第69話 過去、今、そして

 すごく懐かしい夢を見た。


『綺麗なお目め』

 皆藤邸での集まりのときに子供だからと、俺は託児室のような場所にいたのだが、はじめて会った彼女はいきなり俺のところにすっ飛んできて、そんなことを言い放った。親父からすでに五位会議の話は聞いていたから、そこに参加しているほかの四家の首領の娘なんだろうと思ったが、彼女から名乗ることはなかったが、俺にとってはどうでもよかった。

 ただ、俺よりも彼女の瞳の方が綺麗だと思ってしまった。そんなことを考えていると、気づいたときには彼女は俺の髪をべたべたと触っていた。


『髪もすっごくキレイ』


 彼女の眼差しにはなにか含んでいるところはなく、ただ純粋に俺を褒めていた。しばらく彼女は本を読んでいる俺の髪で遊んでいて、傍から見るととてもシュールな光景であったが、だれもなにも言わなかったのでそのままにしてやった。


『櫻、帰るぞ』


 しばらくして会議が終わったのか、緑色の着物を着た男性が俺たちの部屋にきて、彼女を呼んだ。俺をいじくりまくっていた彼女ははぁいと渋々頷いて、立ちあがって男性の元へ行こうとした。


『ねぇねぇ。お兄ちゃんの名前はなんていうの?』


 俺はまだ親父が迎えに来てなかったので、彼女が帰った後も本を読んでいようと夢中になったのだが、いつの間にか彼女が戻ってきていたようで、じっと下から覗きこまれていた。


『総花。伍赤総花だよ』

『ふぅん。いい名前だねっ。今度一緒に遊ぼうねっ』


 俺がそう答えると、彼女はにっこり笑ってじゃあねと言って、去っていった。一緒に遊ぼうなんて言ったけれど、そんな機会はない。そのときの俺はそう思っていた。



 けれど、彼女の言葉は現実になった。

 だれの差し金かわからないが、きっと彼女、そして彼女の両親から頼まれたんだろう。俺は笹木野さんという人に連れられて彼女の実家に向かい、そのまま彼女の『ご学友』になった。

 彼女だけではなく、彼女の従兄、彼女の親戚だという少年ともすぐに仲良くなり、時間さえあればそこで野山を駆けまわっていた。


『ソウ、こっち』

『了解』


 彼女の家の周りは森林地帯。大小さまざまな罠が仕掛けられていて、それを避けながら目的地までたどりつくという遊びをくり返していた。


『おっと。こんなところに仕掛けがあったとは』


 中学校二年のときにはあまり引っかからなくなったのだけど、珍しく真新しい罠に引っかかってしまった。

 彼女ともども土まみれになって笑いあう。


『あぁ、それ多分紫鞍兄さんの作ったのかも』


 仕掛けられていたのは多段の罠。ここまでの仕掛けをするのはあの物腰が柔らかい方の少年に違いない。だが、悪趣味なのだ。


『悪趣味だな』

『本当だよ』


 二人とも土まみれになりながらも笑いあう。そんな時間がいつの間にか《当たり前》になってしまっていた。






「……っつ!!」


 ちょっと体を動かしただけで痛む。

 いったいなんでこんな痛むんだ?


「総花君!?」


 彼女・・の声ではない女性ひとの声。俺に駆けよってくる気配がする。その人の顔を見た瞬間、俺がなんでこんな状況になっているのかあらかた思いだした。どうやら俺はどこかのベッドに寝かされているようだが、かなり寝心地はいい。高級ベッドなんだろう。


