外されたんでしたっけ」

『そう。お兄様には『命の期限』と『人を愛することができない』という二つの代償が付きまとっていた』


 俺の質問に補足説明を入れてくれる茜さん。

 待て。

 ということは……――――!!


「それじゃあ!!」

『そうよ。いつ死んでもおかしくないという恐怖に耐え、たとえであっても親族・・であっても子供・・であっても愛せないという孤独に耐えるしかなかった』


 俺の予想が的中する。

 だから、同じ兄妹といえども、年の離れた茜さんに肉親としての情を一切持たず、櫻を道具としてしか見ていなく、そして妻の橙さんにほぼ無関心だったようにみえたのはそのせいか。


「…………!! ちなみに次期首領が櫻や茜さんという女系に移った場合はどうなるんですか」


 でもその流氷さんが亡くなった。そのことに思い当たり、ある疑問が出てきたので、茜さんに尋ねると、少しの沈黙の後に答えが返ってきた。

『その場合、その子供・・に発動するだろうと考えられている』

「……――――そうですか」


 ということは、そういうことか。

 だとすると櫻が、いや違うな。櫻の子供がそれに耐えうることはできるのだろうか……


『今更だけど、私は怖い』


 茜さんは電話の向こう側で震えている。

 だれか彼女に寄り添ってくれる人はいるのだろうか。


『櫻ちゃんがそれに耐えれるのかっていうことが』

「今更ですね」


 その言葉におもわずムカついてしまった。


「あなたが心配することではないんじゃないですか?」


 茜さん、それはあなたが望んだ結果なのですよ。

 彼女もそれをわかっているのか、俺に反論を言う気配はなかった。

 だからというわけではない。

 でも、ちょうどいいタイミング・・・・・だ。あのことを相談するのならば、今しかないだろう。

 なに?

 茜さんは少し怯えた声を出していた。きっと俺にもっとなにか言われるのだろうと思ったのだろうか。


「明日、薔さんと一緒の場所である相談にのってほしいんですが」


 予想外の願いに茜さんがホッとする様子が伝わってきた。


『わかったわ』


 俺の相談事の内容も聞かずに承諾してくれた。

 これで第一関門クリア、だ。

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