賑やかな街

 ホテルやブランドショップが立ち並ぶおしゃれな街。あいつがハイソックスを見かけたという街。普段の僕ならまず足を運ばない場所。僕はテラス席のあるカフェで通りをぼんやりと眺めながら、冷たいコーヒーを飲んでいる。いくらぼんやりとしていてもハイソックスを見逃すことはないだろう。ただいつもあの格好でいるとは限らない。制服ってことはないだろうし。たしかに彼女は見た感じハイソックスがぴったり似合っているわけでもない。というより少し不自然だ。僕のハイソックスは高校生という思い込みのせいかもしれないが、彼女はハイソックスを履くには年を取りすぎているように思えた。

「たしかに少し老け顔って感じだよね」

「ただああいう人って年をとってもそのままだから、ある年齢を過ぎると若く見えるんだよね」

「あたしはロリ系だから」

 自分からそんなこと言うかね。たしかに嫁は実年齢より若く見られる。そもそも体も小さいし。

「それでどんな感じだったの」

「怪しい感じだった。不倫なのか、愛人なのか、援交なのか」

 まあ彼女の場合、援交っていうより愛人契約だろうな。でも一回きりなら援交なのか。

「カメラの件と関係あるのかな」

「どうなのかな」

「あれっきり何もないし」

 でもあの時のハイソックスは切羽詰まってた感じだったけど。僕のことは勘違いとして、やっぱり撮られたフィルムを探してたのだろうか。


「こんにちは」

 ショッピングモールを歩いていると女の子に声をかけられた。なんかのセールスだろうか。

「覚えてませんか」

 女の子がにっこり笑う。そう言われると、少し考え込んでしまう。最近はお金がないから変な遊びはしてないし。そもそもそんな女の子が声をかけてくるわけがない。適当に笑顔で通り過ぎようとしたら、女の子は僕の前に回り込んでくる。

「やっぱり、わかりませんよね。ライブのときと違うから」

 僕はもう一度女の子の顔をよく見てみた。

「黒マントの子。とんがり帽子の」

「やっとわかりました」

「フェアリーテールの有希です。カタカナでユキ」

「森野です」

「友だちにはフクロウって呼ばれてます」

 女の子がクスリと笑う。

「あだ名ですけれど」

「それじゃあたしと同じです」彼女はそう言って微笑む。

 それじゃユキって本名じゃないんだ。

「名字が違うんですね、奥さんと」

「夫婦別姓ですか」

「そんなに進歩的じゃありません。ちょっと訳ありで」

「でもどうして嫁の名前知ってるんですか」

「ライブの後にアンケートをもらいました」

「あの、ちょっと付き合ってもらっていいですか。ギターを見に行きたいんです」

 僕なんかでいいのかなと思いつつ、楽器屋に一緒に行くことになってしまった。でも僕にはその前に行かなくちゃならないところがある。

「ちょっと寄る所があるんです、先に言っていてください」そう言って僕はショッピングモールにあるカメラ店に入っていく。彼女はそんな僕を横目で見たあと、楽器屋のほうに歩いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る