「ああ、そうでしたか……って、ここは?」

「理事長室の奥よ」


 どうやらあのあと彼女、茜さんによってここまで運ばれたらしい。

 ああ、そうか。さすがに銃で撃たれた人間を一般科も使う保健室に運ぶっていうわけにはいかないよな。


「なるほど……ところで櫻は無事ですか」


 茜さんは大丈夫そうねと上から覗きこみながらそう微笑む。文字通り天使のようだ。

 そんな優しさに負けそうになったが、大事なことを聞くことを忘れない。アイツを守ったはずなのに、アイツが怪我をしていては元も子もないから。


「大丈夫。かすり傷一つないわ。むしろ、精神的に不安定になったのが見てられなかったわね」

「精神的に不安定?」


 茜さんは少し目を伏せながらそう言うが、精神的に不安定か。なにがいったい彼女にあったんだろうか。そう思って尋ねると馬鹿ねと頭をはたかれる。

 地味に痛い。


「総花君、あなたが倒れたからよ」

「俺が」

「うん。ずっと泣き叫んでいた、死なないでくれって」

「……そうでしたか」


 茜さんの言葉にそういうことかと納得する。

 たしかにアイツは昔からそうだ。自分がケガしても平気な癖に、俺がささいな怪我でもするとすごく取り乱していたのだ。


「あなたも櫻ちゃんも不器用ね」

「どういう意味ですか」


 目の前の女性はひどく残念そうにつぶやく。どういった意味なんだろうか。


「自分自身で互いを縛って。でも、ここぞというときは互いを心配する」

「そうかもしれませんね」


 それには俺も心当たりはたくさんある。

 俺にとっては彼女のため、彼女にとっては俺のために動く。それが昔から俺たちの在り方だった。


「でも、それが俺たちの正しい在り方・・・・・・なのかもしれません」


 ただそれは『友人』としてなら正解だ。だけれど、俺も櫻も家を背負う立場にある。決してそれを表にしてはならない。だからこその『縛り』なのだ。


「そうかしら、ね……」


 俺と櫻の在り方はそれで俺たちが納得するならそのままでいい。茜さんはそんな俺の在り方に疑問を抱いているようだったが、俺はそれを今は無視させてもらう。

 茜さんの手を借りて起きあがった俺は、目覚めの一杯の紅茶を頂く。


「そんな総花君に良い情報二つと悪い情報一つをプレゼントしたいのだけれど、どれから聞きたい?」


 ぼんやりとしていた頭がすっきりとした後、茜さんが切りだした。


「とりあえず良い情報から聞きます」


 俺は迷わず選択する。

 どうせこの状況下で良い情報と悪い情報はセットでしかないはずだ。そう思ったのだが、どうだろうか。


「わかった、じゃあとりあえず良い情報からプレゼント」


 そうウィンクして茜さんは嬉々として話しだす。


「まず伍赤家の皆さんが大心配して、一致団結したということ」


 はぁ。

 思わずため息をついてしまった。いや、一松以外の武芸百家は血族主義だから一致団結するというのは理解できなくはないんだけどさ。けれど、一致団結したということはヤな予感しかない。


「現在、躍起になって総花君を撃った男に命じた男、一松紫鞍と三苺苺の行方を捜しました・・・・・

「過去形なんですね」


 過去形かぁ。

 本当にヤな予感しかない。とりあえず多分、葵さんと茅さんが抑えてくれるといいなぁなんて思ってしまう。


「ええ。本来首領権限でしか動かせいない暗部を使って探しだしたの。そう、それが良い情報の二つ目。二人の居場所をつかんだということで、総花君が目覚めたら渡してほしいと言ってたわ」

「そりゃどうも」


 どうやら一つ目のヤな予感はクリア。

 勝手に敵討ちなんてしたら、下手するとこちらが罰せられる可能性もある。


「そして、悪い情報」

「なんでしょう」


 言ってもいいかという確認の前に切りだす茜さん。

 やっぱりそう来たかと納得し、覚悟を決める。


「今日、伍赤家と一松家が戦うことになったわ」


 はい?

