第23話 すべて思いのままに

 祖父の代のことを直接は知らないけれど、少なくともあの人よりも本邸、別邸ともに人が多かったという。まあ、母親の件や理事長に対してあの人がなにか含みを持っている以上、その内側を曝けだすわけにいかないんだろうが。


 誰もいないので、近況を話す人もおらず、すぐに寮に戻ることにした俺は行きに降りた駅に戻ろうと屋敷を出ると、照りつける日差しの中に、見慣れない一台のワゴン車が停まっていた。


 ……――――


 不審極まりない光景だけれど、窓にスモークは貼られてらず、運転席が丸見えだったので、その中身・・を見てすぐに安心できた。一応、あちらからも見えてるだろうけど、窓をノックすると、ほぼ同時に開錠音が聞こえた。ご無沙汰してますと言って助手席に乗る。車が静かに動きだす。

 多分、あの親父は屋敷んなかからきっと覗いているだろうけど、俺も運転手も屋敷に向かって会釈なんかしない。


「ククク。まさか坊ちゃんが素直に柚太に会いにきてるとはな」

「ええ。仕方なくですが」


 心底嫌そうに言うと、そうだろうなと返される。笹木野さんこのひとはおそらく俺と親父が一緒にいるところを見たことはないはずだよねぇ。そもそも最初に会ったのが一松榎木、櫻の従兄の紹介によるものだからな。

 親父にそっくりすぎて、間違えられかけたという強烈な印象しかない。

 ちなみにこの人とあの人は腐れ縁。正確にいうと、笹木野さん、理事長、櫻の父親、そしてあの人は同級生らしく、諸々あった(らしい)櫻の父親と理事長とは情報の共有をしていなかったようだけど、笹木野さんとはたびたび情報を共有していたようなので、俺が今日、親父に会いにくるという情報を知っていたとしても普通のことで、笹木野さんがここにいることには驚いていなかった。


「流氷も言ってただろうが、お前たち父子は極端だ。でも、お前だって今回のこの訪問で気づいただろう」

「……?」

「あいつが『子飼い』を持っていること。そして、それを手だししてはならない『禁域』に踏みこませていることに」

「ああ、そういうことでしたか」


 笹木野さんの言葉に俺は納得する。


 薔さんとしかしてない会話を知っている。しかも、つい数日前のことで、だれも思いつかないだろうことを推測しているにしか過ぎないはずなのに。それを考えると、あの人が『子飼い』を持っていて『禁域』、すなわち皆藤家に忍び込ませていたのだろうことは容易に想像がつく。


 しかし、『禁域』に『子飼い』を忍びこませたのは、ある意味、神をも畏れぬ所業と言うところだろうか。実の父親だろうが、大胆不敵な人だ。


「流氷も気づいていながらなにも言ってこないことを考えると、今回はお咎めはないだろうし、お前も見習えということだろうな」

「ええ、理事長にそう言われています」

「あいつらしいな」


 そう言った笹木野さんは当たり前だろうなというように笑う。こんなところで考えるのは不適切だろうが、話しながら運転をしている姿はすごくかっこいいなと思ってしまった。武芸百家という世界で素直に性格的な歪さもなくかっこいいと思えるのは、この人と薔さんぐらいだろうな。

 俺にはなれそうにもない。


「そういえば坊ちゃん」

「なんでしょうか」

「文化祭櫻嬢が提案したっていう揚げたこ屋さん、僕も手伝わせてもらうことにしたよ」


 情報早ぇな。

 笹木野さんのなにげない言葉に背筋が凍りついた。理事長、茜さん、薔さん、そしてこの人という皆藤家面々。加えて櫻や俺という上位五家の首領、次期首領というちょっとヤバげな人しかいないね、うん。

 事情を知らない一般科ならまだしも、武芸科の分家の生徒からすると恐怖でしかないよなぁ。


「……なんでまた」

「いやぁ、企画が面白そうで、引きこもりだろうがたまには参戦したくてね」


 すっげぇ論理だな。


「……――――ちなみに、なにか立睿高校の役職でもあるんですか?」

「うーん、理事、かな?」


 それ、今考えたよな。

 藪蛇だからあえてツッコまないけど、視線を器用にさまよわせながら話している以上、怪しい、怪しすぎる。

 でも、肩書きは怪しかろうとも手伝ってもらえるのならば、それに越したことはない。


「――――よろしくお願いいたします」

「うむ。わかったよ」


 俺が頭を下げたことに満足する笹木野さん。なんでこの人はこう上から目線なんだろう。まあ、今は『笹木野』を名乗っていても、皆藤家宗家ということに変わりないから、それで正しいんだけれどさぁ。





「ところで、そろそろするかい?」


 揚げたこ屋さんの話がひと段落ついたところで、笹木野さんがそう切りだす。


「ええ、お願いします」


 そう言って、軽く頭を下げるとじゃあ、坊ちゃん先手で、制限時間はなしでいこうと言う笹木野さん。はいと答えてから、では九六歩と俺は頭の中で盤面を思いうかべながら指す。この人とは小さいとき、はじめて会ったときには本物の盤面で勝負していたが、いつの間にかこうやって脳内将棋を指すようになっていた。

 それでも負けこし、どころかほぼ全部敗北している。いつの日かこの人に勝ちたいとは思っているものの、それはいつになるのやら。今回も頭の中で指しながら、また負けたとすぐに気づく。


「まいりました」


 七十二手。運転しながらでもこの強さ。規格外じみたこの強さには一生叶わないとさえ感じる。


「ククク。柚太と違って、坊ちゃんのは読めない手だから、これでも手こずったんだけど、それでも勝ってしまったか」


 白々しいな。

 けれど、親父へのときと違って、正直腹は立たない。


「いつかは連勝したいので、また勝負してください」

「もちろんだ」


 行きは乗り継ぎしなければならなかったので、時間がかかったけど、車だとかなり時間が短縮できるようで、あっという間に見なれた光景になった。


「じゃあ、また櫻嬢にもよろしく」

「ええ」


 車を降りるときにまたなと笑顔で手を振ってくれた笹木野さんの顔に裏はなさそうだった。乗ってきた車が最初の角を曲がるまで見送った俺は、そそくさと理事長室に向かう。


 たったの半日程度しか空けてなかったのに、浦島状態だな。


 ……――

 ……――――


「は?」


 いや、ここは理事長室だよな……

 なんで茜さんも薔さんも、そして櫻もいるんだ……?


「疲れたよぉー!!」


 一瞬、目の当たりにした光景に固まっていると、櫻ミサイルが飛んできた。

 地味に痛い。


「夏野の別邸から帰ってきてから、今まで一松は補修してただけなんだが」


 薔さんの言葉で理解する。どうやらこの状態の原因はそれのようだ。

 よしよしと頭を撫でると、えへへと笑いながら見あげてくる。

 今までの緊張した状態からようやく俺も解放された気分だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る