第74話 一瞬の勝負
夢野の桟橋には俺たちの到着を待っていたかのようにちょうど一艘分の停泊場が空いていた。
茜さんがそこに横付けし、俺はその停泊場から離されないためのロープを持って船から桟橋に飛んだ。
しっかりと船を固定した俺たちは持つものを持って桟橋から島へ移動した。
「では、茜さんは外回りをお願いします」
「わかった」
「俺はこのまま一直線に一松本邸に向かいます」
多分櫻は島の中心部にある一松本邸にいるはずだ。そちらには俺が向かい、茜さんには紫鞍さんと三苺苺を探してもらうことにしてもらう。もしかしたら二人もこのあたりにいるかもしれない。
彼女もそのつもりだったようで、俺の提案にすぐ頷いてくれた。
「勝負がつくのは今日だけです。今日を逃せば櫻は逃げるつもりでしょう」
「そうね」
櫻は三日間と言って、今日は二日目だ。
でも、アイツなら立睿からここまで来るのにどれくらいかかり、島全体を探すのにどれくらいかかるのか、そして今日見つけられなければ、明日も見つけられないことを知っている。
だから茜さんにそう言うと素直に頷いてくれた。
「でも、無理はしないで頂戴。まだ総花君の体は万全じゃないんだから」
茜さんは純粋に心配してくれているようだ。
たしかに激しい運動はできないから、しばらくの間は体育も見学させてもらった。
でも、今は違う。
櫻を取り戻すためならば、どんなことだってしなければならない。
「わかっています」
俺は安心させるように笑う。
せめてこの人だけでも心配させてはいけない。
「じゃあ、夕暮れまでに」
「ええ」
互いの健闘を祈りつつ、別れた。
久しぶり、十年ちょっとぶりの樹海はあのときとほとんど変わっていない。
深呼吸してから目の前の樹林を見る。
カシ・シイ・クスノキなどの常緑樹が一面に広がっている。
『ねえ』
『なんだ?』
『この森って深いでしょ』
ここに最初に来たときだったか、櫻がそんなことを聞いてきた。
『うん』
『なんで深いか知ってる?』
当時はまだ学術的な知識がなかったから、どうやって答えればいいのかわからなかった。けども彼女は、そんな学問的なことを求めているわけでもなく、昔話をし始めた。
『だれも手入れをしないから。そして昔の人たちがこの島を本拠とした最初の目的を忘れないためだよ』
そのときはふぅんと聞き流しただけだったが、今聞いたら絶対違うだろと思える。
しかし、そのときは俺にとっても「ムズカシイ話」だったようで、話の根本をすり替えた記憶がある。
『じゃあ櫻ちゃんもここでずっと生活するの?』
なんでそんなことを彼女に聞いたか覚えてない。でも、彼女はそのときから変わらない答えを言っていた。
『うーん。私は総花君とずうっと一緒ならそれでもいいや』
櫻の言う『それでも』というのがどこにかかるのかわからなかったけれど、そのときからその答えに俺もこう答えていた気がする。
『櫻ちゃんと一緒なら、どこでもいっしょに住める気がする』
「今となっては失笑ものだな」
ほんの少し感傷に浸りながら、俺は目の前の罠を解除する。
茜さんと別れてからほんの十五分も進んでいないのに、三十五個も罠と仕掛けが施されていた。本当に暇なのか、それとも俺たちへの『歓迎』、すなわちあいさつ代わりなのだろうか。
「さて、これ以上トラップが仕掛けられてないといいんだけれどな」
危うく引っかかるところだった。
多分、この罠は……――紫鞍さんだろうな。あの人は罠の上にわなを仕掛けるから質が悪い。新しさからするとつい最近仕掛けられたもの。下手すると今日の朝ぐらいに。
「……はぁ」
桟橋からだいたい五キロ。
一時間半かけて歩いた中に合計六十五個も仕掛けられていた。
小さいときはここまで多くなかったから、俺たちのために仕掛けられたとみていいだろう。
けれども正直なところ、俺としては意外だったという感想しか出てこない。
一松宗家――榎木さんともう一人以外は櫻と敵対しているとしか思っていなかったから、こんなに大掛かりな仕掛けをこの島全体に施したということを考えると、事前に紫鞍さんか榎木さんは一松全体をまとめあげていたのか。
そうでもしなければ、ここに流氷さんたちに追われる形になった櫻たちが上陸したところで、勝ち目はないんだから、彼らにとってみれば櫻を引きずり下ろすという名分を与えるだけだ。櫻が頭を下げたところでその場で首を刎ねられるか、生け捕りにしたまま俺たちに差しだすことだってできたはずだ。
だから、必死になって櫻のためにこうやって仕掛ける必要性はなかったはずなのだ。
「ようやく見えてきた」
平すら道なき道を進みつづけるとようやく道が開け、平屋建ての木造建築物が見えてきた。伍赤本邸に似ているが、こちらはほとんど手が加えられていない建物。
「……――!!」
俺は迂闊だったとしか言えない。ここは一松の本拠で俺は
十人弱の緑色の和服を着た覆面集団に囲まれていた。
どうやら全員、宗家と認められたのか。
少し余計なことを考えたが、腰に佩いていた双刀を鞘から抜き、構える。俺のことは榎木さんや櫻から聞いているのだろう。あまり舐められてはいないようだ。
これは模擬戦なんかじゃない。ここまで大規模なものとしてははじめてだったが、不思議と力は抜けていた。
礼儀正しいのか、臆病なのかとびかかってきたのは全員一斉ではなかった。
俺は片方の刀を薙いだり、遠心力を利用したりとはじめてながらも殺さずに確実に戦力をそいでいった。
昨日は雨が降っていたのか、慣れているはずの覆面集団でさえ意外と足をとられるようで、俺も慎重に前に進んでいく。
十分かからずに覆面集団を残さず気絶させた後、本邸に向かう最後の直線に進んだ。
そこにひょっこり現れたのは小柄な人。
顔を隠してはいたが、櫻と同じくらいの髪の長さで同じくらいの背丈だった。
「……――――!!」
紋がついていない直垂を着ているといっても油断はできない。
櫻もこないだの五位会議のときは留袖で試合を行ったが、小さいころ、こっちにいるときは留袖で訓練を行ったことはない。
櫻かもしれない。
そう思いながら慎重に近づいて、さっきの覆面集団のときと同様にその人物に向かって構える。
その人物は逃げないどころか、こちらに向かってくる。
拳と刀が交わる。
そして俺は体術も併せながらその人物とやり合う。
お前は……――
櫻ではない。これは、榎木さんだ。
俺の双刀にひるまず向かってくる姿を見て、そう確信した。
しかし、余計なことを考えていたせいか、右脇が開いていたようで、そこから腕をつかまれ、片方の刀を落とす。
俺が拾いあげている瞬間に、背後から襲われる。
「……――――ッ!!」
蹴られた!?
前につんのめったが、なんとか上体を起こし、振り向きざまに逆手で持った方の刀を相手の体に振りなげる。もちろん、刺すためではない。牽制のためにしたことだが、相手は驚いて後ろにいく。
勝負は一瞬だった。
ただし、打ちあうことだけが勝負を決めるものではない。
俺の刀めがけて相手は光るものを投げつける。
反射的にキャッチした瞬間、相手は俺の目の前から後退り、そして
「これって……――」
キャッチしたものをしっかりと見た俺は考えることもせずに相手が消えた方向に向かって走っていき、
痛いとかそういうのは気にならなかった。
いや、気になるとかそういう問題じゃないな。
だって、当たり前だろう?
今、あいつに手を伸ばせるのは俺だけなんだから。
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