 いや、理解できなくはないけれど、いややっぱり理解できない。

 それのどこが悪い情報なんだ。

 状況を見ればそうなる可能性は大いにあったからな。


「しかも、首領と次期首領、もしくはそれに準ずる立場の者が参加必須・・で」

「たしかにそれは悪い情報ですね」


 うん、前言撤回。

 悪い情報だ。

 大方、榎木さんあたりが提示したんだろう。櫻はそれに乗っかっただけ。

 彼女がそれを提案することはできない・・・・

 俺は多少の痛みを我慢して立ちあがろうとすると、茜さんに制された。


「行く気なの? もしかしたら総花君が行く前に終わっているかもしれないわよ?」

「それであっても当然でしょう。もし無駄足になったとしても、参加しない理由にはなりませんよ」


 ああ。

 もしかしたら先に三勝して俺の出番はないかもしれない。でも、もし負けたとするとと考えると、気が気でならない。

 俺が絶対に退かないのを感じとったのだろう。肩を竦めながらしょうがないわねと笑う茜さん。


「わかったわ。行きましょう」

「お願いいたします」


 茜さんに頼みこんで俺はすぐに皆藤本邸に向かうことにした。




 去年の夏の合宿のときはあまり気づいてなかったが、茜さんはどうやら運転が得意なようで、快適なうえに捕まらないギリギリのところまでスピードを出していた。

 電車で行ったときには気づかなかったが、車では下道を使ってほんの数十分走らせるだけで魔境、草蓑にたどり着いた。

 急いで着替えて茜さんに連れられて試合場所、皆藤家の道場に向かうと、緊迫した状態で ちょうど櫻が中央に進んでいる。どうやら俺が来て正解だったようだ。


「では、首領戦は一松家の――――」


 理事長が直々に審判をしているということからも事の重大さが読みとれる。道中に聞いた話では、葵から《花勝負》を仕掛けたということだが、榎木さんも茅さんも緊張状態だった。

 このままいけば伍赤家の負け。榎木さんも茅さんも櫻もそれを受けいれるだろうが、多分榎木さんはそれでは収まりがつかないだろう。最悪の状態を避けるために道場に踏みこんだ。すでに臨戦態勢になっている俺の代わりに茜さんが声を張りあげた。


「待ってください!」

「お? 茜、どうした……――って、お前!?」


 流氷さんが学園にいるはずの茜さんと俺に驚く。まあ、かすり傷はいえ、昨日まで意識不明だったから、ここに来ることはないだろうと思われていたんだろう。


「事情は聞きました。どうせだったらついで・・・ですし戦わせてください」


 俺は『ついで』という部分を強調しておいた。

 櫻が中央にいるということから、どちらかが三勝しているとは考えにくい。けれど、もし決まっているのだとしたらまあそこで引くつもりではいた。


「総花、お前なに言ってるんだ……――」

「伍赤、それは正気か」



 案の定、茅さんも流氷さんも心配するように俺の体調を気遣うが、大丈夫ですと笑う。目の前には一番聞きたがっている少女もいるが、いつものように飛びついてきたり、気軽に尋ねてきたりすることはない。

 そのことに安心しながらも少し寂しかった。


「あはは。心配してくださってありがとうございます。ですが、体の方なら大丈夫です。そうですよね、茜さん?」

「え?……――ええ、そうね」


 絶対に譲らないという気持ちが伝わったのだろう。しっかりと俺の手を握る茜さん。

 俺は彼女の手を振りほどいて、中央に進むんでいく。急いで出てきたのでいつもの双刀は持ってきていないから、葵さんにその片方・・・・を借りる。


「いいのか、それで」

「ええ」


 俺はなにも言わなかったが、葵さんはしょうがないなと言うようにため息をつく。

 鞘から刀身を抜き、どういう戦い方にするのかシミュレーションし、覚悟を決める。中央に進み、櫻と対峙する。


「では、最終戦。伍赤総花対、一松櫻。構え」


 決して起こり得るはずがなかった戦い。俺はしっかりと彼女を見る。櫻もまた、俺をしっかりと見ていた。


「はじめ!」


 流氷さんの声に俺と櫻は同時に飛びだす。

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